結び達が階段を上ると縁が居た、だが雰囲気がぜんぜん違う。
結びを見てもへらへらと笑っているだけ。
そして何より、地面には魔法陣と供物の跡があった。
状況から見るに、縁は何かされたのだろう。
「……」
「お姉様、あれはお兄様ではありません」
「ああ、どうやら憑依されているな」
「お初にお目にかかります、私は七――」
「界牙流初代奥義!
もはや当たり前の光景だ、結びを前に悠長に自己紹介など自殺行為だ。
結びは両手からあたたかな光の波動を出し、憑依された縁はあっという間にのまれた。
そして、この界牙流初代奥義『伴侶』とは、界牙流の起源でもある。
初代が悪人に憑依された妻を、手にかけてしまった事で生まれた奥義。
子孫に自分達と同じ気持ちをさせまいと、初代の妻の願い。
自分と同じ様に、愛する者を手にかけさせまいと誓った初代の願い。
界牙流に憑依なぞ、姑息な手段は通じない。
「ちっ! だが目的は達した!」
縁の身体から実体の無い女が出てきた。
みすぼらしい服装をしていて、一言で言えば貧乏神の様だ。
ただ顔立ちは美しく、妖艶だった。
「縁君!」
そんな存在よりも、結びは縁に駆け寄った。
縁の身体は仰向けに倒れている。
だるそうにしていて、具合が悪そうに見えた。
結びはさっと膝枕をして、縁の手を両手で握る。
「……君にそんな顔をさせてすまない」
「私が――」
「結びさん……話は後だ、七星了司はまだ生きている」
「わかったどうするの?」
「この間お試しでやった事があるだろ、俺の力を渡すやつだ」
「ああ、あれか」
それは度々使っていた技、縁の力を結びに渡す。
今までは力の一部で、全てを結びには渡した事は無い。
「俺と一時的に一心同体となり、新たな神になる」
「え? それちゃんと元に戻る?」
「当たり前だ、俺はこれから人生、結びさんを愛するんだからな」
「お、おおぅ……」
縁の唐突な愛の告白、いや彼は何時も通りだった。
今までも、自分が言うべきと思うタイミングで言ってきた。
その場に合う合わないではない。
言われる方は、たまったものではないかも知れない。
結びはより一層、縁の手を力強く握った。
「いくぞ」
「よっしゃこい!」
絆が目をふさぐ程の、白く強く光を一瞬放った。
次の瞬間には誰かが立っていた。
和服には音楽の記号が、風で舞っている様に見える模様。
長く黒い美しく、うさ耳があるが普通の耳もある。
顔立ちは結びに近い、その人物は自分の身体を見ていた。
「おお……これが一心同体、なるほどなるほど」
「お姉様……でいいのかしら?」
「今縁の力が弱いからか、私が強く出ているね~」
「その言い方ですと、お兄様の場合も?」
「あるんじゃないかな、よくわからない、後で縁に聞いてみよう」
一心同体になった結びは、部屋のすみを見た。
そこには薄っすらと、七星了司が居る。
絆は結びの視線を動かした後に、その方向を見た。
「……で、お前は何時まで、見え見えのかくれんぼをしているんだ?」
「これは予想外! 新たな神の誕生とは!」
「何だ? 名乗ってほしいのか?」
「ああ、是非とも聞きたいね、あるならばだが」
七星了司は煽る様に喋った。
神は人間に信仰され、そこから産まれる。
正義の願いや破滅の願い、色々とある。
だがこの神は、縁と結びの一心同体。
無から産まれた神ではなく、有から産まれ神だ。
「我が名は
「これはご丁寧に、で殺し合うのかい? いや、殺してくれるのかい?」
「まあ待て、正直感心しているんだ、過去、縁に身を滅ぼす幸運を貰ったのに生きているとは」
「当たり前さね、私はそこらの奴と一緒にしないでくれよ? 貰った幸運で自分磨きをしたのさ、結果、現人神と呼ばれるまでになったのさ」
「なるほど」
縁が昔、自分の幸運が欲しい者達に、無差別に送った幸せ。
それは身の丈を滅ぼす幸せだった。
例えるなら、突然巨額の大金が溢れて出たとしよう。
使っても使っても無くならない、溢れてくるお金。
悪い癖が付いた時に、そのお金が突然無くなったら。
まず普通の人ならば破滅するだろう。
だがこの七星了司はそうではなかった。
その溢れ出るお金、言わば幸運を自分磨きに使ったのだ。
これはどういう事か、臨時収入に対してそれに見合う努力をした。
その臨時収入が無くなった時でも、臨時収入があった時と同じ生活が出来る様に。
一言で言えば、七星了司は他のおバカさんとは、ちょっとだけ違った話だ。
「いやはや感心する、だが縁の幸運で今更何をするんだ? 神になるのか?」
「正直、燃え尽き症候群ってやつだ、ある意味で私は身の丈合わない選択をしてしまったのだろう」
「ほう?」
「自分の幸せの為に、ここまで来たが……縁の幸運を手に入れた瞬間、目標が無くなった」
「なんだ、目的が無く手段だけあったのか」
「ああ、正直困ったよ、ジャスティスジャッジメント関連とか、名前の無い隷属の神とか色々と頑張ったのにね」
七星了司は自分の幸せの為に、縁の幸運を必要とした。
おそらくは、幸運を与えられた時の高揚感、それを忘れてられなかったのだろう。
例えるならばお年玉、あの気持ちの延長線上。
そして、今はそのお年玉を手に入れても、自分の幸せ。
一番最初の衝撃ほど無く、燃え尽き症候群になってしまったのか。
今七星了司は、安らかに死を悟っている顔をした。
「何か疲れたんだ、殺してくれ」
「嫌だ」
縁結びが界牙流二代目の奥義を放った、これを止めれる者は居ないだろう。
七星了司は奥義をくらって消えた、だが縁結びは殺す事を否定した。
つまりは死んではいないのだろう、そもそも簡単に神は死なない。
簡単に死ぬのは存在が弱い神だ、神社も無く名前を覚えてもらえない。
だが七星了司は色々とやり過ぎた、一部で有名になり過ぎた。
彼女が本当死ねるのは、自分を知っている者が居なくなってからだろう。
そんな日は簡単には来ないだろうが。
「お兄様、お姉様、お疲れ様です」
縁結びは一瞬光って、縁と結びにそれぞれ戻った。
絆から見て縁は右側、結びは左側。
結びは縁の左腕に自分の右腕を軽く絡めていた。
そう、まるでこれから、バージンロードを歩く様に立っていたのだ。
「縁君、下で一本槍が怪我してる」
「ああ知っている、行こう」
「はい、お兄様」
縁達は一本槍達の元へと向かった。