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第81話 ツバキ

第81話 ツバキ





「プリシラという同僚に、わたしは娘を託したんだ。死ぬ直前に、な」




 クロバラが語るのは、ツバキという名の娘の話。

 子を想う、1人の親として。




「プリシラは非常に優秀な科学者だ。MGVキラーの生産だけでなく、魔導デバイスの基礎理論も彼女が考えた。それと、まったく理由は分からんが、ガラテア少佐と瓜二つの顔をしている。正直、わたしでも間違えたほどだ」


「……まったく同じ顔をした、2人の天才科学者。まるでミステリー」




 ゼノビアがつぶやく。

 しかし、事実そうなのだから仕方がない。




「情報によると、少なくともプリシラは、あの大戦を生き延びた。戦後、魔法少女たちに蔓延した奇病、ハート病のワクチンを開発したと聞いている。また、不確定な情報だが、その頃に赤毛の少女を連れていたらしい。おそらく、その赤毛の少女が、ツバキのはずだ」




 クロバラ自身、調べられることは多くない。

 かつて指導した魔法少女、退役した仲間たちのつてを辿って、ようやくそれらの情報を手に入れることができた。


 しかし、それが限界であった。




「ハート病のワクチン開発後、プリシラは消息を絶っている。娘に関しても同じだ。出来るだけの情報を仲間に頼んだが、まったく一切の所在も掴めていない」


「……だから、軍に接触を?」


「ああ。プリシラは引く手あまたの人材だ。最先端を欲する軍なら、彼女を放って置くことはないだろうからな」




 軍へと接触し、少しでも裏の痕跡を辿る。そのために、クロバラは入隊をしたのだが。

 入隊して間もなく、あの運命の夜が訪れ。軍どころか、国という存在すら彼方へと消えてしまった。


 未曾有の緊急事態。

 それゆえに、娘を探すどころではなく、クロバラはアンラベルの隊長として活動をすることになった。




「まぁ、もはや探しようがなかったからな。お前たちの育成に、わたしはとにかく向き合ってきた。考えようによっては、お前たちは娘も同然の年頃だ。だから絶対に、死なせたくなかった」




 1人の兵士として、1人の魔法少女として。

 やれることを、精一杯にこなしていく。


 この一ヶ月を、クロバラはそうやって過ごしてきた。

 娘の存在から、目を背けるかのように。




 だがしかし、




「もしや、あの仮面の魔法少女ですか?」




 アイリが、核心を突く。

 クロバラの心を揺らす、あの魔法少女の存在を。











「いやおい、ちょっと冷静に考えろよ。確かに、あの仮面の奴は赤髪だったけど、それで娘だと思うか? それこそ、探せばいくらでもいるだろ」




 ティファニーがもっともな意見を口にする。

 クロバラの探す娘、ツバキ。赤髪の少女という情報しか、手がかりが存在していない。


 モントリオールを焼いたあの仮面の少女を、それに結びつけるのは難しい。

 しかし、クロバラには確信があった。




「お前たちは、気付かなかったと思うが。あの時、わたしと彼女の魔法が、共鳴を起こしたんだ」




 共鳴。その言葉に、メンバーたちは意味が分からないという表情をするも。

 アイリだけは、何かを察したのか。表情が険しくなる。




「隊長。それは、確かですか?」


「そうか。アイリは、共鳴を知っているのか?」


「ええ、まぁ。同じ七星剣のメンバーで、それを使いこなす者が居るので」


「なるほど。察するに、そいつは双子だな?」


「その通りです」




 その会話だけで、クロバラとアイリは互いの認識が合っていることを確認する。




「まぁ、お前たちに簡単に説明すると。共鳴っていうのは、2つの魔力によって引き起こされる特殊な現象だ。2つの魔力は互いに混ざり合い、不思議な化学反応のようなものを引き起こす」




 クロバラの花と、仮面の少女の炎。

 あのときは、その2つの魔力が共鳴を起こした。




「共鳴が発生する条件はただ1つ。双子の姉妹のように、極めて近しい間柄であることだ」



 それゆえに、共鳴という現象は一般的に知られていない。なにせ、戦う魔法少女であることと、双子の姉妹であること。その要素が重なることが、非常に少ないためである。




「最低でも、血縁関係が無ければ共鳴は起こらない。とても相性の良い、優秀な魔法少女2人が揃ったとしても、共鳴は兆しすら見せないだろう。だからこそ、軍でも魔力の共鳴は教えない。教えても意味がないからな」




 戦術的に利用するのは難しい現象。

 なにせ、血の繋がりが無ければ、実用性はゼロなのだから。




「あの時わたしは、ひたすらに炎を止めようと魔法を使った。対して向こうは、ご存知の通り街を燃やそうとしていた。そんな正反対の魔法、どれほどの奇跡が重なったとしても、共鳴なんて起きるはずがないんだ」




