先の明菜の過去の告白以後、夏輝との距離はさらに近付いた。
少なくとも明菜はそう感じていた。
同時に、彼に対する気持ちが、少なくとも以前あの山北に対して抱いていた、いわば恋愛それ自体に対する憧れなどではなく、本当に夏輝のことを信頼し、そして好ましく思っている、というのはもう確信に近い。
多分これは――初恋なのだろう。
これまで明菜は、告白をされたことはあれど、したことはない。
だから、正直これからどう進めればいいのかが、全く分からなかった。
かといって、さすがにこれを、たとえ数年来の友人の香澄であっても相談するのはまだ気が引ける。
特に彼女は、
先日の暴走もそれが理由だろう。
(とりあえず……もう少し踏み込んでみよう、うん)
最近学校では、少なくともクラスメイトとしては同じ学級委員としての接触以外にも触れ合うことは出来ているが、夏輝側がまだ遠慮している。
下手に自分に人気があるのがこうなるとむしろ疎ましくすらある。
自分の恋なのだから、邪魔しないでほしい。
が、そう言えれば苦労はない。
教室以外となると同好会となるが、過剰なスキンシップをするのはさすがに躊躇われる。
明菜自身恥ずかしいというのもあるが、一つには彼が抱えていると思われる、中学時代に何かあっただろうというものの正体が分からないことだ。
もしそれが、例えば過剰なスキンシップをしてくる女性に対する恐怖であったりしたら、同じことをしたが最後、取り返しがつかない。
さすがにそれは違うとしても、彼がより前向きになってくれるのを助けるためには、やはりもっと仲良くなるしかない。
次の一手として有効な手の一つは、お互いの自宅に行ってみることだ。
パーソナルスペースに入れる、というのはそれだけで親密度を上げることができるだろうし、そこであればより色々なことを話すことができると思う。
ただ、そうなると名目が難しかった。
自分の家に彼を呼ぶ理由がない。
強いて言えば、自宅にあるルーフバルコニーは天体観測に最適だが、わざわざ彼が来て、というのはさすがに厳しい。学校で事足りてしまうし、何より夜に呼ぶのはさすがに恥ずかしい。
天体望遠鏡を買ったら、その設定を手伝ってもらったりはできるだろうが、現状さすがにまだ買う予定はない。
明菜の親がいないということもあり、夏輝も遠慮する気がする――というより確実にする。
となると――。
「ねえ。明日の休み、夏輝君の家に行っちゃだめ?」
自分が夏輝の家に行く方が、理由付けは簡単だった。
「へ? なんで?」
「んーと。どれくらい遠いのか確認してみたいのが一つ、夏輝君の作り立ての料理が食べてみたいのが一つ、夏輝君の家にあるというこれよりもっとすごいという天体望遠鏡が見てみたいのが一つ……あとは……」
思いついた理由を次々に挙げる。
「……欲望全開だな、特に二つ目」
「否定はしません。いつもお弁当美味しそうだなぁって思ってて。でも一緒に食べてくれないし」
現状不満な事の一つだ。
夏輝はいつも一人で食べるか、またはもう一人の同好会員である佐藤賢太と一緒に食事をしている。明菜としては、本当は一緒にお昼を食べたい。ちょっとおかずをシェアしたいとも思っている。それは自分がお弁当を作るモチベーションにもなるだろう。
時々観測会で持ってきてくれる夜食は、どれもとても美味しいのだ。
「学内ランキングトップと底辺が一緒にいたら何を言われるかわかったものじゃないだろ」
自分の希望が叶えられない障害が自分の容姿に根差した人気なのだから、本当に始末が悪い。だが、夏輝がそういうことを気にする人間であることは分かっているので、仕方ない。
とはいえ。
「それ、今更だけどねぇ。私が天文同好会に入ってるの、女子は結構知ってる子多いよ?」
「はい?」
「私もう隠してないし。男子には言わないでねって言ってるから、みんな内緒にしてくれてるけど。こないだ、夏輝君と付き合ってるのかって聞かれたし」
もっと言えば、付き合ってはいない、と言うと『告白するつもりはあるの?』とまで聞かれた。
明菜はそれに対しては明確に返事を出せず、その時は濁したが――内心気が気ではなかった。まだ聞いてきた本人が自覚しきっていないようだったが、夏輝に対して好意があると思われたのだ。
