第76話 怒れる炎(1)
自然の世界。
この星では当たり前で、本来なら人類が尊ぶべき世界。
けれども人類とは傲慢なもの。当たり前のように破壊し、自分のものへと変える。
それは魔法少女であっても例外ではなく。
北アメリカにある小さな島、ハイダ島。
魔法少女ミコトは、鮮やかな魔法で樹木を伐採する。
日本から逃げ延びた生存者たち。そして、アンラベルが保護した北米の生存者たち。全員が力を合わせて、この島を人の暮らせる土地へと変えていく。
魔法少女だけではない。ただの人間でも生きられるように。自然を切り開いて、世界を変えていく。
これが、開拓というもの。
自然を作り変える行い。
自分にできることを、ただ黙々と。
そう続けるミコトであったが。
「……?」
遥か彼方から流れてきた風。
異質な魔力に反応し、その手を止める。
「クロバラさん? いいえ、これは」
どれだけ遠くから、この魔力は流れているのか。それも分からないほどに、遥か彼方。
ただ1つ、理解できるのは。
尋常ならざる事態が、アンラベルの少女たちに起こっていた。
◆
北アメリカ、大英帝国の都市であるモントリオール。
戦争が終わり、この10年で人が新たに築き上げたこの都市は、紅蓮の炎によって焼かれようとしていた。
何を燃やすために。魔獣を、それとも街を?
そう問いただしたくなるほどに、炎は苛烈で、容赦がなく。
街の中心に咲く花。
防御魔法を展開するクロバラは、静かに、祈りを捧げるように魔力を開放していた。
全てを焼き払わんとする炎と、絶対に守り通すという覚悟の花。
双方の魔法が衝突し、凄まじい衝撃が周囲に響き渡る。
「何なんだよ、これ」
花の防壁の中で、ティファニーがつぶやく。
今までに感じたことのない魔力。全てを焼き払うほどの理不尽な火力。
粗暴と評されることのある彼女でも、流石にこれは理解不能であった。
仲間たち。そして生存者たちの視線を受けながら、クロバラはただひたすらに魔力を展開する。
これまでで最大級。100%のフルパワーを持って。
(耐えられるのか? この力に)
そう疑問に思ってしまうほど。迫りくる炎には、圧倒的な魔力が込められていた。
この世代の最高峰、七星剣と呼ばれるアイリの魔力は知っている。しかし、この炎に込められた魔力は、それすらも凌駕しているように感じる。
一体、何者なのか。
帝国などに属する者か。あるいは、法の秩序の外にいる在野の魔法少女か。
大きな花の魔法。相手が、これに気づいていないとは考えにくい。
つまりは、もろとも焼き尽くそうとしている。
魔獣に殺されるならまだしも。
所属も知らない魔法少女に、一方的に殺されるなど。
「なめるなっ」
それは、怒りの感情。
クロバラの持つ人としての感情が、魔力を通じて、巨大な花へと伝っていき。
花と炎。
2つの魔法、2つの感情が、交錯する。
――駆逐する。全てを、焼き尽くす。
そんな声が、聞こえたような気がして。
まるで共鳴するかのように、花と炎の魔法が混じり合う。
ぶつかり合うのではない。お互いがお互いを受け入れるかのように、2つの力が、1つへと重なっていき。
それが頂点まで達すると。
まるで全てが夢だったかのように、粉々の結晶となり散っていった。
「……」
確かに、炎を止めようとしたものの。
想像を超えた結果に、クロバラは言葉を失う。
2つの魔法が、共鳴するかのように混ざり合う。
このような現象は、見たことも聞いたこともなかった。
「凄い。あの魔法を止めるなんて」
仲間たちからは、そのような感想を告げられる。
彼女たちの目から見たら、クロバラの花が、敵の炎を防ぎ切ったように見えたのだろう。
しかし、実際には違う。
術の当事者であるクロバラだけは、その異常現象に気づいていた。
そしてそれは、対になる存在にも。
「――あり得ない。わたしの炎が消されるなんて」
現れたのは、異質な魔法少女。
燃えるような赤髪に、顔には十字架を模した仮面をつけている。
感じられる魔力からして、彼女が炎で街を焼いた張本人であろう。
クロバラと、仮面の魔法少女。
双方の視線が交差する。
◇
(仮面の魔法少女だと? まったく、冗談じゃない)
現れた魔法少女。けれども、その顔は仮面によって隠されており、正体も何も分からない。
