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第83話 鏡

 リーアは宮之守の手に握られた燃える剣を一瞥すると、黒い細剣を魔力によって作り出して構えた。宮之守の纏う赤々とした炎と剣には禍々しいまでの殺意が込められている。


 対してリーアは宮之守へ向ける敵意は持ち合わせていない。ただ同時に、この方法でなければならないともリーアは考えていた。互いに本気でぶつかり合うことをリーアは望んでいた。


 リーアの口から黒い煙が蒸気のように漏れ、ぱちぱちと火花が爆ぜてこぼれ、枯草に火をつけた。

「私は分け身。あなたによって生み出された存在」


 宮之守の口からもまた黒い煙が漏れる。彼女らの体に流れる魔力が血流にのり、神経を高ぶらせ、肉体の隅々にまで満ちている。


 宮之守の目は冷たいものだった。自分の分け身であろうが人に危害を加えるというのなら叩き潰す。リーアは宮之守の罪の意識が作り出した分け身だ。彼女を殺したところで過去の罪が消えるわけでもないが、責任は果たさなければならない。責務を果たしそのうえで死ななければならない。


 宮之守は指揮車で見た佐藤の顔を思い出す。困惑と一言で表せる顔だった。いい気味だ。めんどくさがりで、乱雑で、それでいて剣と戦いに向ける思いは一直線だ。誰かの前に立ち戦う背中は人を惹きつける。


 一泡ふかせてやったぞ。私を殺すためにスカウトされたなんて知って、混乱して、目を見開いていた時の顔! 信じられない。嘘っぱちだって顔! 愉快だった。


 宮之守の乾いていたはずの目に再び涙が浮かび、熱は水分を瞬く間に奪って乾かした。どうして、安全装置だって思っていた人と仲良くなってしまったんだろう。どうして皆と仲良くしてたんだろう。不敵に笑って見せてたのは、そういうふりのはずだったのに。どうしてなんだろう。


 リーアが静かに動いた。乾いた土の上に爪先を掠めさせ、円を描く。構えられた黒い細剣の切先は少しも揺れず、目の前に立つ主人を捉え続けている。リーアは宮之守に敵意は抱いていないが、宮之守が、ミーシャが剣を交えたいというのなら、最大の剣と技と魔法でもって応えるつもりだ。そしてそれこそが黒い力で再び世界を塗りつぶすために必要なことであった。


 宮之守もまた、静かに動き出した。早く決着をつけよう。二人が来てしまう。

 リーアが宮之守の動きに反応した。リーアの視線が細剣が宮之守と重なり、煙と土埃が風によってまい上がり、視線を塞ぐ。宮之守は地面を蹴った。魔力のこもった足による爆発的な加速を発揮させて、剣はさらに早く、重い一撃となった。


 リーアは思考で認識する前に、宮之守から放たれる魔力の歪みを感知。反射的に防御した。リーアの黒い細剣は宮之守の一撃をいなして弾いた。リーアは黒い細剣を宮之守と同じ、赤熱して燃える剣へと変える。細剣では宮之守の動きに対応できないと判断したためだ。


 リーアが剣を変形させる僅かな間隙かんげきは宮之守がリーアの背後に回り込むだけの充分な時間があった。狙うは首。リーアの体は魔力で構成された血と肉のないものであるが、構造は人とさほど変わらない。人は魔法を使うための形をしている。ならば魔力の塊であるリーアが人の形を保てなくなればよい。


 頭を切り落とし、動けなくなるまで続ける。佐藤がレデオンに対してそうしたように。

 佐藤とエリナはいつくるだろうか。宮之守は作戦指揮車の中で見た二人の顔を思った。初めは反発していた二人がいつのまにか息を合わせて、そろって私のことを思っている。


 宮之守の視界が涙によって僅かに歪み、剣と体の軸がぶれる。リーアは剣を受けとめた。宮之守は迷いを振り払うため乾いた涙を拭い。剣を振った。


 リーアが再び剣を受け止めるも、同時に宮之守は手のひらから衝撃波を放ち、リーアの体を弾き飛す。リーアは地面に剣を突き立て滑りながら受け身を取り、足元に向けて炎の魔法を放つ。熱と爆風が砂塵を巻き上げ煙幕となって視界を塞ぐ。


 宮之守が左手に炎を纏わせながら叫んだ。

「私に勝てると思ってるの?」


 砂塵が揺らいだ。宮之守はその向こうに微かに見える赤い色を見逃さなかった。

 砂塵を盾としたリーアの赤熱した剣の鋭い突きが宮之守の腹部へ向けられる。宮之守は剣で受けながらしながら片手で剣を掴んで抑える。


 宮之守の鼻先にリーアの顔が近づく。同じ目。同じ鼻。同じ口。鏡写しの自分であり、分け身でありながら今は、全く違う考えを持つ存在……。いいえ、少しも違いはない。私は本質的に、他の命を軽んじている。


 宮之守は掴んだ手が焼け、刃が食い込むのかまわず、さらに握って抑えこんだ。肌が切れ、血が熱によって沸騰する音が聞こえ、痛みが走る。


 こんな痛みなど、私が殺した人の数にも入らない!


 力まかせに剣ごとリーアを持ち上げ、地面に振り下ろして叩きつけた。宮之守は動きの鈍ったリーアの首に剣を突き立てようとたが、剣に何かがあたり、軌道が逸れる。植物の根がぶつかってきたのだ。


 リーアは首のすぐ横に突き立てられた剣を冷静な眼差しで見ていた。

「レデオンの力が、こうして役立つとは。ありがたいことね」


 木の根が宮之守の剣に巻き付きつく。根は熱によって焼け、白い煙が蒸気機関のじみて噴出した。


 地面より出現した木の根が力強くピンと張り、宮之守は投げ飛ばされた。宮之守は空中で体を捻る。眼下にリーアが迫ってきている。宮之守は剣に炎を纏わせ薙ぎ払う。


 熱を伴った斬撃が衝撃波となって地面を抉り、炎が撒き散らされ、リーアの視界は炎と煙によって閉ざされた。リーアはその場に身を低くして屈みこんだ。その直後、首のあった位置に黒くしなるものが狂暴な風切り音を唸らせて通り過ぎた。


 風が煙を吹き飛ばすのを待たず、リーアはすぐさま立ち上がって走り出した。

ひゅんという鋭い音がし、リーアのいた位置に鞭が振り下ろされた。鞭は地面を激しくのたうつと、するりと煙の向こうに吸い込まれて消えていく。リーアが鞭の消えた先に手を向け、火炎を噴射した。炎は嵐のような音を立てて吠える。


 なんて楽しいのだろう!

 秋の夜に禍々しいまでの赤い炎に照らされながら、リーアは恍惚とした表情を見せた。体中に満ちて流れる魔力、四肢を操って魔法として出力されることに魂が歓喜する。

「楽しんでくれているといいのだけど!」

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