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第76話 怒れる炎(1)

第76話 怒れる炎(1)





 自然の世界。

 この星では当たり前で、本来なら人類が尊ぶべき世界。


 けれども人類とは傲慢なもの。当たり前のように破壊し、自分のものへと変える。

 それは魔法少女であっても例外ではなく。




 北アメリカにある小さな島、ハイダ島。

 魔法少女ミコトは、鮮やかな魔法で樹木を伐採する。


 日本から逃げ延びた生存者たち。そして、アンラベルが保護した北米の生存者たち。全員が力を合わせて、この島を人の暮らせる土地へと変えていく。

 魔法少女だけではない。ただの人間でも生きられるように。自然を切り開いて、世界を変えていく。


 これが、開拓というもの。

 自然を作り変える行い。




 自分にできることを、ただ黙々と。

 そう続けるミコトであったが。




「……?」




 遥か彼方から流れてきた風。

 異質な魔力に反応し、その手を止める。




「クロバラさん? いいえ、これは」




 どれだけ遠くから、この魔力は流れているのか。それも分からないほどに、遥か彼方。


 ただ1つ、理解できるのは。

 尋常ならざる事態が、アンラベルの少女たちに起こっていた。















 北アメリカ、大英帝国の都市であるモントリオール。

 戦争が終わり、この10年で人が新たに築き上げたこの都市は、紅蓮の炎によって焼かれようとしていた。


 何を燃やすために。魔獣を、それとも街を?

 そう問いただしたくなるほどに、炎は苛烈で、容赦がなく。




 街の中心に咲く花。

 防御魔法を展開するクロバラは、静かに、祈りを捧げるように魔力を開放していた。




 全てを焼き払わんとする炎と、絶対に守り通すという覚悟の花。

 双方の魔法が衝突し、凄まじい衝撃が周囲に響き渡る。




「何なんだよ、これ」




 花の防壁の中で、ティファニーがつぶやく。

 今までに感じたことのない魔力。全てを焼き払うほどの理不尽な火力。

 粗暴と評されることのある彼女でも、流石にこれは理解不能であった。




 仲間たち。そして生存者たちの視線を受けながら、クロバラはただひたすらに魔力を展開する。

 これまでで最大級。100%のフルパワーを持って。




(耐えられるのか? この力に)




 そう疑問に思ってしまうほど。迫りくる炎には、圧倒的な魔力が込められていた。

 この世代の最高峰、七星剣と呼ばれるアイリの魔力は知っている。しかし、この炎に込められた魔力は、それすらも凌駕しているように感じる。


 一体、何者なのか。

 帝国などに属する者か。あるいは、法の秩序の外にいる在野の魔法少女か。




 大きな花の魔法。相手が、これに気づいていないとは考えにくい。

 つまりは、もろとも焼き尽くそうとしている。


 魔獣に殺されるならまだしも。

 所属も知らない魔法少女に、一方的に殺されるなど。




「なめるなっ」




 それは、怒りの感情。

 クロバラの持つ人としての感情が、魔力を通じて、巨大な花へと伝っていき。



 花と炎。

 2つの魔法、2つの感情が、交錯する。





――駆逐する。全てを、焼き尽くす。



 そんな声が、聞こえたような気がして。





 まるで共鳴するかのように、花と炎の魔法が混じり合う。

 ぶつかり合うのではない。お互いがお互いを受け入れるかのように、2つの力が、1つへと重なっていき。


 それが頂点まで達すると。

 まるで全てが夢だったかのように、粉々の結晶となり散っていった。




「……」




 確かに、炎を止めようとしたものの。

 想像を超えた結果に、クロバラは言葉を失う。


 2つの魔法が、共鳴するかのように混ざり合う。

 このような現象は、見たことも聞いたこともなかった。




「凄い。あの魔法を止めるなんて」




 仲間たちからは、そのような感想を告げられる。

 彼女たちの目から見たら、クロバラの花が、敵の炎を防ぎ切ったように見えたのだろう。


 しかし、実際には違う。

 術の当事者であるクロバラだけは、その異常現象に気づいていた。




 そしてそれは、対になる存在にも。





「――あり得ない。わたしの炎が消されるなんて」





 現れたのは、異質な魔法少女。


 燃えるような赤髪に、顔には十字架を模した仮面をつけている。


 感じられる魔力からして、彼女が炎で街を焼いた張本人であろう。




 クロバラと、仮面の魔法少女。

 双方の視線が交差する。











(仮面の魔法少女だと? まったく、冗談じゃない)




