目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第98話 恐るべき計画(1)

第98話 恐るべき計画(1)





「たった10年。いや、10年も過ぎれば、ここまで置いていかれてしまうのか」




 自分が死んでからの10年間。戦争が終わってからの10年間。一体何が起こり、どれだけの想いが巡ったのか。

 シェルドンからプリシラの話を聞き、クロバラは深く呼吸をした。


 かつてと変わらず、生き残った友人もいれば。もう二度と、言葉を交わせない者もいる。

 そんな世界で、魔法少女として生き返った自分とは。一体、何者なのだろう。




 シェルドンは静かに、クロバラが話を飲み込むのを待つ。

 今はまだ、話せるだけの時間があるのだから。




「プリシラに関する情報はもちろんだけど。MGVキラーとハート病の関係も、一般的には知られていないよ。ただ、こっちでもアジアでも、ワクチン接種が義務化されていてね。幸い、今の魔法少女がキラーによって命を落とすことはないだろう」


「ああ。そのワクチンだか、治療薬だかのおかげで、わたしも死なずに済んだよ」




 あの、最初の夜。もしもガラテアが治療薬を用意していなかったら、クロバラは戦場でキラーに殺されていただろう。

 つくづく、プリシラには頭が上がらない。




「……MGVキラーが魔法少女にも効く。その情報が伏せられているのは、やはり兵器化を危惧してか?」


「その通り。魔獣の存在がなくなって、世界は魔法少女を持て余すようになったからね。なにせ、既存の兵器や軍隊では太刀打ちできない相手だ」


「キラーの性質を変えれば、魔法少女への特効兵器になる」


「うん。その研究を、可能性を、世間に広めるわけにはいかなかったからね」




 魔獣との戦争が終われば、世界は平和になる。少なくとも、多くの人類がそう考えていた。

 だがしかし、賢い者は知っていた。たとえ魔獣が世界から消え去ろうと、かつての人類社会そのままの形には戻らないだろうと。


 魔法少女。人間を超越した存在であり、魔獣に対抗できる唯一の存在。

 平和な世界で、魔獣という駆除対象がいなくなり。力を持て余した彼女たちは、何をするべきなのか。


 この10年は、まだ戦後という状況下であり、そこまで問題が浮き彫りになることもなかった。ハート病で大きく数を減らしたことも、理由の一つであろう。




 魔獣という敵が消えれば、次は人類同士の戦いになる。そして魔法少女は、間違いなくその矢面に立たされるだろう。

 それに対して、先んじてカウンターを打ったのが、このイギリス帝国なのかも知れない。


 魔法少女が、統治する国。















「ツバキを探して、プリシラを探して。ようやく、ここまで辿り着いたんだが」




 周りの機材に触れながら、クロバラはつぶやく。

 ここで働いていた、プリシラの痕跡を追うように。




「まさか、こんな結末とはな」




 最愛の娘であるツバキは、行き過ぎた魔法の力によって精神を蝕まれ。頼みの綱であるプリシラは、すでにこの世を去っていた。

 こんな異国の、零領域と呼ばれる地下深くまで来て。手に入ったものは、なにもない。


 だがしかし、

 古き友人、シェルドンは、まだ希望を捨てていなかった。




「ツバキちゃんに関しては、僕も全力を尽くすよ。反転魔法の研究が進めば、きっとあの子を救えるはずだ」


「任せるぞ、シェルドン。もう今となっては、お前くらいしかまともな科学者は残っていないだろう」




 プリシラはこの世を去り。大戦を生き残った僅かな知恵者たちも、一ヶ月前の魔獣の襲撃で大打撃を受けたはず。

 国として機能しているのが、このイギリスしか存在しないのなら。新しいものを生み出せるのも、ここだけということになる。


 レーツェンが、イギリス政府が、シェルドンをこの零領域に隠しているのは、それを理解しているが故だろう。イギリス帝国の地下深く。この場所ほど、安全な場所はないのだから。




