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第99話 恐るべき計画(2)

第99話 恐るべき計画(2)





 レーツェンの企む、恐るべき計画。女王の魔力を利用した、月の破壊。

 その話をシェルドンから聞いて、クロバラは混乱が収まらない。




「だが。もしも月の破壊という馬鹿げたことを行えば、地球への影響は計り知れないだろう」


「ああ。その通りだ」




 月を破壊すれば、魔獣の根源が失われ、世界は平和になる。

 だがしかし、世界はそれほど単純には出来ていない。




「地殻、気候の変動、自然環境は滅茶苦茶になり、多くの生物が絶滅するだろう。それだけじゃない。他の地域で生きている、人間の生存者たちだってタダじゃ済まない」




 未曾有の大災害。月の破壊による余波など、人類はいまだかつて経験したことがない。

 巨大隕石を発端とする恐竜の絶滅よりも、下手したらダメージは大きいかも知れない。


 それに耐えられる勢力が、果たしてどれだけ存在するのか。




「なるほど、腑に落ちたぞ。だからこの国は、重要な施設を地下に建造しているのか」


「ご明察。すでにレーツェンは、計画のその後を意識して国を動かしているのさ」




 この国で感じた違和感。

 クロバラの中で、多くの歯車が合致する。




「ハイヴを初めてとした重要施設だけでなく、すでに農業を始めとした各種生産プラントが地下に築かれている。つまり、地球環境が滅茶苦茶になっても、この国だけは問題なく存続できるようにしているのさ」




