第77話 怒れる炎(2)
「これで全員ですね?」
「はい。何から何まで、本当にありがとうございました」
モントリオールの生き残り。その代表である魔法少女が、アイリに対して礼をする。もしも、アンラベルの助けが入らなかったら、魔獣によって殺されていたか、業火に包まれて終りを迎えていただろう。
多数の生存者を、複数回に分けてホープで移送する。その作業もこれで終わり。
焼け野原と化したこの街に、留まり続ける理由はない。
「軍に戻る最後の機会ですが。本当に、よろしいのですね?」
「……はい。みんなで、話し合ったことです。わたし達は戦うよりも、今あるもの、人々を守るので精一杯だから」
「ならば、我々は歓迎するのみです。魔法少女は貴重な人員なので、島での活躍を期待します」
モントリオールの生存者たちは、みな揃ってハイダ島への移住を決めた。
戦う力のない一般人だけでなく、英国に仕える魔法少女も、である。
あの仮面の少女によって告げられた事実。今の帝国は、すでに魔獣との全面戦争のことしか考えていない。全ての魔法少女は前線で戦う義務があり、一般市民はひたすらそれを支えるだけの生活を強いられることになる。
帝国市民として。軍に仕える魔法少女として。本当なら、本国と合流するべきなのだろう。しかし、ここの生存者たちは、別の道を選択した。
今を生きる魔法少女たちは、かつての戦時中のそれとは考え方が違う。戦争を知らない世代、魔獣を知らない世代が、こうして軍に所属している。
熾烈な戦いに身を投じるために、魔法少女になったわけではない。おまけに、新種の魔獣はかつてのそれと比べ物にならないほどに進化しており、魔法少女の命ですら安々と引き裂いていく。
その戦いに、恐怖に、ずっと向き合い続けられるほど、彼女たちは強くはなかった。
ゆえにこそ、他の生存者たちと一緒に、開拓中の居住地、ハイダ島へ移住することを決めた。
ゼロからのスタート。これまでの生活とは勝手が違う。それでも、魔獣と戦うリスクが低いと言うだけで、これ以上なく魅力的な場所に思えた。
確かに、今は紛うことなき戦時中である。軍人である魔法少女は、国のため、市民のために戦う義務がある。
だがしかし、魔法少女とは、言葉の通り少女である。人知を超えた能力を持つ一方で、少女であることが精神的なネックとなる。
特に今の世代は、戦争に備えた訓練をしてきていない。魔獣の存在しない世界で、兵器よりも強力だからという理由で、軍に所属しているに過ぎない人材である。
むしろ、あの仮面の少女のように、徹底抗戦な考え方をしている方が異端と言えよう。
(あの魔法少女。その言動にも驚いたが、何よりも驚異的なのはあの魔力。少なくとも、出力だけで見れば、わたしを遥かに上回っていた)
アイリですら、そう評価せざるを得ない存在。それほどまでに、仮面の少女は脅威そのものとも言える力を持っていた。
「皆さんは、あの仮面の魔法少女について、知っていることはありますか?」
「……すみません。わたしも、それなりに軍に仕えてきたつもりですが。あのような強力な存在、仮面をつけた魔法少女は、見たことも聞いたこともありません」
「そう、ですか」
一般兵士にも伝えられていない、特殊な存在。
特別な戦力、最終兵器という意味では、アジアにおける七星剣と同じようなカテゴリーなのだろう。ただし、七星剣は一般的にも多く知れ渡っており、魔法少女にとって一種の憧れ的存在となっている。
正体不明。それでいて、決して無視することのできない存在。仮面の少女について、アイリが思考を巡らせていると。
モントリオールの魔法少女の1人が、思い出したかのように発言する。
「もしかしたら。グランドクロス、なのかも」
「……グランドクロス、ですか?」
アイリにとっても、聞き覚えのない単語である。
「あの、えっと。わたしも、噂程度にしか聞いたことがないんですけど。イギリス本土には、女王直属の精鋭部隊が居るって話です。しかも、女王の命令以外では一切動かないから、誰もその存在を見たことがないって。まぁ、本当にただの噂なんですけど」
「……グランドクロス。偉大な十字架? 確かに、彼女がつけていた仮面は、十字架のデザインが刻まれていました。ただの偶然とは、考えづらいですね」
とはいえ、決定的な情報とはなり得ない。
英国の魔法少女ですら、噂程度にしか存在を知らない、正体不明の魔法少女。今はまだ、そうとしか言いようがなかった。