「分かっているさ。女王の暴走を止めるためにも、僕はここで研究を続けなくちゃいけない」


「認知症の女王陛下か。まぁ確かに、レーツェンの口ぶりから察するに、それが一番の優先事項らしいな」


「……いいや。正直、レーツェンの命令がなくても、僕は女王の治療を優先するよ」


「なぜだ?」




 クロバラの問いに。

 シェルドンは少し思考を巡らせて、その重い口を開く。





「単刀直入に言うと。――世界が、滅びるからだ」





 それこそが、この零領域にて秘匿される重大事項。

 この国だけでなく、世界すらも揺るがしかねない、ヴィクトリア女王の秘密である。

















「世界が、滅びる? 一体、何を言っているんだ?」



 シェルドンの告白に、クロバラは理解が追いつかない。




「女王とは言え、所詮は1人の魔法少女だろうに」




 話を聞く限り、確かにヴィクトリア女王と、その側近であるレーツェンは少々特別な魔法少女である。数百年も生きながらえて、それでいて戦争に参加してこなかった。ただひたすら鍛錬を続けることで魔力を維持してきた、少々変わった経歴の魔法少女に過ぎない。

 だがしかし、事はすでに深刻な領域まで陥っていた。




「……女王の魔力は、今現在も成長を続けている。4人のグランドクロスが力を抑えた状態で。それでもなお、暴走の兆候が見られる程度には」


「具体的に、どうなるんだ?」


「もし仮に、決壊したらって意味かい?」


「ああ」




 異常な成長を続ける、女王の魔力。

 それを抑えきれなくなったとき、果たして何が起こるのか。


 シェルドンは、それを口にする。




「単純なエネルギーだけで、イギリスは地球上から消滅するだろうね。もちろん、他の大陸への影響も、少なからずはあろうだろう」


「……そのレベル、なのか」


「ああ。しかもこれは、ただ純粋にエネルギーが溢れ出した場合の予想だ。もしも、この膨大な魔力を、他のなにかに利用しようとしたら。それこそ、世界への脅威は計り知れない」




 単純な暴走ではなく、他のなにかに利用した場合。

 もはや別次元の話であるが。すでにシェルドンは、それすら視野に入れている様子であった。




「抜本的治療の可能性があったプリシラは消え、残された僕に出来るのは、せいぜい仮面の魔法少女を増やし、女王の魔力を抑えることだけだ」


「だからわたしも、ここに連れてこられたのか」


「そうだね。レーツェンもよっぽど焦っているらしい。君のように素性も知れない魔法少女ですら、ここに送り込むなんて」




 とはいえ、クロバラに対する仮面の適合実験は失敗に終わった。

 女王の魔力を抑えるのに必要な人柱は、また別の魔法少女から選ばれるのだろう。


 そして、それにも限界は存在する。




「知っての通り。仮面に適合できる魔法少女は、最上級の魔力の持ち主だけだ」


「だろうな。ツバキにデルタ、2人と軽く衝突したが、どちらともかつての異名持ちに匹敵する実力だ」


「そう。それが問題なんだ。仮面に適合できる魔法少女はごく僅か。もはやイギリス国内には、ほとんどいないと考えられる」




 強力な魔力の持ち主を見つけるべく。新世代の魔法少女の育成だけでなく、クロバラのように他国からの人員すら、レーツェンはグランドクロスに加えようとしている。

 そうしなければ、間に合わない。




「そもそもの話。適合者となり得る魔法少女が、この地球にどれだけ存在すると思う? 5人? 10人?」




 一握りの実力者たち。もしも仮に、その全てを、運よくこの国に集めて、女王の仮面に適合させたとして。

 その後は、どうなるのか。




「いずれにせよ、限界は必ず訪れる。無限に成長を続ける女王の魔力は、やがては全魔法少女のそれをも上回るだろう。そんな力が、エネルギーが、何に利用できると思う?」




 それが、この零領域にて研究されている秘密。

 決して外の世界には持ち出せない、悪魔の思考。




「これを聞いたら。君ももう、後戻りは出来ないよ」




 その恐るべき計画を、シェルドンは口にする。















「まず、僕がここに幽閉されているのは、逃走を危惧したものじゃない。グランドクロスの1人、デルタを通じて情報が漏れるのを避けるためだ」


「デルタを?」


「レーツェンも慎重でね。こんなことを計画しているとバレたら、たとえ仲間であろうと反対される。それを分かっているのさ。だから慎重を期して、レーツェンは零領域を出る際に、自分の記憶に蓋をしているのさ」