 最悪、地上は捨ててもいい。それほどの覚悟で、レーツェンは計画を実行に移そうとしていた。

 だがしかし、




「他の国、生き残った生存者たちはどうなる? 確かに国は崩壊したが、それでも相当数の生き残りが世界には居るはずだ。それを収容する用意が、この国にはあるのか?」


「作ろうとすれば、きっとそれも可能だろう。だけどレーツェンは、あえてそれをしていない」




 あくまでも、地下の開発はイギリス国民を守るためのもの。それ以外の余力は、注がれていない。




「まさか、生き残った人類を見殺しにするつもりか?」


「さぁね。流石に、それはレーツェン本人に聞いてみないと分からないけど」




 シェルドンは、その先の言葉を考える。

 いいや、考えるまでもない。すでに彼の中には、答えが存在していた。




「彼女が理想とするのは、魔法少女が中心となる世界だ。ヴィクトリア女王の下で、多くの魔法少女が生き、そうでない人間はまるで家畜のように管理される」




 すでにこの国では、ほぼ全ての男が地下の生産プラントへと移住させられている。

 地上で生活を謳歌しているのは、魔法少女たちのみ。


 きっとこれこそが、レーツェンの思い描く未来世界なのだろう。




「正直この国は、ほとんどレーツェンによる独裁国家と言ってもいい。ヴィクトリア女王の容態が回復しない限り、彼女に指図できる人間は居ないからね」




 この国のトップは、あくまでもヴィクトリア女王である。執政官であるレーツェンは、あくまでもその補佐役に過ぎない。

 しかし、今はその補佐役が、国のすべてを動かしていた。




「女王の魔力暴走が治療でき、意識が戻れば、レーツェンも考えを改めるだろうけど。少なくとも、現状は望み薄だ」




 元を辿れば、全ては女王の認知症から始まった。

 プリシラやシェルドンという最高の頭脳が集まり、それを治そうと奮闘したものの。結果として、今の状況になっている。




「もう計画は止まらない。というより、女王の暴走が止まらない限り、いずれはその時がやって来る」




 膨れ上がった、膨大な魔力。それがただ純粋なエネルギーとして溢れ出し、この国のすべてを吹き飛ばすのか。

 あるいは、それを利用して、別の何かを吹き飛ばすのか。


 その対象として、月が格好の場所だったに過ぎない。




「これ以上、膨れ上がらないよう。女王の息の根を止める、という選択肢も有るんじゃないか?」


「……そうだね。でもそれは、君としても望まない方法だろう?」


「……お見通しか」




 シェルドンは、知っている。この眼の前の少女、クロバラという存在の人間性を。

 彼女が生前、軍人として働き、そして多くの魔法少女を教官として導いてきたのは、全ては戦争を終わらせるため。


 だがしかし、戦争を終わらせるのが、クロバラの真の目的ではない。

 魔法少女が、戦わなくて済む世界を創る。そんな未来のために、クロバラは生きてきた。


 そんな彼女が、暴走を止めるためとは言え、女王の命を奪うなど。

 古い友人であるシェルドンは、とても思えなかった。




「やっぱり、君は変わらないね。僕らのようなリアリストとは違って、常に理想を目指して進んでいる」


「その結果、死んだのがわたしだろう?」


「でも、今は生きてるじゃないか。君がこうして蘇ったのは、何か理由があるんだと、僕は思う」




 この国は、すでに行き詰まっている。

 女王の暴走、レーツェンの計画を、シェルドンの力では止められない。


 だから、こんな日が来るのを待っていたのかも知れない。




「君に頼みたい。この世界の、人類の行く末を」




 友人として、最後の科学者として。

 シェルドンは、クロバラに言葉を授けた。















「……世界の行く末、か」




 クロバラは肩を落としながら、その言葉を咀嚼する。

 この小さな肉体には、とても収まらない言葉であった。




「忘れたのか? 魔法少女になったとは言え、わたしは単なる兵士だ。兵士に世界は救えない」




 自虐かも知れないが、それが事実である。

 現にクロバラは、一度それで死んでいるのだから。




「いつだって、世界を変えるのはお前たちのような天才だよ。必要なのは力じゃなくて、頭脳なんだ」


「でも、今はその頭脳が足りてない。僕じゃ、プリシラの代わりは務まらないからね」




 プリシラに匹敵する頭脳。この問題を解決するには、それが必要となる。

 女王の暴走に、魔獣の問題、世界全体の未来まで。それは、常人では背負えるようなものではない。


 それが可能だったのが、ただ1人。




「……いや、待てよ。彼女だったら」




 クロバラは思い出す。

 ほんの僅かでも、その可能性を持った人間を。




「どうかしたかい?」


「いや。北京に1人、科学者が居てな。名前はガラテア。……プリシラと、瓜二つの顔をした人間だ」




 完全に、彼女のことを思考から除外していた。

 瓜二つの顔をしているからこそ、あの2人はれっきとした別人なのだと。


 しかし、その頭脳は本物である。

 クロバラは、それを身をもって知っていた。




「ガラテア。聞いたことのない名前だね」


「まぁ、無理もない。こっちと向こうじゃ、ほとんど情報が遮断されている上に、彼女はまだ若いからな」




 北京の人間が、イギリスの情報をほとんど知らなかったように。

 こちら側でも、情報は遮断されていた。




「でも聞いた話によると、北京はすでに壊滅したはずじゃ」


「……それなんだがな」




 クロバラには、どうしても腑に落ちないことがあった。




「あまりにも、早すぎる」


「早すぎる?」


「ああ。北京にいた兵力から考えて、全滅するにはかなりの時間がかかるはずだ。あそこの部隊は練度が高い上、何よりガラテアというブレインもいた」




 ホープという船を託して、ガラテアは北京に残ることを選んだ。

 やり残した仕事がある、と。


 それはまるで、最後の遺言のようにも聞こえるが。

 もしかしたら、また別の意味があったのかも知れない。




「北京には、大戦時に築かれた地下迷宮も存在している。この国の偵察でも、地下の様子までは分からないだろう?」


「そうだけど。地下に逃げ込んだとして、魔獣の侵攻を止められるとは」


「それをどうにかする秘策が、もしも存在していたら?」




 ガラテアがやり残したという仕事。

 不自然なまでに早い、北京の陥落。


 それがもしも、全て計画的なものであったなら。




「ガラテアはまだ生きている。北京はまだ、戦っているのかも知れない」


「……北京。つまり君は、アジアに戻ると?」


「そうだな。ここにいてもどうしようもない以上、可能性を探りに戻るのも手だろう。わたしの部隊なら、それが出来る」




 アンラベルの船、ホープがあれば渡航のリスクは極力減らせる。




「それに、もしもガラテアが生きていたら。この恐ろしい計画を止めるのに、きっと手を貸してくれるはずだ」




 あの日、あの夜の襲撃。圧倒的な物量を誇る魔獣の軍団に、本来ならきっと太刀打ちできずに滅びるはず。

 だがそれでも、なにか生き延びる方法があったのでは、と。クロバラは思わずにいられない。




「……そうか。君がそうしてくれるのなら、僕からも1つ頼みがある」


「なんだ?」




 そういって、シェルドンは大量の書類の山をかき分けて。

 分厚い本の間に挟まれていた、一通の手紙のようなものを取り出した。




「プリシラの、墓参りを頼みたい。おそらく、ここに場所が書かれているはずだ」


「プリシラの? だが、彼女が最期に選んだ場所は」


「ああ。彼女の生まれ故郷。確かに彼女は口にしなかったけど。どうしても訪ねたかったら、という条件で、この手紙を残したんだ」




 シェルドンの手から、クロバラに手紙が渡される。




「中身は見てない。どのみち僕は、墓参りには行けないからね」




 彼は、この零領域に囚われている。この国のため、女王のために。

 自ら望んでいる部分もあるが、自由に動けないのが実情である。




「それに、レーツェンに知られたくない」


「墓の場所すらもか?」


「ああ。君は知らないだろうけど、ああ見えて彼女はすごく焦ってるんだ。女王の治療、あるいは力の制御のためなら手段を選ばない。それこそ、彼女の墓を掘り起こして、脳みそを取り出したりしてもおかしくない」




 そんなことを、口にしていると。






『――まったく、失礼ですね』






 凍りつくような声が、響き渡る。


 それは、最も恐れていた声。

 レーツェンの存在を、意味するものであった。






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