 現れた魔法少女。けれども、その顔は仮面によって隠されており、正体も何も分からない。

 どう対応するべきか、クロバラが考えていると。




「なに、その顔」


「!?」




 仮面越しでも分かる、怒りに震える声。

 その次の瞬間、クロバラの立っていた地面から、とてつもない業火が発生する。


 直前に攻撃を察知し、避けるクロバラであったが。




「ちっ」




 追い打ちをかけるように、クロバラに対して炎が放たれる。

 疑いようがない、仮面の魔法少女からである。




 回避困難な炎に対して、クロバラは仕方なく魔力障壁を。

 花の魔法を行使すると。




「――殺す」




 何か、逆鱗にでも触れてしまったのか。

 仮面の魔法少女はより一層、怒りをあらわにし。


 街に向けていたのと同様か、あるいは上回るほどの魔力を持って、クロバラを焼き払おうとしてくる。




 しかし、そうはさせないと。

 鋭い風の魔力が、仮面の魔法少女へと襲いかかる。


 強力で、無視することのできない力。

 仮面の魔法少女も動きを止めざるを得ない。




 クロバラとの間に入るように。

 アイリが、仮面の魔法少女と対峙する。




「わたしは七星剣が1人、疾風のアイリ。あなたは何者ですか?」




 そう問いかけると。

 仮面の魔法少女は、僅かに首を傾げる。




「七星剣? アジアの魔法少女が、なぜ帝国の領土に踏み入っている」


「なぜ、ですか。それを本気で言っているのであれば、あなたの人間性に疑問を呈します」


「なに?」


「わたし達は人命救助の最中です。この街の人々を救おうとしているのが、見て分かりませんか?」




 アイリの言葉を受けて。

 仮面の魔法少女は、初めて他の人々へと視線を向ける。




「……あぁ。もしかして、モントリオールの住民なの?」


「その通り。我々の隊長が止めなければ、あなたが焼き尽くしていた命です」




 我々の隊長。

 仮面の魔法少女は、クロバラへと視線を戻す。




「その眼帯の小さいのが、あなたの隊長? つまり、アジア最強の魔法少女ってこと?」


「いいえ、彼女は七星剣ではありません。部隊の隊長ではありますが、入隊してまだ一ヶ月程度の新兵です」


「……」




 仮面に隠されているがゆえ、その表情は分からない。

 しかし、クロバラの顔を凝視しているのだけは明らかであった。




「国は違えど、わたし達は魔法少女。しかも、今は未曾有の混乱下です。わたし達が争う理由は、ないと思いますが」




 そう言いながらも。アイリは魔力をまとい、相手を睨みつける。

 なにせ、街を丸ごと焼き払い、クロバラに強い殺意を向けている存在なのだから。



 両者睨み合いのまま、一秒一秒と時が過ぎ。

 もはや戦いは不要と考えたのか、仮面の魔法少女から威圧感が消える。




「わたしに命じられた任務は、魔獣を殲滅することのみ。アジア連合との戦いではない」


「……理解していただけたのなら、幸いです」




 少なくとも、コミュニケーションは取れる。

 アイリは内心、ため息を吐いた。




「あなたは、帝国の魔法少女ですか」


「ええ」


「この街に生き残りがいる可能性を、少しも考えなかったのですか?」


「ええ」




 仮面の魔法少女は、そう言い放つ。




「モントリオールは壊滅したと、わたしは聞いている。ならばそこにいるのは、殺すべき害獣だけ」


「なっ。……生存者を保護しつつ、まだ戦っている魔法少女もいました」


「それは弱者でしょう。街を守れなかった以上、魔法少女としては失格です」




 生き残った魔法少女たち。

 戦い続けた者たちに対して、仮面の魔法少女は無慈悲に告げる。




「今の帝国は、魔獣との全面戦争の真っ只中。戦争に弱者は不要です。全ての魔法少女は全霊を持って戦う義務があり、国民はそれを支えなければならない。それを果たせないのなら、あなた達に居場所はない」




 それが、この少女の考えなのか。

 それとも、国そのものの方針なのか。


 仮面越しに、その意志は分からない。




「そこの兵士たち。まだ帝国への忠義が残っているのなら、東のセント・ジョンズに集いなさい。北米大陸攻略のため、軍はそこを拠点に活動しています」




 そう言って彼女が声をかけるのは、魔法少女のみ。

 力を持たない人間など、まるで眼中にないかのように。




「戦う術のない者は、巻き込まれないよう、どこへでも逃げるがいい」




 それで、言葉は十分と。


 仮面の魔法少女は、彼方へと飛び立っていった。








「……何なんだよ、あいつ」




 嵐が過ぎ去った後。

 全員の気持ちを代弁するかのように、ティファニーはつぶやいた。






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