「蓋?」


「女王の魔法、その研究の応用でね。ある程度、ここでは記憶の改竄なんかも可能なのさ」




 恐るべき計画。それが漏れるのを避けるために、自分自身の記憶からも消し去る。

 それだけ、レーツェンも本気ということである。




「その、計画とやらの内容は?」


「そうだね。一言で言うと、人類の救済かな」




 救済。

 その単語だけならば、聞こえはいいが。


 無論、そんな単純なものではない。






「レーツェンは女王の魔力を使って、月を消し去ろうとしてるんだ」






「……な」




 月を消し去る。

 人類史上、このような計画を企てた者がいるだろうか。


 それほどまでに、常軌を逸した思考である。

 だがしかし、この国には本物が居た。




「ラグナロクの結果、魔獣は月へと逃げ延びた。そして今、成長を遂げた新種の魔獣たちが、次々と地上へと投下されている。つまり間違いなく、根っ子である魔獣の大元は、月に拠点を構えていると考えるの妥当だろう」




 この、新しい戦争に勝つには、月にある魔獣の根源を滅ぼさなければならない。しかし、現在の軍事力、魔法少女たちの数では、地上の魔獣を殲滅するのがやっとである。

 いかに魔法少女と言えど、宇宙空間での戦闘は想定されていない。




「この10年で、魔獣たちの成長は、おそらくある種の限界点へ行き着いた」


「限界点?」


「ああ。君も、もう戦っただろう?」




 新種の魔獣。

 確認されているのは、たったの3種類。


 ヒトの形に近い小型種と、クモに似た大型種。そして、タンポポの綿毛のような形状をした狙撃種。

 かつての魔獣と比べたらバリエーションは圧倒的に少ないものの、脅威としては段違いの危険度を誇る。




「この国では、すでに新種の研究は終了していてね。その結果、魔獣は現在、進化の行き止まりにあるとされている」




 そう言いながら。

 シェルドンは1枚の紙を、クロバラへと差し出した。




「これは大型種、いわゆるクモの解剖書だ。大量の花によるエネルギー生成や、強靭な肉体による身体スペックが書いてある」


「……ふむ。確かに、詳しく調べてあるが。進化の行き止まりとは、どういう意味だ?」




 これだけを見せられても、クロバラには理解が出来ない。

 新種の魔獣が、これまでの種と何が違うのか。




「簡単に言うと、これは物理の問題だ。地球の重力下で、これより素早く、なおかつパワーのある個体は、存在不可能なんだよ」




 それが、科学者たちの導き出した結論。

 魔獣という種の、限界点である。




「極限まで軽量化された、金属質の足。人間の目を欺くほどの高度な光学迷彩。この大型種は、まるで人類を殺すためだけに造り出された兵器だ」




 他の生物を圧倒する成長速度。MGVを根源とする変異能力によって、魔獣はここまでのスペックに辿り着いた。

 しかし逆の意味で言えば、これが限界だったとも考えられる。




「人類が純粋な科学力でこのスペックの兵器を生み出せるのは、はるか未来の話だろう。でも所詮、それは兵器止まりなんだ」




 忘れてはならない。

 この惑星には、兵器すら凌駕する生命体。すなわち、魔法少女が存在することを。




「魔獣は魔力を持たない。それが、魔法少女との決定的な違いだ。そして、魔法が使えない限り、彼らは物理法則を破ることは出来ない」




 自由自在に空を飛び、肉体を強化し、炎や氷、雷まで発生させる。

 魔法とは、奇跡の具現化である。




「確かに、一ヶ月前の奇襲で、世界は大ダメージを受けた。でも、それでも人類は滅びなかった。おまけにこの国に関しては、ほぼ無傷と言ってもいい」




 限界まで研ぎ澄まされた、最終進化形の魔獣。

 確実に人類を滅ぼせるよう、練りに練られた奇襲作戦。


 だがそれでも、人類は、魔法少女は負けなかった。




「もうすでに、この国は魔獣を脅威とみなしていない。敵の侵攻地点は予測可能で、防衛も効率よく行える。仮に、大規模な軍勢との戦闘になっても、グランドクロスを動かせば殲滅できる」


「……」




 クロバラは、モントリオールでの戦いを思い出す。

 確かに、生存者のことを考えない非情な攻撃だったが。ツバキの生み出した炎の魔法は、もはや魔獣にどうこうできるレベルではなかった。




「国は守れる。よその土地でも勝利できる。ならあとは、敵の拠点を滅ぼすだけでいい」


「そのために、月を消し去る? 女王の魔力を使ってか」


「ああ。レーツェンは、本気でそれを実行しようとしている」




 それが、人類の救済。

 レーツェンの企み。


 この戦争を終わらせる、恐るべき計画であった。






この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?