これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
彼女は感覚を追う。
何もないところにいるような感じ。
上も下もわからない。
いつもともにしていた地上と言うものがない。
風が吹いた気がする。
彼女は目覚めた。
アキは目を開く。
そこには空が広がっていた。
青さがまだ澄み切っていない空だ。
目覚めていない空。
アキはそんな感じがした。
「空」
アキはつぶやき、手を伸ばす。
今なら空がつかめそうな気がしたが、
アキの手は中空をつかむにとどまった。
何もない。
空気だけはあるのかもしれない。
アキはつかんだ手をしばらくそのままにして、
自分の置かれた状況を考える。
死んではいないのだろうか。
少なくとも動ける。
アキは片手を自分の胸に当てる。
鼓動が響く。
生きているけれど何か違う。
生きているけれど、足がふわふわする。
アキは起き上がった。
何もない空間で起き上がるなんて初めてだ。
そこは中空。
空の中でアキは飛んでいる。
何の力が働いているかはわからない。
アキは飛んでいる。
正確には浮いている、だろうか。
アキはそこにいる。
「空にいるんだ」
いろいろアキの中で欠落していることがあるような気がする。
いつもコンビニ弁当じゃだめだといっていた人、
コンビニで笑っていた人、
幼い男の子とか、アキの周りにいた人とか。
アキは死んでいない。
あそこから脱出しただけ。
あそこってどこだっただろう。
アキはなかなか思い出せない。
アキは自分を動かす術をつかもうとする。
上を意識すればアキは上に動く。
下を意識すれば下に。
海が見える。
水平線が見える。
町が見える。
欠落しているのに、なんだか懐かしい。
朝焼けの空をアキは飛ぶ。
小さくコンクリートの塊が見えた。
ミニチュアのような町で小さな塊。
あそこに何かあったような気がするが、
アキは思い出すことはなかった。
「行こう、果てまでも」
アキは自分に向けてつぶやき、
意識を前へと倒した。
さざなみが立つように意識が波打ち、
アキは速度を上げて前へと飛んでいった。
阻むもののない朝焼けの中空。
アキは自由に飛んでいった。