そういう事情もあって、よりアプローチしよう、と決めたというのもある。
「ちょっと待て、それは初耳」
「そりゃ
「女子こえぇ……」
「夏輝君、結構女子の中では人気高いよ? 多分無意識にやってるんだろうけど、結構気遣いさんだから」
学級委員の役目は主に雑用だが、プリントを忘れた人のフォローとか、筆記用具をなくした人に学校の物を用意してあげたりとか、さりげなく色々やっているらしい。
女子はさりげなく優しくされると、弱いものだ。
先の『付き合ってるのか』と聞いてきた子も、それで夏輝を気にし始めているのだろう。
ただ言ってから、考えてみたらこれは言わなくていい情報だと気付いた。
なんで話してしまったのか。自分の迂闊さを呪いたくなる。
「女子の中で俺はどういう扱いになってるんだ……」
「気にしない気にしない。で、いい?」
なので話を強引に戻した。
あまりこちら側の話はしたくない。
「うちに来てみたいって……ことだよな」
「うん」
「……いきなり明日?」
夏輝はなおも悩んでいるようだ。
もう一押しすれば、行けるかもしれない、と思える。
ここは――この間雑誌で見たのを実践してみるか、と明菜は小首をかしげ、手を軽く握って口元を隠すようにして少し上目遣いになり――。
「ダメ?」
自分でやっておいてなんだが、正直のたうち回りたい気分だった。
多分、凄く可愛く出来ているとは思うが――あまりにもあざと過ぎてちょっと逃げ出したい。今なら最高の自己ツッコミが出来そうだ。
というかもう限界――と思ったが。
「……わかったよ……」
どうやら先に夏輝が折れてくれた。
正直、もう二度とやるまい、と思った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
最寄駅の時刻表を見ると、快速電車が行ったばかりだった。
仕方がないので普通電車で夏輝の家の最寄り駅に向かう。
時刻は九時過ぎ。電車はそれほど混んではいない。
夏輝の家に初めていく、となるわけだが、どのくらい歩くのかとかが全く分からなかったので、とりあえず動きやすい服装にした。
薄い緑のチュニックブラウスに黒のスキニー、足元は普通にスニーカーだ。
それに久しぶりに天気がいいので、日よけの帽子。
髪は今日は特に括らずに、ヘアピンでまとめている。
あまりお洒落をしていって、過剰に意識していると思われたくないので、化粧もなし。今日は日焼け止めだけだ。
電車は四十分ほどで目的の駅に着いた。
本当に遠い。
改札の向こう側に夏輝の姿が見えた。
以前二人で出かけた時とほぼ同じ格好に見える。私服のパターンが少ないのだろうか。
「やっほー、夏輝君。ホントに遠いね……毎日これ?」
「うん。まあもう慣れたけどね。朝七時過ぎの快速に乗れば、八時前には学校着くし。まあ幸い、朝は座っていけるからね」
どうやら逃した快速に乗ればもう少しマシらしい。
どちらにせよ遠いが。
夏輝の案内で、彼がよく行くというスーパーに行く。
こう言うところに来ると、ついつい自分が普段使っているスーパーと比べたくなる。
商品のラインナップ自体はほぼ同じだが――。
国産鶏肉がグラム七十円の特売をみてちょっと羨ましくなる。近くでよく見る特売より五円安い。チラシを見ても、気持ち全体的に肉類が安いようだ。
「あ、このお店いいなぁ。お肉ちょっと安い」
「明菜さんも大概に所帯じみてるよね、実際」
「人のことは言えないでしょ。まあ一人暮らししてたら当然かぁ」
「それはいいけど、何か希望はあるの? 出来ないものは出来ないけど」
言われてからそういえばノープランだったことを思い出す。
好きな食べ物はいくつかあるが――彼が作れなければ意味がない。
それならむしろ、彼の得意料理の方がいい気がする。
「夏輝君の得意料理って何?」
「得意料理か……特にこれ、というのはないけど、よく作るのはオムライスかなぁ。単に好きなのと、一人分作るのが簡単だからってのもあるけど」
「お。それは気になる。私もオムライス好きだし、じゃあそれで」
「うん、じゃあ卵を買い足すか……ちなみに卵は固いのとふわとろだとどっち?」
