目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第416話 魂

斜陽街番外地、落ち物通り。

入り口のちょっと上に、スキンヘッドのマネキンが生えている。

首から上と、右手だけが生えている。

落ち物通りに入ろうとする人を、

それとなくではあるが、注意したり、

または、おしゃべりをしたりする。

それでも何かを落としたい人は止めないし、

引き返す人がいるなら、それもいいらしい。

マネキンは退屈することもなく、

悠々と壁から生えている。


誰も落ち物通りに訪れることがなくても、

落ち物通りに居ついているものはある。

それは斜陽街の浮浪者だ。

斜陽街の浮浪者は、

自分であるという情報を全部なくしてしまったもの。

男、女、老いている、若い、昔のこと、未来の希望、

その他もろもろの自分しかない情報。

そういったものがごっそり抜け落ちている。

そのくせ、自分の情報が欲しい。

誰かが落としていった情報を元に、自分になりたい。

そう思うのが、斜陽街の浮浪者だ。


マネキンは落ち物通りに居ついている、浮浪者を見る。

何の印象も持たせない、影より薄っぺらな存在だ。

実体を持ちたいと思うだけ、

思うということが残っているのかもしれない。

全部をなくしたわけでなく、

未練みたいなものが残っているのかもしれない。


「それはなんなのかしら」

マネキンはつぶやく。

「幽霊みたいよね、でも、そこにはいるのよね」

マネキンは生えている右手をくるりと回す。

「魂のない人形より薄っぺらなのに、幽霊より未練たらたらなのよね」

マネキンは落ち物通りに居ついている、浮浪者を見る。

彼らは実体を持ちたいという執着で、

落ち物通りに落とされるものを待っている。

誰かが落としていくそれを待っている。

「そこに魂はあるのかしら」

マネキンはつぶやく。

浮浪者は答えない。

基本的に言葉というものも失っているからだ。


マネキンは本を持って行ったシキを思い出す。

あれは誰が落としていったものだろう。

そして、どうなっただろう。

斜陽街のみんなで書き込めば、

そこに魂の入った本が出来上がる気がした。

魂とはなんだろう。

わからないが、気持ちをこめるべき場所なのかもしれないと思う。

あとでシキが本のことを教えてくれるだろう。

入魂の一冊。

入魂、そんな言葉もあったなとマネキンは思う。


魂ってなんだろう。

マネキンにも魂はあるんだろうか。

それはとても重たいもののような気がする。

「あたしはおしゃべりスキンヘッド」

マネキンがつぶやく。

いつものように、斜陽街の時間が流れた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?