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第85話 繋がる

 剣。弾く。斬る。魔力流れが見える。いつもよりはっきりと。熱。火。炎。熱。火。炎。まるで水か風が流れるているよう。私は流れに逆らわず、水面に葉を浮かべるときのように指を這わせ、剣をのせる。


 ほんの少し、意識を指先に向ける。私の意思は水の流れを少しだけ変えていき、面白いように火は大きくなり、より熱く、より輝く。赤熱した刃はより鋭く、滑らせるだけでいい。


 宮之守の思考は研ぎ澄まされ、鋭くなっていた。空気を感じ、音を聞き、温い魔力のうねりを捉える。指の間を駆け抜け、肌を掠める感覚を楽しんだ。


 右からの斬撃。弾いて蹴りを。左からの炎はとりこんで爆発させて受け流し、腕を回して送り返す。するとより激しくなって周囲を焦がす。今度は上。突きは避けられる。それだけ。宮之守は酔っている。魔力とは、魔法とはこうも心地良いものかと思い出した。


 宮之守は手のひらを広げ、魔力の渦を感じ取る。

「燃やせ! 燃やせ! 炎よ!」


 宮之守の体にまとった魔力へ命令する。魔力はすぐさま彼女の思う理想の形となって飛翔し、対象へと襲いかかることになる。

 爆炎から空中に飛び出したリーアの姿を捉え、手を閉じる。赤熱した四本の剣がリーアに襲いかかる。リーアは剣を回転させて打ち落とす。


 リーアは宮之守の動きへの対応が目に見えて遅れ始めていた。剣が来れば刃を滑らせて受け流し、時に弾いて怯ませる。足技には身をひるがえし、同じように返す。炎には自分の炎をぶつけ打ち消す。考え実行に移す前に宮之守の次々と繰り出される魔法が土石流のごとく襲いかかってくる。


 剣がリーアの腕を貫き、焦がす。宮之守の操る剣はまるで意思をもっているかのようだ。飛ぶことを楽しみ、斬ることを楽しんでいる。剣がリーアの腕から引き抜かれると、剣は瞬く間に飛び去って翻り、再び迫ってきた。

 リーアは傷口を塞ぎつつ、すかさず剣を弾く。別の赤熱した剣が眼前に迫る。リーアは体を逸らせて避ける。宮之守が背後に立っていた。リーアが気が付き、対応しようとしたときには、背後より衝撃波を叩きこまれ吹き飛ばされていた。


 リーアは地面を三度転がって受け身を取り、地面に剣を突き立て立ち上がる。宮之守の突きが繰り出されようとしていた。リーアは濁って鈍くなった時間の中で防ぐ手立てを考える。斬撃、打撃。だめだ。喰らってしまう。


 リーアの腹部に宮之守の熱い剣が突き刺さり、肉を焦がす音を立てた。

「……さすがね。ミーシャ」


 宮之守が目を細めた。リーアの胸に手を当て、さらに衝撃波を放つ。巨大な岩が衝突したに等しい衝撃がリーアに襲いかかり、吹き飛ばし、彼女は激しく体を地面に打ち付けられながら転がった。


 リーアがよろよろと立ち上がって腹に開いた傷を塞ぎ、口を拭いながら言った。

「どう? 魔法を全力で放つ感触は。力を使っている感覚は。これがあなたの力なのよ。楽しいでしょう」


 離れた位置からゆっくりと宮之守は近づいてくる。足取りはどこか名残惜しそうな雰囲気があり、遊びが終わることを惜しんでいるようだった。

 宮之守は剣を振った。刀身は奇妙なまでに歪んで蛇のようにのたうち、地面を抉った。次の瞬間、リーアの右腕に剣が巻き付い、幾つも分割された刃が肉に食い込んだ。


「そうね。楽しい」

 宮之守の剣を素早く無造作に引き寄せた。


 食い込んだ刃が凶悪な魔獣の牙だ。巻き付き、引き絞られて肉を引き裂く。腕が引きちぎられた。鞭に変形した剣はからからと鎖の音を立てながら連結し、再び元の赤熱した剣となった。


 宮之守の前にリーアの切断された左腕がぼとりと落ちた。落ちた腕からは黒い煙が吹き出し、炎に包まれ、霧散すると魔力の塊となって宮之守の元へ向かった。宮之守は魔力の流れる様子をただ見守り、自分の周囲を漂って腕であった魔力が自分の魔力と混ざり合うのを見た。


 リーアは悲鳴も上げず、傷ついた片腕を抑えながらその場にかしずいて切断され燃えて消えた腕の行方を追って満足そうに微笑んだ。彼女の中にある感情は深い忠誠と愛。そして策略。ここで自分は死ぬためにいる。リーアにとって宮之守に殺されるのならそれは本望であったが、ただ殺されることを望んではいるわけでもない。宮之守が、ミーシャが自分の力を受け入れ、再び使うこと。その切っ掛けとなり、糧となること。


 それ故に彼女は全力で宮之守に立ち向かっていた。死力を尽くし、彼女を覚醒させる。罪悪感の全てを忘れ、燃やし尽くさせるため。彼女がもう苦しむことのない世界を彼女自身の手によって最後の引き金を引かせるため。


 手加減などはしない。殺す気でなければミーシャは私を受け入れない。

 魔法の王女への忠誠を証明してみせる。この身に宿る魔力の全てはミーシャのものなのだ。命果てるとき、リーアは再びミーシャと一部となる。

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