「ふわとろかなぁ。どっちも好きだけど、選ぶなら」
「了解」
「え、できるんだ。すごい」
「俺も好きだからそこは実は研究した」
研究したからと言ってできるようになるものだろうか。
明菜もオムライスはたまに作るが、ふわとろを作れるとか考えもしなかったので、調べたことはなかった。
そのうち教えてもらいたくなる。
支払いは彼が済ませてしまった。まあ電子決済なので割り勘も難しい。あとで現金で半分出す、という事にした。
スーパーから歩いて一分ほどで、あっという間に住宅街になった。
この辺りはさすがに自分の住んでいる地域とは違うな、と思わされる。
ここが彼の育った街だと思うと何か感慨深い。
そう思っていたら――彼が突然立ち止まった。
「お? 秋名君じゃないか。久しぶりだね」
「雪村君……」
そんな声が聞こえて前を見ると、同世代と思われる男性が立っていた。
見た目、雰囲気も普通だ。
本当に同級生に久しぶりに再会した、というところだろうと思い――夏輝を見て驚いた。
ひどく怯えている。学校でまず見たことがない表情だった。
特に警戒するような相手とは全く思えないのに。
「すごい美人連れてるな。さすが秋名君。高校でも充実してるようで何よりだよ」
「別に関係ない。高校では一般人だよ、俺だって」
いつもとは比較にならないほどに、声が硬い。
ごく普通の人だと思うのに、ひどく緊張しているように見える。
「そんなことないだろう。秋名君がいるクラスならさぞ賑やかだろうしな」
「……用事があるから失礼するよ」
そういうと、いきなり歩き始めた。しかもペースがはるかに上がっている。
「な、夏輝君?」
明菜は慌てて追いかけた。
その後ろで雪村、と呼ばれた男性が何か言っていたが、それより夏輝の様子が気になって、とにかくついていく。
ついていくのがやっと、というペースで夏輝は歩き続け――川沿いのマンションのエントランスに入って、やっと止まってくれた。
「あの、夏輝君!」
ようやく明菜に気付いたらしい。
「ご、ごめん。ちょっと早く歩き過ぎた」
「それはいいけど……大丈夫?」
「大丈夫、問題ないよ。っと、ここが俺の家。とりあえず……入るよね」
とても問題がないようには見えないが、エントランスで問答するわけにもいかないので、頷いて夏輝に続く。
エレベーターで六階まで上がって、二つ目の部屋。そこが夏輝の家らしい。
夏輝は幾分回復したのか、扉を開けるとやっとこちらを見てくれた。
「いらっしゃい、明菜さん」
促されて部屋に入る。部屋の数などは明菜の家とほぼ同じようだ。
もっとも明菜の家はルーフバルコニーがあるのでその点は異なるのと、全体的には若干明菜の家の方が広いようだが、そう変わるものでもない。
「ここが……うちと同じくらいだね」
とりあえずリビングに通され、バッグをソファの上に置いた。
夏輝の様子を見ると――やはり、どこか不安気にも見える。
「とりあえず……料理始めるのはもう少し後でいいとして、何かする?」
本当はゲームをしたり、彼が持っている星の本や天体望遠鏡を見せてもらったりすることを考えていた。
だが今は、それよりずっと気になることがある。
「……あの、話したくないならいいけど……中学時代、何があったの?」
聞くべきかどうか迷った。
だが、今聞けなかったら、多分もうずっと聞けない気がする。
そしてもしここで話してくれないのなら、今後絶対に聞かない、と覚悟を決めて聞くことにした。
「話しても絶対面白い話じゃないけど」
そんなことは分かっている。
けれど、それなら自分の話だって絶対面白い話だったはずはない。
だからお互い様だ。
「面白い話しかしないなら、私の過去の話だってしてないよ」
交換というつもりはない。
ただ、夏輝の重荷があるなら、それを少しでも軽くできるなら、何でもしてあげたい、というだけだ。
その明菜の覚悟を感じ取ったのかは分からないが、夏輝は一度息を吐くと、少しだけ視線をそらした状態で話し始めた。
「別に……大したことではないんだ。さっきのあいつ……雪村君も、俺に悪意があるわけじゃない。ただ……俺がちょっとそれを素直に受け取れないだけなんだ」
「受け取れない?」
