リーアは体のあちこちに開かれた傷を魔力で縫い合わせ、腕を生成し再び立ち上がった。喜び、自信、慈愛に満ちた顔に殺意を宿らせて剣を持つ。
宮之守は紅潮した顔で、しかしぞっとするほどの冷徹な目でリーアを見下ろしている。宮之守は酔っていた。周囲に満ちる魔力と、自分の内から溢れる魔力と戦いの興奮が彼女を高揚させていた。なんと心地良いのだろう。
体の中の熱によって宮之守の意識はぼやけながらもリーアを捉え続ける。
「まだ立てる?」
終わってほしくない。こんなに魔法を使ったのは久しぶり。どれくらいぶりだろう。分からない。ずっと遠い昔にやったきりだ。
リーアがかしづいた姿勢から剣を振り抜く。宮之守はリーアの剣を受け止めながら、周囲を流れる魔力にちらりと目を向け、魔力の渦が周囲に影響を与え始めていることに気が付いた。自分を中心に流れる渦が、低く唸る雷雲の音を響かせている。遠くの巨大な何かが共鳴し悲鳴のような音を響かせている。
宮之守はリーアの剣を押し返しながら、音の発生源に耳をすまし、視線を遠方にそびえる巨大な時空の裂け目へと向けた。
エルフの世界とつながっている裂け目があった。普段はブーンという低く空気を震わせる音を放つ時空の裂け目が、叫び声を上げている。金属が擦れて軋む不快で不吉な音。裂け目の周囲に不規則に伸びたギザギザとした亀裂は薄氷が割れるかのように深く刻まれ、放射状に伸びていく。
魔力が地球へと流れこんでいる。その様子はまるで巨人の手が無理やり突き入れられ、乱暴に引きづり出されているように宮之守には感じられた。
リーアは肩を揺らし、額を汗が流れる。宮之守はリーアを見、弾き飛ばす、そして空を見上げた。
リーアは糸が切れ、脱力しきった体で地面を転がる。彼女は笑っていた。ようやく勢いが収まって、体が止まると地面に伏したまま顔を上げ、魔法の王女を見る。
「これがあなたの、力。ずっと抑え続けてきた力が解放されたの。幾つもの世界を塗り潰した力の全てがあなたに帰ろうとしている」
リーアは震える足を抑え、剣を突き立て立ち上がり、唱える。
「光。渦。走れ。走れ。走れ。我が魂は繋がりを求めん」
どの国、どの世界にも属さない奇妙な言葉によって紡がれる詠唱によりリーアの足元が淡い燐光を帯び始め、光が収束した。
「我が力は火。我が力は熱。色は黒。再び一つとならん」
光が走り出した。燐光は曲線を描き円を形作り、楕円と直線で構成された巨大な幾何学模様を作り出していく。それはリーアがこれまで動いた後を辿っていく。リーアは戦いながらも魔法陣を描きつつ、同時に宮之守から放たれた魔力の残滓を地面へ流し込んで利用してもいた。
燐光が地面を走っていき光の線によって不可視であった魔法陣が浮かび上がる。光が交差する場所には黒い影が地面より呼び寄せられて立ち上がった。黒い影たちは魔法の王女へ頭をたれ、手を掲げると漆黒の糸が伸び、宮之守へと向かう。
糸は宮之守の手足や体中に巻き付き体の自由を奪っていくが、宮之守はそのことを気に留める様子はない。どのような魔法であるか、好奇心からあえて魔法を拒まずに好きにさせていた。いつでも、どのような魔法であっても、魔法の王女は振り払って燃やし尽くす自信がある。
今や魔力の全てが自分の思うままだ。
どうして抑え込んでいる必要があったのだろうか。宮之守は指にへばりついたままの黒爪の残骸を見つめながら考えた。自分を否定し続けてきた、今までの生き方はなんだったのだろうかと。
宮之守は自分を絡めとる無数の漆黒の糸の一本に触れて弾くと、糸は細かく震えて燃えた。リーアの発動した魔法は体を縛り付けるが、ほんの少しでも力を入れれば外れてしまうほどに儚い。宮之守は糸を切らなかった。糸に込められた魔法がどんなものであるか理解したからだ。
リーアが地面に手を突いた。魔法が発動されようとしている。
「全ては元に戻るために」
宮之守は目を細め、ゆっくりと閉じた。体に絡まった糸は熱を持っている。細く黒い糸の中に、全てを焼き、溶断するだけの熱量が込められているが、肌を通し得られる感覚は以外にも心地良い。柔らかく、温かな感覚が沁み込んでくるようであり、体の力を抜けばふわりと受け止めてくれる。
私の分け身は、次はいかなるものを見せてくれるのだろう。私が力を抑えている間にいったいどれほどの世界を巡ってきたんだろう。私は、どうして戦っていたのだっけ。私は、どうしてここに来たのだっけ。
全身を駆け巡りって周囲を取り巻く魔力は、言い様のないにおいがあるが存外悪くない。
魔力は指を少し動かして意識を向けると程よい弾力となって帰ってくる。弾力は炎や、風や、時に植物や、爆発という形となって答えてくれ。それらが起こるたびに神経や筋肉を駆け巡って脳に到達し、アドレナリンが脳に行き渡る。
宮之守は酔っている。自分の抑え込んでいた魔力の暴風と魔法陣によって集められ周囲に満ちる魔力に。リーアが上書きした魔法陣は集められた魔力の全てを宮之守へ向けさせるものだった。リーアは宮之守の為に魔力を集めていた。すべては王女のために。
「もう一度、塗り替えよう。やり残したことをここで果たす。そしてそれをやるのはあなたじゃないと」
リーアの言葉は既に宮之守に届いてはいない。目をつぶって、ただ魔力の渦に身を任せ、まどろんでいた。声が聞こえる。とても懐かしい声だ。はるか昔に聞いた。愛する人の声。
誕生日おめでとう。ミーシャ。 おめでとう。ミーシャ。