風野音結びと一本槍陸奥、界牙流四代目と回歴二代目。
二人の武人が戦うこの場、しかし一本槍は動けなかった。
当たり前と言えば当たり前だ。
彼が、以前の風月並みに強くなっているとしても。
結びが強くなっていない訳がない。
一本槍は今、実力の差を感じていた。
そして、今の最適解は死なない事。
今目の前に居るのは先生ではなく、界牙流四代目だからだ。
「三代目奥義を受けてみるといい」
「……」
結びが奥義発動の準備をしている。
しかし一本槍は動かずに目をそらさずに相手を見ていた。
自分の実力の実力では攻撃も効かない、妨害も出来ない。
それ程の実力の差を改めて感じていた。
死なない、絶対に死なない、一本槍はそれだけを考えていた。
「奥義! 結婚記念日!」
結びの手から放たれたのは、ボロボロの紙で出来た竜だった。
大きさはスポーツバックくらいで、長さも四個分くらいだ。
明らかに弱そうだ、だがこれは界牙流三代目の奥義。
見てくれだけで判断するのは良くない。
その速度は速く、あっという間に一本槍に当たった。
一本槍は吹き飛び、壁に少しめり込んだ後に、地面に倒れ込んだ。
血だらけの重症だ、直ぐに治療をしないと命の危険があるような出血をしている。
「結婚記念日は夫婦で放つ奥義だ、私がまだ結婚してなくて良かったな?」
ゆっくりと一本槍に近寄って行き、とどめを決め――とはならなかった。
一本槍を庇う様に現れた者達が居た。
「ほう、私に弓を引くか? ファリレント、未来、ツレ」
死神のイメージ通りの、ローブを着て鎌を持ったツレ。
スファーリアと同じ服装のファリレント、ビーダーも持って、トライアングルも近くに浮いている。
そして占い師の衣装に身を包んだ未来が、水晶を両手で持っていた。
今彼らがしているのは、真剣勝負に水を差している。
だが彼らは、一本槍には死んでほしくないから今ここに居た。
ファリレントが優しく一本槍を仰向けにして、固形の薬を口に入れる。
「一本槍君、これを舐めて、薬味さんの即効性の痛み止め」
「み……皆」
「旅に出たお前がな、やりそうな事なんて予想がつくんだよ、何で俺達に――」
「ツレ、話は後」
「だな、未来、予知を頼むぜ」
「皆さん、待ってください」
一本槍はフラフラとよろけながら立ち上がった。
即効性の痛み止めを飲んだとはいえ、一本槍にやれる事は無いだろう。
死に掛けの人間が何か出来るとしたら――
「一本槍君!? 動かないで! 今私の演奏術で治すから!」
「いえ、ファリレントさん、これだけはやらせてください」
一本槍は結びに対して頭を下げた、それを見た結びも手を合わせて礼をする。
「参りました、界牙流四代目」
「見事な防御でした、回歴二代目」
礼を終えると一本槍は大人しく横になる。
結びも敵を見る目から、生徒を見る目に変わっていた。
そして、当たり前の様に罠が発動して、敵がワラワラと召喚される。
「絆、皆を頼めるか?」
「お姉様、私はそのまま付いて行きます」
「わかった……死ぬなよお前達」
階段の結界はいとも簡単に突破して、次の階層に進んだ結び達。
残された生徒達は、一本槍を守る戦いを強いられてる。
「未来、予知を頼むぜ」
「……なるほど、時間を稼げば強力な応援が来る」
「わかった、ファリレント、一本槍の回復は任せた、未来、攻撃予知は任せた」
「任された」
「私は演奏術に集中するね」
生徒達が戦い始めた時、結びはまた知り合いと次の階層で会っていた。
「次はお前か、斬銀」
「ああ、例え勝てなくとも、な」
「本当は縁が心配で来たんだろ? 東洋もそうだった」
「俺や東洋がじゃどうこうできなねーわ、今回敵は力を付けた
「そうか」
「だからせめてお前に挑む! 赤鬼!」
斬銀の目が敵を見る目に変わった。そして斬銀の身体が真っ赤になる。
まさに赤鬼と言わんばかりの風格と威圧感を放っている。
赤鬼は、斬銀が自暴自棄になっていた時に、自殺のつもりで会得した元は名も無い禁術。
術者の魔力等と引き換えに、身体強化をする技だ。
死んだ友の説得で、死ぬ事を止め、この無名の禁術を扱える様にした。
この技は一本槍との手合わせで見せた事もある。
だがあの時とは何もかもが違う。
まさに目の前に居るのは赤鬼なのだが、結びは涼しい顔をしている。
「赤鬼の涙!」
それはシンプルな攻撃だった。
身体強化を存分に使った、ただの殴る攻撃。
無論、速度も威力も桁違いだろう。
結びは避ける事はしなかった、そして当たる。
人を殴った様な音では無かった、固い何かを殴った様な重い音が響く。
斬銀は諦めた様に笑った、自分の実力では敵わない事に。
そして、色々と考えていた、縁を大切に思ってくれる人物が現れた事。
この一瞬で感傷に浸っていると――
結びの蹴り上げが、斬銀のとても大事な場所へと。
それを一瞬で判断して、内股と両手で足をガードしたが。
浮いた、筋肉ダルマの斬銀の身体が浮いた。
一般的な椅子に座って使うテーブルの高さまで、身体が持ち上がったのだ。
つまりは凄い衝撃だった、斬銀はその場でうずくまってしまった。
絆はすぐに斬銀に駆け寄って、背中をさすってあげた。
「ご!? ばっ! ちょ!」
「ざ、斬銀!?」
「貴様腹を狙ったな? ここには子を宿す大切な臓器がある、つまりお前は私と縁の子を宿すなと?」
「そ、それ……ど……ねらって……も」
「確かに、何処を狙おうが何かしら言われますわね、例えば腕を狙えったなら……手をつなぐなと? とか」
「当たり前だ、それは今は置いといて、手加減したのはお願いがあったからだ」
「てっ……てっ……て」
「手加減が出来てませんわ、お姉様」
「斬銀、私達の生徒が、一本槍を守る為に下で敵と戦っている、助けてほしい」
「お姉様、斬銀は今自分の状況を助けてほしいと思ってますわ」
ガードしていなかったら、間違いなく死んでいただろう。
だが結びの言っている事も、もっともかもしれない。
結びが考えている幸せを奪う可能性なら、対処するだけだ。
しかし手加減するなら、別の場所にしろと、今の斬銀は思っていただろ。
「ああちなみに、ここの結界は下に進む分には無効らしい」
「たっ……ぐっ……ぎょ」
「お姉様……流石にやり過ぎでは」
「本気の相手は全力で答えないと失礼だ、そして手加減したのは縁の恩人だからだ」
「……へ、へへ、やってやろうじゃねーか」
足が産まれたての小鹿の様に、プルプルしている斬銀。
相当無理をしている、しかし縁の将来の奥さんになる人の頼み。
そして、手合わせで見込みがある一本槍の危機ならばと、立ち上がった。
顔は物凄く痛みを我慢していて、情けなく見える。
この場での本当に情けない事は、自分に勝った者の頼み事を聞かない事だろう。
「改めて、生徒達を頼めるか? 斬銀」
「ああ、縁は任せたぜ」
「心配ない」
斬銀は下へと向かい、絆は辺りを見回していた。
「お姉様、敵が出てきません」
「ふっ、茶番は終わりか」
結びと絆は階段を上るのだった。