 あり得ないことが起きてしまった。

 それに説明をつけるには、ある事実を認めなくてはならない。




「今の隊長は、かつての自分の肉体と、奥様の心臓が混ざり合うことで誕生したと聞きました。つまり、遺伝子的な関係でいうと」


「ああ。共鳴を起こすなら、娘のツバキ以外にあり得ない。わたしと繋がりがあるのは、あの子だけなんだ」




 もしも共鳴が起こらなければ、きっと気づくことすらなかっただろう。

 顔は仮面によって隠されて、見たことのない凄まじい魔法を行使する。

 そしてその人間性は、とても正常な魔法少女とは思えなかった。




「今思い返せば。あの子はわたしの顔を見た瞬間、少々驚いているようだった。まぁ無理もないだろう。なにせわたしは、10年前のツバキと瓜二つの顔をしているからな。違いがあるとすれば、髪の色が真っ白なのと、左目の眼帯くらいか」




 ずっと、探していた。ずっと求めていた。

 それなのに、素直に喜ぶことが出来ない。


 こんな形で、こんなにも混沌とした状況で、同じ魔法少女として再会するとは。




「なぜ、イギリスの魔法少女となっているのか。なぜあんな仮面を付け、あんな性格に」


「まぁ確かに、な。アレが娘だって思ったら、かなり衝撃デカいわな」




 ティファニーからしてみても、思わず同情してしまう。それほどまでに、あのモントリオールでの出来事は衝撃的であった。




「デスね。きっと、ティファニーさんよりも凶暴デス」


「うっせー」




 メンバーたちが茶化すも。クロバラとしては、深刻な問題である。

 なにせ探していた娘が、あんな姿になっていたのだから。




「プリシラが、関係しているのかも知れない」




 ツバキがどういう過程を経て、あのような存在になったのか。それを知るには、やはりプリシラの存在が鍵になるだろう。

 彼女についていく形で、一緒にイギリスに渡ったのか。なぜプリシラという保護者のもとで、ツバキがああなってしまったのか。




「あの魔力の感じ。正直、まともな力とは思えません。まるで、何か無理やり引き上げているような、そんな感じがしました」



 ツバキ、仮面の少女の力について、アイリはそう感想を述べる。




「確かに、プリシラは魔導デバイスの開発にも携わっていたが。魔法少女の過剰な兵器化には、よく思っていなかったはず」


「それでも、あなたと別れてから10年が経ってる。人が変わるのに、十分すぎる時間がある」




 冷たい言葉だと自覚しつつ。それでも、ゼノビアは可能性の1つとして考えを述べる。





「そうだな。だからわたしは、向こうに接触したいと考えている」



 それが、クロバラが選んだ決断。





「なるほど。だから、あれほどまでに悩んでいたんですね」



 どう悩み、葛藤したのか。アイリはそれを察して、その決断を胸に受け止める。





 今のクロバラは、多くのものを背負っていた。この、アンラベルという部隊だけではない。シベリアで保護した北海道からの避難民に加えて、この北米大陸で保護した者たちも。

 彼らが安心して生活できるように、ハイダ島という小さな島を、大きく開拓しようとしている最中である。


 守らなければならない。導かなければならない。

 クロバラの責任感が、そう訴えてくる。




「確かに、娘のことは気がかりだ。出来ることなら、プリシラに会って、この10年で何があったのかを問い正したいくらいだ」




 それが、一番の望み。一番の目標。

 だがしかし、




「とはいえ、この島の人たちや、何よりもお前たちのことを放って置くわけには行かない。わたしの部下であり、何よりも大切な教え子だからな」


「あー、くそ。中身が年上だから、クソガキって言いにくいじゃねぇか」




 ティファニーの態度も、今となっては愛着すら感じてしまう。

 それほどまでに、このアンラベルという部隊は、クロバラにとって大きな比重を占めるようになっていた。




「まぁ、結局何が言いたいかというと、だ。確かに娘を探すのが最終的な目標だが、今のわたしの役割は変わらない。これからも、変わらずに部隊の隊長として、お前たちと付き合っていきたいと思っている」




 それが、クロバラの妥協案。

 今の自分の立ち位置では、娘を探すために無茶を通すことなど出来ない。


 それを、改めて表明した形であったが。




「え? それだけ、デスか?」



 レベッカの声が、会議室に響き渡る。




「てっきり、もっと思い切った、とんでもない作戦でも繰り出してくるカト」


「……どういう、意味だ?」




 クロバラが主張したのは、あくまでも現状を維持すること。

 部隊の活動として、このハイダ島での開拓を続けていく。


 しかし、他のメンバーたちは、まったく違う捉え方をしていた。




「失踪した科学者の謎、仮面に隠された少女の真実。これはもう、暴かずにはいられない」



 まるで、気になる本を手にしたかのように、ゼノビアも興奮する。




「隊長、お忘れですか? わたし達は正規の部隊とは違う、ほとんど行き当たりばったりの部隊です。そして、その舵を切るのはあなたです」


「そうだよ、クロバラちゃん。せっかく重要な手がかりが手に入ったんだから、動かないと」


「これはまた、大変な任務の予感」




 メンバーたちは全員、考えが一致しているようだった。

 彼女たちはアンラベル。型にははまらない。





「要するに、イギリスに行けば良いんだろ? 他国だろうが関係ねぇ。スパイ大作戦だぜ、オラァ!」





 クロバラは忘れていた。

 この少女たちは、とんでもない問題児の集まりであることを。




 リーダーの意向を最優先に。

 アンラベルは、次なる任務を決定した。






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