「言っておくけど、本当につまらない話だぞ」
「さっきも言ったよ。話したくないなら無理強いはしないけど、話して楽になることだって、あると思うよ」
明菜も、夏輝に話して楽になった。もし夏輝が話して楽になるなら、是非そうしてあげたいと思う。
「……自分で言うのもなんだが、俺は中学では結構優等生だったんだ」
「それは……なんとなくわかるけど」
学区外受験は難易度が上がる。それでも夏輝はあの高校に入れるだけの学力があった。ならば、普通の中学ではおそらく学年でも一番成績がいい部類だったはずだ。
「俺の場合、勉強も運動も、ついでに社交性やら全部ひっくるめてだったんだ。いわゆるクラスのリーダー的存在だった」
予想はしていた。
学級委員をやってる中で見え隠れする気遣いや配慮は、色々な人を見てきて、そしてフォローし、あるいは指導してきた人でなければできないようなものが多々あったと思っていたからだ。
「今から思うとちょっと痛々しいなぁ、とか思うところもあるけど、それでもみんなに頼られるのは悪い気はしなかったし、みんなも俺についてきてくれてた……とは思う。実際ほとんどの連中は、純粋にそうだったとは思うんだ」
クラスで頼られる夏輝、というのは、少なくとも二年生が始まった頃の夏輝からは想像もできないが――今ならば少しわかるし、それが本来の彼の姿なのだろう、と思う。
「まあ、俺も周りがよく見えていなかったんだろうな。けど、中学生ってのは色々多感な時期で、一方的に引っ張られると反感持つやつも出てくる。で……まあそんな奴の言葉を、偶然聞いちゃったんだ」
それが自分の能力不足が原因で、それを自覚してもなお、他者を
どんなに努力しても、すべての人に好意的に評価してもらうのは難しい。
色々な能力、特に学力などでは開きが大きい中学ではなおさらだ。
「なん、て……?」
「『もう全部秋名にやらせればいいじゃねえか。あいつが全部勝手にやってくれるだろ』ってね。俺としては、自分だけ良ければ、的なつもりはなかったし、実際……今思い返しても、ちゃんと役割分担はしてもらってたつもりなんだけど、それすらあいつらには上から目線に見えたんだろうし……実際そうだったのかも、とは思う」
限りなく言いがかりに近い。
それはおそらく、言った本人でもわかっていることだろう。
単なる妬みや僻みから出た、ちょっとした愚痴だ。
だが――発せられた言葉は時として刃となって人を
中学生だった夏輝は、その言葉を受け流すことができなかったのだろう。
「不登校……とまではならなかったんだけど、それでもかなり落ち込んだ。良かれと思ってやっていたことが全部否定された、と思った。それで、なんか中学時代の人間関係に嫌気がさして、絶対に誰も知り合いがいない今の高校を受験した」
夏輝の家が学校から遠くて当然だった。
むしろそれを狙っていたのだろう。
本来なら、一人暮らしで住む場所まで変えたかったのかもしれないが、それは家庭の事情で出来なかった。とはいえ、学校が変わってしまえば同じ中学の人とて滅多に会うことはない。まして登校時間が全然違えば、なおさらだ。
「で、高校入学にあたって、俺はもう目立つようなことはしない、と決めたんだ。平凡な一学生で無難に高校生活を乗り切ろうってね」
それが、今の彼。
秀でた能力を発揮することを抑え、他者を頼らず、頼られず生きていこうとした、ということだろう。だから、突出した成績を修めることをしようとしないのか。
確かに推薦狙いでもない限り、大学進学において高校の成績はあまり関係はない。あの高校なら、無難な成績を修めていればあとは試験の結果でどうにでもなる。
「夏輝君がテストで手を抜いてるのって、それが原因?」
「……隠しても仕方ないか。うん、まあ……そうだね」
やはりそうだったか、と思う。
だが、それは――。
「それ、なんか誰も得してないんじゃない?」
「そうかもしれない。単に俺が平凡な学生として終わりたいってだけだったから」
それはやはり違う。
そのやり方は、誰も幸せになれない。
何より夏輝自身が、自分自身を歪めてしまっている。
「でも、本当の夏輝君は違うなら、やっぱりそれは
なぜかわからない。
