第79話 終わりと始まり(2)
「確かに、後世に大した名は残っていないが、このクロガネという男は実在していた。そこに記されている通り、最高の兵士と評されることもあった」
ホープ内の会議室。そこで行われていたのは、かつて存在した兵士についての話。
彼女たちの隊長。クロバラへと繋がる、始まりと終わりの話。
「とはいえ、所詮はただの人間だ。魔法少女のように特別な力は持たず、普通に歳を取って老いていった」
まるで懐かしむかのように、クロバラは語る。
「30代の後半で自分の限界を悟り、魔法少女の育成に力を入れるようになった。やがて、いくつかの理由が重なったことで軍を除隊し、最終的には魔導技術研究所の人間となった」
「魔技研!? MGVキラーを開発した、あの?」
「ああ、よく知っているな」
今は存在しない施設なのか。その名を知っているのは、ゼノビアのみ。
「知っての通り、MGVキラーは魔獣との最終決戦、ラグナロクに用いられた生物兵器だ。キラーを量産し、それを軍へと引き渡す。それがこの男、クロガネの最後の仕事だった」
それは、つい昨日のことのように思い出せる、鮮烈な死の記憶。
「戦争終結を前にして、研究所は魔獣の大軍に襲われてな。職員の避難は間に合ったんだが、この男は助からなかった。きっと、うぬぼれていたんだろう。自分なら、まだ戦えると。左腕を失い、心臓を貫かれ。それでも大切なものを守って、死んでいった」
それが、クロガネという1人の男の終わりであり。
同時に、クロバラという1人の魔法少女の始まりでもあった。
「これが、10年前の出来事。お前たちも知っているだろうが、ラグナロクによって地上から魔獣は一掃され、世界は平和になった。はず、だったんだがな」
「……10年前に死んだその男と、隊長の存在。まるで、繋がりが見えないのですが」
アイリが、重い口を開く。
冷静なように見えて、理解が追いついていないのは、他のメンバーと同じであった。
「次の資料を見てくれ。これが、わたしの生まれた理由だ」
クロガネという1人の男と、そこから連なる資料。
その名は、リインカーネーション計画。
◇
「……死亡した魔法少女の心臓、魔力炉を利用した、死者蘇生実験?」
とても、現実の出来事とは思えない。突拍子もない文字の羅列。
これが軍による正式な計画だと、誰が信じられるだろう。
「通常、男性は魔力への適性を有さない。しかし、魔法少女を超える存在を生み出すには、魔法の力を持つ男性兵士の誕生が必要と考えられる。ゆえに、死んだ男性兵士の肉体に魔力炉を移植することで、魔法少女を超越した生命体を生み出すことに。……なに、これ。こんな計画、許されるはずが」
読み進めるゼノビアであったが。倫理観を度外視したその計画に、思わず絶句する。
同様に、軍に信頼感を持っていたアイリも、強い衝撃を受けているようだった。
「まぁ、軍も科学者も、飛躍しすぎるのが時代の常だ。この計画の雛形は、すでにわたしの生きていた時代、戦時中には動き出していたらしい。とはいえ、男性の肉体と、魔力炉の拒絶反応をクリアすることが出来ず、実現不能として凍結された」
けれども、人は過ちを繰り返す生き物である。
戦争から月日が経ち。世界はアジアとイギリス帝国へと分断され、新しい戦争の兆しが見えるように。
地下深く、禁忌として封印された計画ですら、もう一度手を伸ばすようになり。
結果として、1つの生命体が生み出された。
「それが、わたしだ」
胸に手を当て、クロバラは自分という存在をここに示す。
生きて動いている、今の自分を。
「理由は不明だが。どうやらわたしの死体は、この10年近くずっと保存されていたらしい。時の止まった研究室の奥で、身元不明の遺体として、な」
クロバラも、まだその理由を知らない。この運命が、誰によって仕組まれたのかを。
「移植された魔力炉は、かつて魔獣によって殺された、わたしの妻の心臓だ。これも、どうして保管されていたのかが不明らしい」
次々と明かされる衝撃的な内容に、メンバーたちは言葉が出ない。
「一切の情報が存在しない、遺体と魔力炉。秘密の実験を再開させるのに、これはちょうどいいサンプルになったんだろう。リインカーネーション計画は、こうして再始動。最新の技術と、予期せぬ異分子が混ざり合うことで、わたしはこの世に生き返った」
1人の人間が死に、生き返るまでの過程。