どう対応するべきか、クロバラが考えていると。
「なに、その顔」
「!?」
仮面越しでも分かる、怒りに震える声。
その次の瞬間、クロバラの立っていた地面から、とてつもない業火が発生する。
直前に攻撃を察知し、避けるクロバラであったが。
「ちっ」
追い打ちをかけるように、クロバラに対して炎が放たれる。
疑いようがない、仮面の魔法少女からである。
回避困難な炎に対して、クロバラは仕方なく魔力障壁を。
花の魔法を行使すると。
「――殺す」
何か、逆鱗にでも触れてしまったのか。
仮面の魔法少女はより一層、怒りをあらわにし。
街に向けていたのと同様か、あるいは上回るほどの魔力を持って、クロバラを焼き払おうとしてくる。
しかし、そうはさせないと。
鋭い風の魔力が、仮面の魔法少女へと襲いかかる。
強力で、無視することのできない力。
仮面の魔法少女も動きを止めざるを得ない。
クロバラとの間に入るように。
アイリが、仮面の魔法少女と対峙する。
「わたしは七星剣が1人、疾風のアイリ。あなたは何者ですか?」
そう問いかけると。
仮面の魔法少女は、僅かに首を傾げる。
「七星剣? アジアの魔法少女が、なぜ帝国の領土に踏み入っている」
「なぜ、ですか。それを本気で言っているのであれば、あなたの人間性に疑問を呈します」
「なに?」
「わたし達は人命救助の最中です。この街の人々を救おうとしているのが、見て分かりませんか?」
アイリの言葉を受けて。
仮面の魔法少女は、初めて他の人々へと視線を向ける。
「……あぁ。もしかして、モントリオールの住民なの?」
「その通り。我々の隊長が止めなければ、あなたが焼き尽くしていた命です」
我々の隊長。
仮面の魔法少女は、クロバラへと視線を戻す。
「その眼帯の小さいのが、あなたの隊長? つまり、アジア最強の魔法少女ってこと?」
「いいえ、彼女は七星剣ではありません。部隊の隊長ではありますが、入隊してまだ一ヶ月程度の新兵です」
「……」
仮面に隠されているがゆえ、その表情は分からない。
しかし、クロバラの顔を凝視しているのだけは明らかであった。
「国は違えど、わたし達は魔法少女。しかも、今は未曾有の混乱下です。わたし達が争う理由は、ないと思いますが」
そう言いながらも。アイリは魔力をまとい、相手を睨みつける。
なにせ、街を丸ごと焼き払い、クロバラに強い殺意を向けている存在なのだから。
両者睨み合いのまま、一秒一秒と時が過ぎ。
もはや戦いは不要と考えたのか、仮面の魔法少女から威圧感が消える。
「わたしに命じられた任務は、魔獣を殲滅することのみ。アジア連合との戦いではない」
「……理解していただけたのなら、幸いです」
少なくとも、コミュニケーションは取れる。
アイリは内心、ため息を吐いた。
「あなたは、帝国の魔法少女ですか」
「ええ」
「この街に生き残りがいる可能性を、少しも考えなかったのですか?」
「ええ」
仮面の魔法少女は、そう言い放つ。
「モントリオールは壊滅したと、わたしは聞いている。ならばそこにいるのは、殺すべき害獣だけ」
「なっ。……生存者を保護しつつ、まだ戦っている魔法少女もいました」
「それは弱者でしょう。街を守れなかった以上、魔法少女としては失格です」
生き残った魔法少女たち。
戦い続けた者たちに対して、仮面の魔法少女は無慈悲に告げる。
「今の帝国は、魔獣との全面戦争の真っ只中。戦争に弱者は不要です。全ての魔法少女は全霊を持って戦う義務があり、国民はそれを支えなければならない。それを果たせないのなら、あなた達に居場所はない」
それが、この少女の考えなのか。
それとも、国そのものの方針なのか。
仮面越しに、その意志は分からない。
「そこの兵士たち。まだ帝国への忠義が残っているのなら、東のセント・ジョンズに集いなさい。北米大陸攻略のため、軍はそこを拠点に活動しています」
そう言って彼女が声をかけるのは、魔法少女のみ。
力を持たない人間など、まるで眼中にないかのように。
「戦う術のない者は、巻き込まれないよう、どこへでも逃げるがいい」
それで、言葉は十分と。
仮面の魔法少女は、彼方へと飛び立っていった。
「……何なんだよ、あいつ」
嵐が過ぎ去った後。
全員の気持ちを代弁するかのように、ティファニーはつぶやいた。