ただなにかが悔しくて――涙が溢れそうになる。
「そう言ってくれるのは……嬉しい、けど。でも、俺はなんていうか、人の称賛を素直に受け取れなくなってしまったんだと思う。その裏に、ありもしない悪意を勘ぐるようになった。なら、そんなもの最初から受け取らない方が楽だって思っちゃったんだ」
「じゃあ、私が褒めちぎる」
彼が称賛を受け取れないというなら、受け取れるようになるまで褒めてやる。
少なくとも自分の言葉にまで悪意を勘繰ることはない、というくらいには彼に信頼されている自信がある。
だから彼が参った、というまで、彼のいいところを挙げる。
今の明菜には、それをやる自信があった。
「か、勘弁してくれ。それに俺のいいところなんて、そんなにない」
「そんなことないよ。料理できるでしょ。観測会の時、いつも私のこと気遣ってくれるでしょ。一緒に歩いていてもいつも私のペースに合わせてくれるでしょ。いざとなったらちゃんと女の子庇ってくれるでしょ。勉強だってできるよね。手を抜いてるだけで。運動もそう。体育でたまに見るけど、明らかに全力出してなくてもたいていのことこなしてるの、見る人は見てるよ?」
「ちょ、ちょっと待って」
待つ理由はない。
「あと、星のこと話してる時の夏輝君、凄くいい顔してるんだよ。可愛いというかかっこいいというか。それに学級委員になって、ホントにいろんな人がさりげなく助けられているって、みんな気付いてる。昨日も言ったけど、女子の中では夏輝君、評価結構高いんだよ」
「わ、わかった。わかったから」
まだまだ言えるのにと思ったが、どうやら早くも降参らしい。
「平凡に過ごしたい、とだけ思ってきたんだけどな……」
「今も?」
「そのつもり……だったんだけど……分からない。明菜さんが褒めてくれるのはは……恥ずかしいけど、嬉しいとも思うから」
そういわれるとこちらも嬉しくなる。
「じゃあこれから毎日そうしようか?」
クラスで話すのを控えるのもそろそろ限界だ。
なら、いっそ褒めちぎりまくって彼が前向きになるのを加速させるのもいいと思う。
「そ、それは勘弁してほしい。ただでさえ、明菜さんと一緒にいるといつも嫉妬の視線で、胃がキリキリするんだから」
さすがにそれはまだ無理らしい――と思ってから。
それならいっそ、とある考えが頭をもたげる。
今なら、言える気がする。
「じゃあ、いっそ付き合ってみる?」
「はい!?」
夏輝には不意打ちだったのか、素っ頓狂な声が出て呆然としていた。
その顔がすごく間抜けに見えて面白い。これがアニメなら、頭が爆発する演出があったかもしれない。
「そうすれば、夏輝君の高校生活、色々波乱に満ちてくれそうだし」
「いやいや、それ誰にメリットがあるのさ」
「んー。私と付き合うのは嫌?」
ここまでやっておいてなんだが、ここで嫌、と言われたら立ち直れないと思った。
勢いとは恐ろしい。
「そ、そういう事じゃなくて」
「あはは。まあ、今ここで返事することでもないよね」
元々ここまで言うつもりはなかった。少なくとも今返事をもらうのは無理だろう。
というか、明菜の方がもちそうになかった。
現状こちらもいっぱいいっぱいだ。
だから、今日はここまででいい。
「でも、気はまぎれた?」
夏輝の顔は、家に着いた時はひどかった。
でも今は――明菜の好きな、いつもの彼に戻っていると思う。
「なんか落ち込んだ状態でご飯作ってもらうと、美味しくなさそうだしね。元気になってくれたなら、よかったよ」
「……もしかしてこの一連、料理のため?」
どちらだと思っているんだろう、と考えると――頭の中がわちゃわちゃになっていく気がする。
余裕のある態度も、そろそろ限界だった。
「さあ、どうでしょう?」
だから、自分自身をも誤魔化すように、精一杯の笑顔をする。
夏輝がそれを見て真っ赤になるのを確認すると――顔をそらした。
そうしないと、自分の顔が真っ赤になっているのも見られてしまうからだ。
幸い今日の髪型なら、後ろから耳は見えないから、真っ赤になってるのは気付かれないはずだ。
お互い軽く五分は無言の後――やっと夏輝が調理を開始した。
彼が作ってくれたオムライスは、とても――とても美味しかった。