「おーい。街の調査は完了したぞ! 見ての通り、魔獣も生存者も無しだ」
「なるほど、ご苦労さまでした」
探索に向かっていたティファニーが、ホープへと合流する。
大量にいた魔獣たちも、あの炎によってまとめて焼かれてしまった。もはやここは、かつて街であった場所である。
「つーかあいつ、まだあそこにいんのかよ」
「……そう、ですね」
ティファニーとアイリが見つめる先。
そこには、部隊の隊長であるクロバラの姿が。
飛び去っていった仮面の少女。
その残像を追うかのように、虚空を眺めていた。
◇
――駆逐する。全てを焼き尽くす。
声が、聞こえてくる。まるで残響のように、何度も、何度も。頭の中から離れない。
答えが見つからないからこそ。クロバラは未だに、そこを離れられないでいた。
街を焼き尽くそうとする、仮面の少女の魔法。
それを止めようとする、クロバラの魔法。
炎と花、2つの魔法が衝突した時、クロバラの頭に相手の感情が流れ込んできた。煮えたぎるような怒り。底なしの憎悪。
それだけなら、まだ理解できるのだが。
「……」
あの感覚を思い出すかのように、クロバラは右手を見つめる。今でもそこに、何かが残っているかのように。
炎と花の魔法。それらは始めこそ衝突し合ったものの、やがて混ざり合うかのように姿を変えて、最終的に散っていった。
クロバラは、その現象を知っている。
魔法の共鳴現象。
完璧ではないものの、あれは明らかに共鳴を起こしていた。
かつて、この姿になる前のこと。
魔獣との戦時中、クロバラは教官として多くの魔法少女たちを育ててきた。本当に、多くの魔法少女を。一人ひとり、異なる魔法、異なる個性。問題児と呼ばれる存在も、例外なく一人前として育て上げた。
そんな長きに渡る教官生活の中でも、その現象は数えるほどしか見たことがない。
共鳴魔法。
2人の魔法少女が同時に魔法を発動し、重ね合わせるかのように効果が上昇する現象。成功すれば、絶大な威力を発揮するものの。制御に失敗すれば、まるで打ち消し合うように魔法が消滅してしまう。
そう。炎と花、先程の現象と同じように。
教官時代、魔法の共鳴現象を起こす存在は、決まって血縁関係を有していた。最低でも姉妹。一卵性の双子であれば、かなりの高確率でこの共鳴現象を起こすことが出来る。
今の時代は知らないものの。クロバラの知っている大戦時には、この共鳴魔法を使いこなす双子の魔法少女も存在していた。
共鳴現象は、このように強い繋がりの持つ者同士でしか発動しない。素質のない者、単純に2つの魔法がぶつかり合った場合、互いに弾き合うか、強い方に掻き消されるのが基本である。物理的におかしなことは発生しない。
血縁関係のある魔法少女。あるいは、精神的に深い繋がりがあり、相性の良い魔法少女でもなければ、共鳴の兆しすら起きることはないだろう。
だと言うのに、先程は共鳴現象が発生した。
クロバラは防御を、相手は全てを焼き尽くそうとしていたのに。
そんな相反する魔法が共鳴するなど、どんな奇跡が起ころうとあり得ない。
たとえアンラベルの仲間たちでも、狙って共鳴を起こすことなど不可能であろう。
ならば、なぜ。
クロバラと仮面の少女に、それほどまでに強い繋がりがあったのか。
(……そんな、まさか)
信じられない。認められない。
たとえ事実だとしても、一体、どう受け止めればいいのか。
「なぜ、あの子が」
声を、漏らす。
届かない声を。
◇
「隊長、大丈夫ですか?」
「……ああ。問題ない」
ステルス状態で待機する、ホープのそば。
すでにこのモントリオールに残っている者はいない。
後は、クロバラとアイリが船に乗れば、ハイダ島への帰路につく。
全て、終わったはず。
それでも、これまでと違う何かを、アイリは感じ取っていた。
「隊長。わたし達はこれまで、様々な困難に直面してきました。しかし、あなたの的確な指示もあり、今日も無事に終えられます」
「ああ」
「ですが、今のあなたは、どこかいつもと違う。まるで、何も知らない新兵のように、事態に戸惑っているように見える」
「……」
そこまで、感情の機微に気付かれるのか、と。
アイリの察しの良さに、クロバラは驚いた。
「仲間にも、言えないことですか? その左目の秘密のように」
「……」
そう問うてくる、アイリの目を見て。
時が来たのだと、クロバラは悟った。
「アイリ。今夜、部隊のメンバーを集めてくれ。――わたしの正体と、目的について、話がしたい」