第78話 終わりと始まり(1)
モントリオールの戦い。長い一日を走り抜いたその日の夜。
隊長を除くアンラベルのメンバーは、ホープ内にある会議室へと集められていた。
基本的に、会議室を利用することはない。ゆえに、なれない感覚に、少女たちは落ち着かない様子。
「なぁおい、今からなにするか聞いてっか?」
「いいえ? でも隊長さん、いつもとちょっと違ったような。なんというかそう、真剣、デスかね?」
「隊長はいつも真剣じゃ」
「そうだよねぇ」
「うーん。言われてみれば確かに。帰ってきた時、なにか思い詰めてるような顔してたかも」
何も知らないため、少女たちは思い思いの考えを口にする。
そんな中で。唯一、ある程度の事情を知っているアイリだけは、静かに時を待っていた。
やがて、会議室の扉が開き。
何やら書類を持ったクロバラが、部屋の中へと入ってくる。
「すまない。コピー機の使い方がよく分からなくてな」
軽く挨拶をすると。クロバラは持っていた書類を、メンバー全員に配布する。
それぞれ、興味津々といった様子で書類を受け取った。
「……なんだ? こりゃ」
ティファニーは、まるで意味がわからないといった様子で思考を放棄する。
「ふむふむ。これは、昔の大戦時の書類デスね。えーっと、うーんと。ハイ、戦争中の書類デス」
レベッカも、あまり文字を読むのは得意ではないらしい。
まぁ、仕方のないことである。ここに居るのは、軍属とは言え幼い少女たちの集まり。軍の正式な書類など、目がくらくらするようなものであろう。
メイリンやルーシィも、同様にちんぷんかんぷん、といった様子だが。
ある程度の教養があるアイリと、自称頭脳担当のゼノビアは、しっかりとその内容に目を通す。
「これは、とても古い記録ですね。少なくとも、ここに居るメンバーは、誰一人として生まれる前の時代です」
「古い機密文書。よだれもの」
文字を読むのが苦手なメンバーと、そうでないメンバー。
その反応の違いに、クロバラは苦笑する。
「2人の言う通り、それは戦時中、それも30年近く前の資料だ。残っているのが奇跡的な資料だが、ガラテア少佐は掘り起こしたらしい」
書類の入手ルートは、上司であるガラテア。
けれどもその内容は、クロバラにとって特別なものであった。
「魔法少女に頼らない、新時代の部隊。特に優秀な1人の兵士をモデルケースとした、スーパーソルジャー部隊」
「これは凄い資料。まさか、かつて軍がこんな計画を行っていたなんて。歴史的な新事実」
「ふふ、そうだな。もしもこの計画が成功していたなら、歴史は今と変わっていたかもな」
この計画が成功しなかったのは、今の世界を見るに明らかである。軍隊の主力は未だに魔法少女が担っており、魔獣に対抗できる存在も魔法少女しかいない。
つまりこの計画書は、軍による失敗の記録ということになる。
「おいおい隊長さんよ。こちとら疲れて寝みぃのに、こんなの見せてどうしようってんだよ」
「そうデスよ。ブーブー」
「まぁ待て。これに関しては、すぐに説明が終わる」
こんな大昔の記録。少女たちにとっては、つまらないものであろう。
しかし、自分という存在を説明するために、クロバラはこの書類を持ってきた。
「計画が始動した理由。そのモデルケースの兵士について、読んでみてくれないか?」
1から口で説明するよりも。記された事実を知ってもらうほうが、きっと効果的なのだから。
「……クロガネ中佐、32歳。その能力の高さから、新人魔法少女に対する戦闘訓練を任される人物。特に、白兵戦において発揮される能力は兵士の中でも群を抜いており、時には熟練の魔法少女相手にも白星を上げることもある。彼の教育下に置かれた魔法少女は、みな優れた結果を残しており、前線の魔法少女からも多大な信頼を得ている」
ゼノビアが、すらすらと兵士の情報を読み上げる。
「へぇ、すっごい。こんな凄い兵士が居たなら、確かにスーパーソルジャー部隊? っていうのも考えちゃうかも」
ルーシィやメイリン、幼いメンツも、その説明でこの計画の内容を理解する。
「ですが、失敗したから、この計画は白紙になったのでしょう」
なんとなく、その理由を察しながらも、アイリは資料を読み進める。
「……結論として、クロガネ中佐の再現、同等の能力を持つ兵士の育成は、現状では不可能と判断。訓練プロセスや思考パターンを模倣しても、兵士の能力は期待値に遠く及ばない。彼の存在は、単なる奇跡であると結論付け、スーパーソルジャー計画は終了した」
所詮は、机上の空論。
軍はスーパーソルジャーの模倣、量産を行うことは出来なかった。
「そもそも、当時の魔法少女がどの程度の水準だったのか不明なので。このクロガネ中佐という兵士も、案外大したことはないでしょう。魔法少女一辺倒の状況を打破するために、無理やり計画されたものでは?」
「……む」
アイリの辛辣な意見に、クロバラは少々顔を歪ませる。
目の前でそう言われると、流石に刺さるものがあった。
「アイリ。確かに、君の意見も分かるが。わたしとしては、少々傷つく評価だな」
「どういう、ことでしょう」
「まぁ、うん。とても信じられないだろうが、聞いてくれ。ここに記されているクロガネ中佐という人間は、何を隠そう、このわたしのことだ」
「……はい?」
アイリだけではない。この場にいる全員が、クロバラの言葉に耳を疑った。
「おいおい、ついにボケちまったか?」
ティファニーがそう言うのも、もはや無理もないという様子。
だがしかし、許容範囲内である。
こういった反応をするであろうとは、クロバラも考えていた。
「意味がわからない、そう思うのも無理はない。名前が少々似ているだけ。年齢も性別も、生きていた時代も、ありとあらゆる情報が当てはまらない。この書類に残された兵士と、今のわたしを繋ぎ合わせるのは無理がある。それこそ、天と地がひっくり返るくらいには」
それでも、メンバーには理解してもらわないといけない。
今の自分を知ってもらうため。
そして何より、生きる目的を知ってもらうために。
「とりあえず、順を追って話そう。今ここに居るわたしは、あくまでも結果に過ぎない。この1人の兵士がどういう過程を歩み、どうやって死んだのか。それを知ってもらいたい」
これは単純な話ではない。
1人の人間の終わり。そして、始まりの物語なのだから。