第93話 零領域(1)
グランドクロスの一員になりませんか?
そんな、レーツェンからの予想外の言葉を受けて。
クロバラは状況を飲み込めないまま、トントン拍子に話が進んでいってしまい。
気づけば、2人は地下へと。
当初の目的であったハイヴへと、すんなりと入ることに成功していた。
執政官である彼女の特権なのか。特別な専用エレベーターに乗って、クロバラはハイヴの地下深くへと連れて行かれる。
一体、どこまで下っていくのか。
そんなクロバラの内心を察してか、レーツェンが口を開く。
「すぐに慣れるでしょう。あなたは、帝国の仲間となるのですから」
「……」
無論、クロバラにそのような意思はない。けれども、ハイヴへと潜入できるのなら、嘘を貫き通すまで。
あくまでも、亡国の魔法少女として振る舞うしかない。
「北京の仲間たちも、ここへ来れたらよかった」
「仕方のないことです。アジアは、特に熾烈な攻撃を受けましたから」
レーツェンの口から語られるのは、外の世界について。
「日本列島は、およそ9割が滅んだと言われています」
「9割!? 世界最高水準の魔法少女が、あの国には揃っていたはず」
「だからこそ、魔獣も多くの戦力を送ったのでしょう。島国ゆえに、奇襲から逃れる術は少なく。あの国の魔法少女は、不幸であったとしか」
帝国には余力があるため、他国の様子を探る方法があるのだろう。
つまり、日本が滅びたというのは事実ということ。
「他のアジア主要都市は?」
「どこも、似たようなものだと聞いています。まともに防衛できた土地はほとんどなく、あなたのように、あてもなく逃げ惑う集団が、いくつかあるとか」
深夜に行われた奇襲。
それに加え、新型魔獣の圧倒的な戦闘能力。
人類が追い込まれるのも、当然の結果であった。
「あなたの居た北京も、すでに壊滅が確認されています」
「……そう、か」
さらりと言われた、その一言に。
クロバラは落胆の色を隠せない。
無理とは分かっていても。
心の何処かで、残っていてほしいと願っていた。
「よほど、多くの戦力を送られたのでしょう。報告によると、他の都市よりも遥かに速く、壊滅が確認されたそうです。あの大都市北京が、呆気ないものです」
「……」
他の都市より、遥かに速く壊滅した。
その一言が、どこかクロバラの頭に引っかかる。
(北京には、地下迷宮もあったはずだが)
少なくとも、記憶の中では、避難誘導も迅速に行われていた。
軍の上層部は真っ先に消えたが。それでも、生き延びようとする意志は強かった。
そして何より、北京にはあの天才科学者や、かつての教え子も居るのだから。
他の都市よりも、本来ならば持ちこたえるはず。
何か、カラクリがあると。
クロバラは、直感ながらそう思った。
「さぁ、到着です」
話をしているうちに。いつの間にか、エレベーターは一番下の階へと到着していた。
すなわち、
「ここは、ハイヴの最下層。最も重要な研究を行う、零領域と呼ばれる場所です」
「零、領域」
図らずとも、クロバラは目的地へと到達していた。
この国の最も重要な部分。
かつての仲間、天才科学者、プリシラの居るであろう場所へと。
まさか、このような形で辿り着けるとは、想像もしていなかったが。
最下層というだけあり、通り過ぎてきた他の階層とは、明らかに空気が異なっている。
恐ろしい何かが、ここに眠っているような。そんな錯覚すら感じるほど。
分厚い鋼鉄の扉の前で、クロバラは圧倒される。
「さぁ、行きましょう。あなたが仮面に適合できるかどうか、試すために」
重たい扉が開き、クロバラとレーツェンは零領域へと足を踏み入れる。
誰の声も届かない、帝国の深淵へと。
◇
そこは、まるで機械に覆われた世界であった。
何かしらの駆動音がそこら中から聞こえており、何本ものコードが見え隠れしている。
クロバラからしてみれば、一つたりとも理解の及ばない領域であるが。
ある違和感に気づく。
「随分と、人気が感じられないな」
「当然です。なにせ、この零領域にいる科学者は、たった1人ですから」
たった1人。
この国の重要な研究を担っているのが、たった1人だけ。
それほど優秀な人物なら、なおさらプリシラの可能性が期待できる。
だがしかし、
「Dr.スミス。新しい仮面候補を連れてきました。よろしければ、すぐに適合実験をお願いしたいのですが」
そこに居たのは、白髪交じりの細身の男。
プリシラとは似ても似つかない、中年の科学者であった。
可能性が潰えたことで。
クロバラは、静かにため息を吐く。
「ふむ。随分と急だね」
「……地上で、暴走の兆候が確認されました」
「何だって!? こっちじゃ、何も観測していないが」
「それでも確かです。すでに、あの4人では抑え切れないのでしょう」
2人は、クロバラには理解の出来ない話をする。
「幸いにも、このクロバラという少女はかなりの有力株です。あのデルタと渡り合えるほどに」
「なるほど。それなら、確かに期待できるか」
Dr.スミス。
そう呼ばれた男性と、クロバラが顔を合わせる。
すると互いに、何かに気づいたような表情を。
「どうか、しましたか?」
「……い、いや。すぐに実験を開始しよう」
レーツェンの言葉に、男は少々動揺しつつ。
クロバラの仮面への適合実験が始まった。