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第八話 幕開き 準備は万端?

 リッツェラ王国は人口約1万、春夏秋冬を楽しめ、軍はもちろん国民も何かしらの武術を習得している。

 武力国家だが他国に無暗に攻め込む事は無い、自国や同盟国の危機に派遣するのが主だ。

 普段は活気と笑顔が溢れる国で、犯罪もほぼ無い。


 今回縁とスファーリアはこの国に招かれた、理由は縁が国王へと手紙を出していた。

 その内容を要約すれば『俺達の敵をおびき寄せる為に、国を囮にさせてくれ』だ。

 こんな無茶が通るのは、縁達が少し前に国王を救出したから。

 そして何故国を囮にするかだが、これにも理由がある。


 情報屋のルティ・スティツァが調べた結果。

 七星了司ななほしりょうじが、上質な幸運を特殊な道具を使って集めているらしい。

 そしてこの国は民度も幸福度も高い、囮には最適なのだ。

 国王も民も囮には前向きだった、それはもっとも簡単な理由だった。

 自国を守る『実戦』が出来るからだ、武力国家らしいといえばらしい。


 そんな国にたどり着いた縁とスファーリア。

 国の出入口でカンタパールに出迎えられた。


「縁様、スファーリア様、本日はお越しいただき、ありがとうございます」

「いえ、無理を言ってすみません」

「普通なら断られている」

「縁様方は我々の恩人です、そして実戦の機会を逃すのもおしいのです……国王と王妃が酒場でお待ちです」

「え? 酒場?」

「王宮じゃないの?」

「申し訳ございません、国王が一人の民として歓迎したいと」

「正直助かった、礼儀作法なんて無縁なんだよ」

「国王のご厚意に感謝しましょう」


 カンタパールを先頭に歩き出すと中は活気に溢れていた。

 元気よく客引きをする市場の人達、遊んでいる子供。

 まさに平和だ、これから嵐でも起きる様な平穏だった。


「でも何で酒場なんですか?」

「国王は昔からお忍びで街に出掛けるのが好きでした、毎回抜け出すので私共も本気で連れ戻しました」

「それって、ある意味でお互いの訓練になってるのでは?」

「はい、まだ平民だった頃の王妃とのきが一番手を焼きました、気迫負けしてしまいます」

「カンタパールさんは、平民との逢い引きに反対だったの?」

「いえ、国王が選んだ女性です、私共は口出しをしません」

「あ、口出しても親族か」

「ええ、ですが王妃は努力して今の幸せをつかみました」


 歩く事数分、大きな酒場へとやって来た、中からは大きな笑い声が聞こえる。

 中に入ると、ほぼ満員であちらこちらで楽しい酒盛りをしている。

 カンタパールは、一般人にしては風格があり過ぎる男性に話しかけた。


「国王、縁様とスファーリア様をお連れいたしました」

「おう! カンタパール! お前も飲め!」

「国王、私は召使いの身分です、一緒に飲めません」

「馬鹿野郎! ここに居るレックバールとその共は昔、王子だからって調子に乗るなと殴りかかってきたんだぞ?」

「アチャルリラ・バーリバル国王! あ、いやアチャ! 昔の事を表に出すな」

「はっはっは! 他の国ならまず重罪だな、極刑間違いなしだ!」

「おいおい、その前にちゃんと国王らしくしてくれ」

「……ん?」


 国王が縁とスファーリアに気付いた、そのテーブルで一緒に飲んでいる人達も見る。


「おお!? 縁さん、スファーリアさん、王族としてではなくこの国に生きる民として、あなた方を歓迎したい!」

「おお! あんちゃんが縁様か!」

「うちのバカ国王助けてくれてありがとうな!」

「一緒に飲もうぜお二人さん!」

「待て待て! 挨拶が先だ! あそこで踊りながら楽器を奏でているのが、我が妻です」


 国王が指さした方向には、歌とダンス、楽器を演奏している人達が居た。


「縁君、挨拶しましょう」

「ああ」


 縁達が近寄ると、一般人にしては眼力と気高さが段違いの女性が話しかけてきた。


「おや! あなた方がアチャの恩人だね!? 私は王妃セーヴデール・バーリバルさ」

「初めまして、私はスファーリア、こっちは私の縁君」

「その紹介は新しいな、いやまだ結婚してないだろ」

「はっはっは! 噂に聞くイチャイチャぶりだね、そうだ一曲どうだい?」


 楽器を持っている人達が誘うように各々の音を鳴らす。

 スファーリアはトライアングルとビーダーを取り出した。


「お誘いに乗った」

「ん? あれは」


 縁はふとカウンター席を見た、そこは不思議な光景が広がっている。

 仮面をした手品師か、怪盗の様な人物が一人で座っていたのだ。

