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第370話 中空

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


彼女は感覚を追う。

何もないところにいるような感じ。

上も下もわからない。

いつもともにしていた地上と言うものがない。

風が吹いた気がする。

彼女は目覚めた。


アキは目を開く。

そこには空が広がっていた。

青さがまだ澄み切っていない空だ。

目覚めていない空。

アキはそんな感じがした。

「空」

アキはつぶやき、手を伸ばす。

今なら空がつかめそうな気がしたが、

アキの手は中空をつかむにとどまった。

何もない。

空気だけはあるのかもしれない。

アキはつかんだ手をしばらくそのままにして、

自分の置かれた状況を考える。

死んではいないのだろうか。

少なくとも動ける。

アキは片手を自分の胸に当てる。

鼓動が響く。

生きているけれど何か違う。

生きているけれど、足がふわふわする。

アキは起き上がった。

何もない空間で起き上がるなんて初めてだ。


そこは中空。

空の中でアキは飛んでいる。

何の力が働いているかはわからない。

アキは飛んでいる。

正確には浮いている、だろうか。

アキはそこにいる。


「空にいるんだ」

いろいろアキの中で欠落していることがあるような気がする。

いつもコンビニ弁当じゃだめだといっていた人、

コンビニで笑っていた人、

幼い男の子とか、アキの周りにいた人とか。

アキは死んでいない。

あそこから脱出しただけ。

あそこってどこだっただろう。

アキはなかなか思い出せない。


アキは自分を動かす術をつかもうとする。

上を意識すればアキは上に動く。

下を意識すれば下に。

海が見える。

水平線が見える。

町が見える。

欠落しているのに、なんだか懐かしい。

朝焼けの空をアキは飛ぶ。

小さくコンクリートの塊が見えた。

ミニチュアのような町で小さな塊。

あそこに何かあったような気がするが、

アキは思い出すことはなかった。

「行こう、果てまでも」

アキは自分に向けてつぶやき、

意識を前へと倒した。

さざなみが立つように意識が波打ち、

アキは速度を上げて前へと飛んでいった。


阻むもののない朝焼けの中空。

アキは自由に飛んでいった。

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