地獄谷と虎毘沙が向かい合っている、技と技の連携の単純明快な奥義だ。
理屈は簡単だが、それを実戦で使えるかは別である。
「地獄谷殿、これがワシの奈落之底雷神拳だ」
「にゃ、凄い技だにゃ、素早い攻撃で自分の怨み辛み……いや、気持ちに叩き込む技だにゃ」
「そう、言わば『気持ちで殺せる』技」
「私は使えないかもしれない」
「ふむ?」
「理由が無いと恨めないにゃ」
「それはそうか、心が健康な証拠だ」
「にゃ?」
心が健康と言われて、地獄谷の頭にはハテナが出でいる顔をした。
「ワシは長く毘沙門天様に仕えていた、故に他人を簡単に疑う癖ができてしまった」
「にゃ、守る神様が何かあったら遅いにゃ」
「そういう事だ、普通に考えたら疑う事から」
「そして技を教えると言ったが……極めるのは自分自身だ」
「にゃ、もちろんだにゃ」
「試しにワシの力で一時的に使える状態にしてやろう」
「わかったにゃ」
「手を」
「にゃ」
お互いに握手すると、地獄谷は猫が獲物を見つけたような目になる。
そして手を離して自分の身体のあちらこちらを確認した。
「にゃ! これが力かにゃ! まあ、私が強くなった訳じゃないにゃ、やってもらってなんだけど偽りの力にゃ、使い方も自然とわかるにゃ」
「お、だったら私に雷神拳をしてみなさい?」
「にゃ、手加減無しにゃ」
「ほっほっほ、面白――」
「雷神拳!」
問答無用の神速の攻撃、雷をまとった攻撃に結びは――
当たり前だがびくともしない、避けてもいない。
結びは腹部より少し上を殴られたが平然としている。
「おお、やっぱり一瞬の瞬発力は地獄谷ちゃんの方が速いね、一時的とは言えここまで速度の成長の可能性があるのか」
「おおう……結び先生との実力の差は凄いにゃ」
「ほっほっほ、これでもマイナー流派の四代目だからねぇ~」
「え? 界牙流ってマイナーにゃ?」
「まあ世界を1人で滅ぼせるとか眉唾物でしょ」
「まあ……そうにゃ、む? 力が抜けていくにゃ」
地獄谷は自分の身体から貰った力が抜けていくのを感じた。
すぐさま次の技に移った、先ほど虎毘沙が使った技の奈落である。
虎毘沙は足で地面を叩き発動していたが。
「奈落!」
地獄谷は地面をぶっ叩いた。
すると赤色のどんよりとして液状の物が広がっていく。
そこから現れたのは――
「ニャー」
「ミァ」
「……」
「おお、猫がたくさん出て来た」
「あらあら愛想を振りまいているね~」
「猫というか……ネコ科だな」
そう、ネコ科のネコ達がワラワワと出て来たのだ。
もちろん凶暴な種類や絶滅危惧種も居る。
ネコ科の博覧会が開催されているようだった。
「自分でもわかるにゃ、今のこの場に私が心から恨む人物は居ないにゃ」
「……ワシらを恨まないのか?」
虎毘沙の足元にもネコ科の生き物達が寄ってきている。
怨み辛みというよりは、一定の敬意を放っているようにも見えた。
縁や結びには足元をスリスリとしている。
「にゃ? 誰か恨んで強くなるにゃ? それより自分に有利になる事をするにゃ、また旅が出来る様に」
「……そうか、確かにな」
実家を壊された地獄谷だが一族の思想である『また旅が出来る様に立ち上がる』を実行するのは難しいだろう。
この家訓は言わば復讐するくらいなら、自分を磨き立ち上がれと言っている。
何かされたら仕返しを考えるのが普通だろう、それをしない……いや、いい所で手打ちにする難しい家柄に生まれてしまった。
地獄谷は少しづつ、一族の歩んだまた旅が出来る様に準備しているのだ。
自分の力で自分の幸せは守れるように。
「あ、ネコ達が消えたにゃ、貰った力ね無くなったにゃ」
