王女が魔法を放っている。私を殺すために!
赤熱した剣がリーアのドレスを裂き、ベールを裂いた。半分に裂かれたベールの向こうからリーアは宮之守を、宮之守はリーアを。視線を交差させ、互いの瞳の奥にミーシャを見た。瞳は合わせ鏡となり、また互いの剣も、その動作も鏡のようであった。
剣に剣をぶつけ、刃を嘶かせて弾きあう。刃の上を刃が滑り、また弾く。
宮之守はリーアに蹴りあげ、同時に距離を取ると手に力を込めて猛禽の鋭い爪の構えをとる。指の間から炎が吹き出し、振り抜く。炎は小爆発を伴いながらリーアへと突き進んでいく。リーアもまた炎を生じさせ、炎に炎にぶつけさせ、二人の間に生じた大きな爆発が互いの髪を乱雑にかきあげた。
宮之守は黒煙を飛び越え、急接近する。
「あなたも私も! ここで終わらせる!」
リーアはその場から飛びのいて回避した。その直後、宮之守の剣が地面に突き立てられ、地面を焦がす。
リーアはベールの切れ端を投げ捨て、宮之守を見る。その顔は冷静さと不敵さに溢れている。
「やっぱり、あなたに勝つなんてとうてい無理な話ね。もとから勝つつもりもないけれど」
「じゃぁ説得して一緒に滅ぼそうって。そう言うつもり?」
「まさか。さっき言った通り、説得も相談も必要ない。ミーシャ。あなたはすぐに気が付くはずよ。本当の自分は何なのかって」
「うるさい!」
リーアの声をかき消すため宮之守は周囲に爆炎を振り撒いた。リーアは激しい爆撃の合間を縫いながら走り、時に剣で爆炎を弾いた。
宮之守の片手は指揮棒を振るようにして爆炎を振り撒き、もう片方の手で黒い矢を生成していた。地上に降り注ぐ炎は一見して隙間なく降り注でいるかに見える。だが宮之守は巧妙に隙を混ぜ込んでいた。
爆炎の合間には安全なルートがあり。そこへ誘いこみ、矢で仕留めるため。一、二……。宮之守は、ギリギリと音を立てる太い矢を造りながらカウントする。五、六……。キルゾーンに踏み入らせ、次の爆発で退路を塞ぐ。
「今!」
リーアの走る前で爆発が起き、リーアが急停止する。弦の弾かれる音と共に矢が放たれた。だがリーアはこの攻撃を予想しており刀身で逸らす。矢はリーアのドレスの裾を貫いて地面に縫い付けた。
リーアもまた自分の体の影に魔力の矢を作っていた。宮之守に向けて矢を放とうと狙いを定める。爆炎が宮之守の体を覆い隠す。
リーアは矢の形を急速に盾の形へと変化させた。直後、ぎゃりんと激しい金属の音が響く。リーアの盾が死角より接近していた宮之守の渾身の突きを受け止める音だった。
宮之守は悔し気に舌打ちした。リーアは表情を変えずにいる。
「少しも容赦ないのね。ミーシャ」
「その名で呼ばないで! 私はミーシャじゃない。魔王なんだから!」
リーアはドレスの影から木の根の槍を射出した。宮之守は灼熱の炎の壁を出して、到達する前に全て焼き払う。互いが動きを読んでいる。剣と剣が、炎と炎が爆ぜて弾け、二人の間に繰り広げられる一進一退の攻防は、まるで踊っているかのようだ。
宮之守の体は次第に熱を帯び始めていた。頬は赤くなり、紅潮していた。炎の熱ではない別の熱が体の内側から全身に行き渡って包んでいるのだ。早く決着を付けなければ。これは私の最後の戦い。でもなんだろう。もっと続けていたい。そう思ってしまう。
宮之守の中で押さえつけてい魔力が抑圧された感情と合わさって反応し、爆発が起きはじめていた。必要以上に魔法を使わないことがどれほど自分にとって重みとなっていたか宮之守は無意識に感じ、自覚し始めていた。魔法を放ち、弾けさせることはやはり気分が良いものだ。
耳や目、五感の全てが魔法を使うことに意識を向けている。やはり人の体は魔法を扱うためにできているのだ。振り上げられた髪でさえ魔力を感じ取り、全てが心地良い。枷を外し、歩く楽しさを思い出した。
宮之守は口もとを微かに歪ませながら、おもむろにブラウスのボタンを一つ外した。熱い。すごく熱い。さぁ、もっと熱を感じさせてよ。
宮之守の周囲に四本の炎の剣が生じていた。彼女の周りを不規則に高速で飛び回っているさまは攻撃的な生物を思わせる。宮之守はリーアを指さす。その顔は、冷徹でありながらどこかあどけない。
「行け!」
宮之守の号令を受け、炎の剣はピタリと動きを止めたかと思うと、リーアに向け突撃を開始した。
リーアは手に持った剣で弾き、打ち落とすが、そのそばから炎の剣は浮き上がって反撃に転じる。とめどない斬撃の嵐がリーアに襲いかかった。リーアの服が斬れ、頬を掠め、髪を切る。リーアは笑っていた。腕から血が流れようとも、足を貫かれようとも、王女の放つに喜びを感じ取れることが彼女には幸せであった。
「さあ! その調子! やはりそうでないと!」
「行け! 貫き、切り裂き。燃やし尽くせ! まだ倒れてくれないでよね!」
剣の音が響く、炎の熱が渦を巻きながら周囲に広がっていく。今、言葉を発したのは誰? 私? それとも。でも、いいか。こんな気分、すごく久々なんだから。