 ほぼ満席の店には似つかわしくない。


「縁君の知り合い?」

「ああ、少し話してくる」

「私は演奏しているね」


 縁は仮面の人物の隣に座った。

 仮面の人物は縁を見ると、歓喜の声を上げる。


「やあやあお久しぶりだねぇ、神様」

「お久しぶりです、ミスターケーキ」

「……ん? ああ! 昔、君と最後に会った時はそう名乗ったね! あの時はケーキを盗んでいたからね」

「今の名前は?」

「メノウ怪盗研磨……あ、ちなみに性別不明でよろしくね、きゃぴ」


 研磨は不思議な事に、喋る度に男性の声と女性の声が交互になっていた。


「それは置いといて君も変わったね、国にお祝いされるくらいの神様になったか」

「研磨さんもね、昔は食べ物ばっかり盗んでいて、その都度つど変えてましたよね」

「そりゃーね、僕は食べる物が無かったから盗むしかなかったから、正論振りまく人達は言葉しか恵んでくれなかったよ」

「……あれ? どうやって知り合ったんでしたっけ?」

「一番最初は屋台の焼き鳥を盗んだ時だ」

「ああ、盗人ぬすっとには清い縁を感じたんだった」

「そりゃ、盗まないと弟と妹が死ぬからな、まっとうに生きれるならそうしていたさ、誰も信じないけどな」

「人々は簡単に見捨てるが、少なくとも縁を大切にする者は俺は見捨てない」

「そうそう、君は昔もそういってたよ、縁を守り身の丈を合った生活をしろと」

「言ったな」

「んでそれより神様、俺をここに導いたのは何でさ? 神の導きってのは色々とあるけどさ、今回は露骨にここに誘導された感覚だった」

「幻想手品師の力を借りたい」

「傭兵として私の力を借りたいのかい、高いよーこの国を守れって言うんでしょ?」

「これで」


 縁は鞄から箱を一つ取り出した、宝石等を入れる物だ。

 開けるとどう見ても石ころが入っていた、研磨はそれを見て声を震わせる。


「……ものの見事な最低最悪低品質のメノウだ」

「この価値はわかりますよね?」

「世間ではゴミでも私には国宝級だよ、最高のメノウなんて金を払えば手に入るが、最低品質はそうはいかない」

「頼めますか?」

「望む物を出されたら断れないよ、知り合い何人かに声をかけておくよ、僕のポケットマネーから出すから安心して」

「そこまで?」

「私にとってはこれは国宝だからね、出し惜しみ無しさ」

「ありがとうございます」

「いやいや、正直お釣りを出したい」

「……さて曲も終わった、それじゃ僕も動くよ」

「また会いましょう」

「ああ、ごきげんよう神様」


 研磨は宝石を受け取って店を出ていった。

 縁は演奏を終えたスファーリアの元へと移動する。


「よし、私達も一度休憩しようか……どうだい絶滅演奏術奏者さん、私達の音楽は」

「不協和音、でもそれは形式で見た場合、音楽としては最高、文字通りの音楽」

「そうかい、誰かからおひねりは貰えるかな? ってここに居る連中は全員酔っ払いで聞いてないか」

「大丈夫、縁君が別の形でおひねりを出した」

「あの仮面の奴は幻想手品師だろ、神出鬼没の傭兵だね」

「すごい、よく見ている」

「これでも国の王妃だからね」

「そして国王の周りの人達も凄い、完全に酔っ払いだけど警戒をしている」

「ああ……昔この酒場で白昼堂々、国王の暗殺があってね」

「それ暗殺じゃない、襲撃?」

「最初の襲撃の時に国王の親友は守られるだけだった、その時に『友の危機に何も出来ない、そんな親友になりたくない』と戦う力をつけ始めた」

「親友さんは近衛兵? 凄く強い音を感じる、てか国民が強い」

「ま、国民はそこまでだが、旦那の親友達は、カンタパールに模擬戦闘で何回か勝てるくらいには強いよ」


 スファーリアがチラッと国王の方を見ると、ただのおっさん達が楽しそうに酒を飲んでいる様に見える。


「さて、手紙であんた達の事情は知っているよ」

「ごめんなさい、これから厄介事を持ち込む」

「ドレミドの娘なら加勢するよ、それが無くとも旦那を助けてもらったからな」

「ん? お母さんの知り合い?」

「あれ知らないか? 昔、お前さんの母親と一時的にだけど、冒険したことあんだよ」

「ああ……なるほど」

「何だ何だ! 言いたいことは飲みながら聞こうじゃないか! ほら、縁も飲みな!」

「あ、は、はい」


 どう見てもこれから起きる襲撃に、備えていない様に見える。

 だがそんな事は無い、そう見えるだけで準備は出来ているのだろう。

 とりあえずスファーリアは酒を飲みまくろうとして、縁が止めるのだった。

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