「だったらまずは雷神拳を極めた方がいいかもね~地獄谷ゃんには心の技は難しいよ」
「にゃ、確かにあれは
「いいね~ちゃんと分析出来る事はいい事よ~」
「シーナ先生に鍛えられたにゃ」
「んじゃここからは担任の先生にバトンタッチだね、シーナ先生居るんでしょ?」
スッと現れたシーナはため息をした。
「そりゃ居るよ、自分の生徒が心配だからね」
「後は任せていい?」
「ああ、そうそう天空原が教室で待っとるぞ? ずっとソワソワしていた」
「あらら、まあそりゃそうか……んじゃ、労いの言葉をかけにいきましょう縁君」
「ああ」
結び達は自分達の教室へと向かった。
教室には天空原と一本槍が自分の席に座って話をしている。
結び達が来たと同時に天空原が立ち上がった。
「縁先生! 地獄谷は――」
「心配しなくとも大丈夫だ、どう決着したか話そう」
縁は事の顛末を簡単に説明した。
地獄谷のご両親が許した事、その代わりに地獄谷が技を習得する。
天空原は複雑な表情をしていた、実家が壊されたのに許した?
でも本人達が納得しているなら……と、そんな表情だ。
「……なんといいますか」
「まあ普通に考えたら許せないよね~んじゃ天空原――」
結びは天空原の目をジッと見つめた。
「私の様に殺す選択肢をするかい? 徹底的にさ」
「いや……そこまでは……」
「手打ちは第三者が口挟む事じゃないよ、おっと、恋人はまだ第三者だからな?」
「待って待って結びさん、そしたら俺達も恋人同士」
「馬鹿野郎、若い奴の恋人と私達の年齢の恋人は違うでしょ」
「そや、そうなんだが……天空原君、悪く思わないでくれ」
「いえ、結び先生の言葉も事実です……俺はまだ第三者ですし」
事実を突き付けられた天空原だったが、確かにと頷くだけだった。
縁達の様に、将来結婚を約束している恋人ならば家族ともいえよう。
だが自分達は学生だ、子供の恋愛と見られてもおかしくはない。
だが後数年すれば成人、次の段階を考える時期が来ると考えていた。
「話を戻して、復讐だけ考えるなら楽だよ? ただ、反逆してくる奴らを黙らせるまで殺し続けなきゃいけないけど、殺す選択肢をするならね」
「結びさんの言葉に続くなら、殺すという選択肢を選び続けたら、他人の命が軽くなるぞ? 現に俺は結びさんと生徒と友人知人以外は軽い」
「……身の丈の選択肢ですね」
「そうだね~だから君へのアドバイスは、恋人とちゃんと話をしろ」
「価値観のすり合わせですね」
「そうそう、縁君の言葉を借りるとさ、地獄谷ちゃんが『自身の身の丈に合う選択肢をした』から君はモヤモヤすると」
「……なるほど、確かにそうですね」
「ほい縁君、悩める生徒にアドバイス」
「受け入れられるか、受け入れるかは別として、ちゃんと大切な人とは自分の考え伝えるんだ……って自分で気付いてる生徒に言うか? 教師って難しい」
「いえ、ありがとうございます縁先生」
縁と結びに向かって綺麗にお辞儀をする天空原。
「ま、今日は授業が無いからこれで終わりだね~」
「では天空原君、僕と手合わせをしませんか?」
「え? 手合わせ? ああ……地獄谷が帰るまでなら」
今まで黙っていた一本槍が天空原に声を掛けた。
天空原も一本槍とは砕けた喋りをしている。
親しい友人の様な関係なのだろう。
「君の禁術の青鬼、まだ安定してないとはいえ……神の猛攻をしのげていました、興味を持ちました」
「……一本槍、お前は本当に修業バカだな」
「当たり前です、自分を守る為ですから」
「わかったわかった」
「大怪我するんじゃないよ~」
「はい」
「はーい」
一本槍達を見送った結び達は職員室へと向かった。