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第415話 灯

温泉から上がった病気屋と熱屋は、

宿の料理を堪能する。

海からも遠くはないらしく、

魚も野菜も盛りだくさんの、健康的な料理だった。

「何料理って言うんだろうね」

「さぁなぁ、けれど、おいしいな」

「うん、おいしい」

熱屋は料理をほおばる。

病気屋にはそれがほほえましかった。


宿の者が料理を下げにくる。

そして、布団を敷いていく。

「最近地震が多くてかないません」

宿の者が話しかけてくる。

「地震が多いのかい?」

「はい、町役場でも対策を検討中らしいですよ」

「大地震が来たらたまったものじゃないね」

「はい、まぁ、そんなにたいした地震ではないですがね」

宿の者が布団を敷く。

「今の時間でしたら、崖の上から夜景が見えますよ」

「崖?」

「この宿のちょっと上です。ちょっとした夜景が見えますよ」

宿の者が部屋を出て行き、しばしの沈黙。

「夜景見に行こうよ」

熱屋が提案する。

病気屋もうなずき、二人は浴衣姿でぶらぶらと繰り出した。


宿の備え付けの下駄を履き、

カランコロンと崖まで上がる。

そんなに急な道ではない。

ゆっくりあがっていく。

「地震が多いって本当かな」

「さぁなぁ」

「小さな町でも大変なんだね」

「そうだな」

「あ、あそこが上らしいよ」

熱屋が駆け出す。

あわてて転びそうになる。

病気屋が支える。

「ナイスキャッチ」

熱屋が微笑む。

とても軽い身体なのに、質感を持っていて重い感じがした。

熱屋自身の重みなのかもしれない。


ゆっくり歩いて、崖の上から町をのぞむ。

温泉街からちょっと離れた、町の灯が見える。

あそこが中心街で、暗いからわかりにくいが海があって、

山のほうに温泉街が連なっているのだろう。

他に何があるのかは、わかりにくい。

日中に来れば、いろいろわかるのかもしれない。

熱屋はじっと明かりを見ている。

「どうした?」

病気屋が尋ねる。

「灯になりたい」

熱屋はつぶやく。

「ともしびに?」

「たくさんの熱で燃え尽きてもなお、病気屋を導く灯になりたい」

熱屋はじっと明かりを見ている。

その目には涙に似たものが宿っている。

病気屋は熱屋をなでた。

「燃え尽きなくても、導いてくれている。大丈夫」

「灯になれてる?」

「大丈夫」

病気屋は熱屋をなでた。


夜景は静かにそこにあり、

二人はじっとその灯たちを見つめていた。

今は言葉は必要ない。

病気屋はそっと熱屋の目元をぬぐった。

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