第80話 終わりと始まり(3)
「魔獣の力? テメェ、だから他の魔獣の気配が分かんのか?」
「ああ」
「隊長さん、わたし達を食べたいと思いマス?」
「思わない。そもそも、魔獣は人を食べるわけじゃない」
「クロバラちゃん。えーっと、その。……結局、左目は見えるの?」
「あぁ」
ようやく事情を理解したメンバーから、クロバラは質問攻めにされる。
しかし、知識のないメンバーの1人であるルーシィだけ、何も言ってこない。
「ルーシィ? どうかしたのか? わたしが怖いなら、そうだと言って――」
「あ、ううん。特に、質問はないかなぁって」
「……そうか」
これが、たくましきアンラベルの魔法少女たち。
ずっと隠し続けていたことが、とてもバカなように思えてしまう。
前もって知っていたアイリも、知識のあるゼノビアも。
クロバラの予想とは裏腹に、すんなりと受け入れてくれた。
「なぁおい。魔獣の力があるってんなら、アイツらの言葉も分かるのか? なんで人間を襲うんだよ」
「いいや、残念ながらコミュニケーションは不能だ。そもそも、奴らが言語を介しているのかは不明だが。もしかしたらわたしは、バージョンが古すぎるのかも知れない」
「……バージョン、ですか?」
聞き慣れない単語に、アイリが疑問を口にする。
「文字通りの意味だ。わたしと混ざり合っている魔獣は、いわゆる旧型の個体なんだ。月に逃げ延びた新種とは違う。だから、覚えているか? 北京が襲撃された日、わたしが血を吐いて死にかけていたのを」
「あぁ! あたしが注射して、助かったアレだな」
「その認識はどうかと思うが、まぁ。わたしはあの時、MGVキラーの効果を受けてたんだ。つまり、抗体を持たない旧型の魔獣ということになる。ガラテアが血清を用意していなかったら、あそこで死んでいただろう」
新種、現行の魔獣とはバージョンが異なる。
それが理由かは不明だが、クロバラは基本的に魔獣とコミュニケーションを交わすことは出来ない。
「というか。反応から察するに、アイリさんは知っていたみたいデスね」
「ええ。わたしは元々、隊長の監視を命じられていた上に、あの夜に魔獣の瞳を見せられたので」
「ずるーい! どうせなら、もっと早く教えてくれればよかったのに」
「そう言われてもな。魔獣が体に混ざってるなんて、普通は驚くだろう?」
特に、メイリンのような者は、ほとんど一般的な少女と変わらない感性の持ち主である。
拒絶され、部隊の活動の妨げになるのが、クロバラは恐れていた。
「つーかお前、片目封印した状態で、あんだけ銃の腕前が良いのかよ」
「ふふっ。まぁ、これは年季というものだな。わたしは男として生きていた頃も、左目に眼帯をつけていた。つまり、戦いにおいてはほとんど問題が無いんだ」
銃の腕前を褒められて、少々笑みを漏らすクロバラであったが。
「年季だぁ? テメェ、中身がオッサンなのを、良いように言ってんじゃねーよ」
ティファニーの容赦ない言葉に、クロバラの表情が凍る。
「つーか。魔獣どうこうよりも、中身がオッサンなのが衝撃だわ。そりゃ、ガキのくせに口が回るわけだ」
「……」
確かに、事実なのだが。
オッサンと言われるために、クロバラは胸が痛むような気がした。
◇
色々と予想外の反応を受けながらも。クロバラは、自分のことについて説明を続ける。
左目を隠して軍に入隊しようとしたものの、ガラテアに正体がバレてしまったこと。
兵士としての素質を買われて、アンラベルの隊長を任されたこと。
何より、銃の腕前が良いことを。
若干、誇らしげに。
古い資料まで用意して、クロバラは自分の正体を明かした。
だがしかし、これで話は終わりではない。
これらの情報を得たうえで。
最も大きな疑問を、アイリが問いかける。
「――なぜ隊長は、再び軍へと戻ってきたのですか? その存在が明るみに出れば、殺される可能性だってあったはず」
一度死に、魔法少女として蘇った。だがしかし、その身には魔獣という異端が混ざっている。
決して表沙汰には出来ない、非合法な実験の産物。
生きて研究所から脱出できただけでも奇跡である。ならば、出来るだけ軍を避けて、静かに暮らす道を探そうとするもの。
しかしクロバラは、自分の命まで危険にさらして、こうして戦場へやって来た。
アイリの疑問は、もっともな話である。
そしてそれが、クロバラの現在を構築する目的でもあった。
「さっきも言ったが。わたしは、亡き妻の心臓を移植されることで、再びこの世に戻ってきた。わたしの妻は、一言で表すなら変人でな。花が、好きだったんだ」
「花、ですか」
「ああ。花だ」
花といえば、魔獣を象徴するもの。
クロバラの魔法の根底にあるもの。
「今はどうか知らないが。少なくとも、戦争中に花が好きなんて言う人間は、彼女しか見たことがなかった。まぁ、そんな変わり者だったからこそ、魔獣との共存を可能にしたんだろう」
亡き妻。ローズは、魔獣に心臓を貫かれる形で命を失った。
心臓、魔力炉の損傷は、魔法少女として致命的なものである。
だがしかし、花を愛する気持ちの強い彼女は、奇跡的に魔獣の因子を受け入れるように。
結果として、その魔力炉が残ることとなった。
「今も、胸の中で彼女の意思は生き続けている。だからわたしの魔法は、決まって花の形をしているんだ」
初めは、戸惑ったものの。
クロバラも今となっては、それを受け入れていた。
「……いや、ちょ待てよ。お前の奥さんが花好きなのと、軍に戻ってきた理由に関係があんのか?」
「あぁ、そうだな。ティファニーにしては、勘の良い質問だ」
「このっ」
ティファニーから、一方的に火花が散る。
「彼女の花好きは、本当に筋金入りでな。わたしの意見も突っぱねて。自分たちの娘に、ツバキという花の名前を付けたんだ」
ツバキ。
日本では、縁起の悪いとされる花である。
「ツバキの花には、落ちるというイメージがあってな。子どもに付ける名前じゃないと、わたしは反対したんだが。……生まれ落ちる奇跡に対して、感謝の名前を付けたいと、あいつは譲らなかった」
懐かしむように、クロバラはその名を語る。
この世で最も愛し、今なお探し続けるその名を。
「わたしには娘がいる。その消息を探るために、わたしは軍へと近づいた」
初めから変わらない。
それが、クロバラの戦う理由であった。