縁と結びはロールを終えて、ロビーへと帰って来た。
「ほい縁君お疲れ様~」
「ああ、お疲れ様」
「今日はどうするよ?」
「何時もの居酒屋に行こう」
「よっしゃ」
身支度と支払いを済ませた二人は、何時もの居酒屋へと向かう。
何時もの行動だが、この時の長谷川は何か違っていた。
平常心でいようと顔が少々こわばっていた。
これを見逃す荒野原ではない。
居酒屋に入り、荒野原がお酒が少々回った頃合いに、彼女が行動に移った。
「げっへっへっへっへ、さて、何かお話があるのかな?」
「え?」
「何時もの長谷川君じゃない、こう……覚悟を決めた顔と雰囲気が出ている」
「……隠し事は出来ないな」
「隠す様な事を話すと?」
「時と場合が許せば、大っぴらに宣言しても大丈夫さ」
「ほ~う」
長谷川は諦めてというよりも、かなわないな、そんな表情で鞄から取り出したのは。
いかにも指輪が入っていそうな、小さな箱だった。
「おお! 明らかに指輪が入ってそうな箱!」
「ああ……ただ中身は――」
「ふふん、私は貴方の奥様になる人間だよ?」
「わかるのか?」
「中身はおそらく『おもちゃの指輪』だね……そう、一般的にはちゃんとした指輪を渡すだろうけど、それは婚約指輪の楽しみにしておこうかね」
「すげぇな」
長谷川が箱を開けると、黒色のリングに白を散りばめたデザインの指輪だった。
ただ、そこら辺の安物のプラスチックでは無いようだ。
特注品のおもちゃの指輪、これを出されて荒野原が怒らないのは、彼女が彼氏の行動と理由を理解しているからだ。
「んで、君が何故おもちゃの指輪を渡すか、確かに『これ』は、世間一般的な価値は低いだろう、普通の女性なせブチギレだろう、だが――おっと、君の言葉を聞こうか」
「……この指輪に誓って、結婚を前提として過ごそう、結婚という単語は何度か出していたけど、結婚を前提に付き合っていこうとは口に出してなかったからな」
長谷川は黒い指輪を荒野原の左手の薬指にはめた。
ピッタリな指輪、左手を掲げて見る荒野原。
彼女の顔は夢見る少女の顔で、おもちゃの指輪を見ている。
そして、我慢が出来なかったようで、高笑いを始めた。
「にょほほほほほほほほ! キタコレ! 今この瞬間、この指輪の価値は『私達の結婚の約束した』って指輪になった訳だ!」
「お、おお……いや、テンション高いな」
「ああそれと……」
「え?」
「君の行動とこの指輪の価値を馬鹿にする奴は……絶対にどんな手を使ってもぶっ殺す」
荒野原ならやりかねない。
だがそうだろう、これは2人の間だけのお話の事。
他人が人様の恋愛事情に口出しするのが、間違っている。
とりあえず荒野原は超ご機嫌で、鼻歌を歌ったり笑ったりしていた。
「はっはっは! 今の私は気分がいい! これを君にあげよう!」
荒野原が鞄から取り出したのは――
「ん!? まさか!」
「長谷川君の……いやいや、こう言うか、私の旦那の行動がわからないとでも思っていたか?」
長谷川と同じ、箱に入ったおもちゃの指輪だった。
デザインは黒と白の色が逆である。
荒野原は上機嫌で、未来の旦那の薬指にはめた。
長谷川はサプライズのつもりが、返されてしまう。
自分の彼女の理解力、そして同じ価値観に感動している。
だが、コッソリと用意していた、そのサプライズは失敗だったのかもしれない。
「勝ち負けじゃないけど、サプライズ失敗かな?」
「んにゃ? これは普段の君が勝ち取ったものだよ」
「普段?」
「そうそう、私が洗濯とか掃除とか料理したら『ありがとう』ってちゃんと言うでしょ」
「そりゃそうだ、てか俺にも言ってくれるじゃないか」
「当たり前でしょ、感謝は言葉に出さないと伝わらない」
「ああ、そうだな」
互いのおもちゃの指輪、それはこの2人が積み上げてきた縁と絆の証。
ゆっくりとだが、お互いの信頼関係や価値観を共有している。
当たり前だが、これは他人が入る余地が無い。
十人十色、人の数だけ恋愛の形があるのだ。
「長谷川君、これからもよろしくお願いします」
「俺の方こそよろしくお願いします」
お互いに姿勢を正してお辞儀をした。
荒野原はテンション高めに、メニュー表を指さした。
「よし、刺身盛り合わせとか、いいもん追加しよう」
「お、いいね、あ、カツオのたたきがある」
「げっへっへっへっへ……今日は楽しい飲み会になるね~」
「ああ」
今宵は一段と2人だけのお疲れ様会が特別になった。