それを聞かされて、頭では意味が分かるのだが、それでもメンバーたちは言葉が出ない。
理解不能な事実が、いくつもそこにある。
「隊長。百歩譲って、あなたがこの計画で生き返ったとして。そもそもあなたは、50歳ほどの男性のはず。しかし、今のあなたはどう見ても、10歳以下の魔法少女です。心臓の移植では、説明がつきません」
「……アイリ、君は知っているはずだ。人間の常識では測れない異分子が、わたしに混ざっていることを」
「……まさか」
アイリは知っている。クロバラがメンバーに隠す、その秘密を。
ずっと隠し続けてきた、決して表に出せない存在。
クロバラは左目に、眼帯に手をかけて、その下に隠された秘密を晒した。
青色の虹彩に、十字型の瞳孔。魔獣と呼ばれる種と、同じ瞳。
それは当然、驚くべき事実、なのだが。
「ふっ。これが、わたしの肉体が変異した理由であり、同時に研究所から逃げ出す理由にもなった。それもそうだろう、もしもわたしが研究者側だったら、同じように。……なんだ? お前たち。変な顔をして」
獣の瞳。それを晒したことで、メンバーがどのような反応をするのか。それを恐れていたがために、ずっと隠し続けてきたのだが。
どういうわけか。メンバーたちは、衝撃を受けるというより、困惑するかのように首を傾げていた。
前もって知っていたアイリだけが、深刻そうに目を閉じている。
しかし他のメンバーは、想像以上に空気が軽かった。
「なんか、変な目だな?」
「クロバラちゃん。左目、見えないって話じゃ」
眼帯の下に隠されたもの。それに対して、驚きはするものの。彼女たちは、まるで恐れを抱いていないようだった。
「どういう。……いや、まさか。お前たち」
その理由に辿り着き。クロバラは少々、表情が固まる。
「この目が何か、知らないのか?」
クロバラの問い。
それを受けて、メンバーたちは顔を合わせると。なんとも、微妙な愛想笑いを浮かべていた。
ただ1人。ゼノビアだけは思い当たったのか、口を大きく開ける。
「それは、魔獣の瞳?」
「……正解、だ。さすが、ゼノビアは物知りだな」
まさか、この目を見た瞬間に、魔獣の瞳であると気付かないとは。予想の斜め上を行く反応に、クロバラは笑うしかなかった。
「ほ、本で見たことがある。十字の紋様は、魔獣の証。でも確か、魔獣の瞳は赤かったはず」
「まぁ、そこは確かに、わたしだけ特別なんだが。……他の連中は、まさか知らなかったのか?」
その問いに、他のメンバーたちは顔をそらす。
クロバラからしてみれば、魔獣の瞳は常識とも言えるものだったのだが。この10年の歳月が変えたのか、それとも彼女たちの勉強不足か。
軍人としての経歴の長いアイリと、知識のあるゼノビアを除いて、他のメンバーはその存在を知らなかった。
「……とにかく。わたしの身体には、見ての通り魔獣の因子が混ざってるんだ」
それで、ようやく事情を察したのか。
他のメンバーたちは、かなり遅れて、驚くような様子を見せる。
「まぁ、仕方のないことか。昔の魔獣はともかく、新種はあまり目を晒さないからな」
現状確認されている魔獣は、主にクモ型の大型種と、ヒト型の小型種。タンポポの種のような狙撃タイプは、除外するとして。
クモ型の個体は、元となった生き物と同様に、小さな複眼が一箇所に集まる形となっている。よほど目を凝らさない限り、目に注目は行かないだろう。
ヒト型の個体は、そもそも口以外の器官が顔に存在しない。
新種との戦いしか知らない今の魔法少女は、魔獣の目に触れる機会が少なかった。とはいえ、知識としては伝わっているはずだが。
残念ながら、勉強熱心なメンバーは少ないらしい。
「とはいえ、これがわたしが左目を隠していた理由だ。目覚めた研究所では、魔獣に寄生された化け物なんて呼ばれてな? 命からがら逃げ延びて、昔のつてに頼ったりして、こうして現在に至るわけだが」
ずっと隠していたものの。あまりにも薄い仲間たちの反応に、クロバラは不思議とショックを受けていた。
「常識的な話だが、魔獣には優れた適応能力がある。おそらくそれが作用して、わたしの肉体を、魔法に最も適した姿。つまり、少女の肉体へと変えたんだろう。少なくとも、わたしはそう考えている」
もはや、現代の少女たちに、どの程度の常識があるのかは分からない。
だがしかし、クロバラは以上をもって、自分という存在の説明を終えた。