斜陽街番外地、落ち物通り。
入り口のちょっと上に、スキンヘッドのマネキンが生えている。
首から上と、右手だけが生えている。
落ち物通りに入ろうとする人を、
それとなくではあるが、注意したり、
または、おしゃべりをしたりする。
それでも何かを落としたい人は止めないし、
引き返す人がいるなら、それもいいらしい。
マネキンは退屈することもなく、
悠々と壁から生えている。
誰も落ち物通りに訪れることがなくても、
落ち物通りに居ついているものはある。
それは斜陽街の浮浪者だ。
斜陽街の浮浪者は、
自分であるという情報を全部なくしてしまったもの。
男、女、老いている、若い、昔のこと、未来の希望、
その他もろもろの自分しかない情報。
そういったものがごっそり抜け落ちている。
そのくせ、自分の情報が欲しい。
誰かが落としていった情報を元に、自分になりたい。
そう思うのが、斜陽街の浮浪者だ。
マネキンは落ち物通りに居ついている、浮浪者を見る。
何の印象も持たせない、影より薄っぺらな存在だ。
実体を持ちたいと思うだけ、
思うということが残っているのかもしれない。
全部をなくしたわけでなく、
未練みたいなものが残っているのかもしれない。
「それはなんなのかしら」
マネキンはつぶやく。
「幽霊みたいよね、でも、そこにはいるのよね」
マネキンは生えている右手をくるりと回す。
「魂のない人形より薄っぺらなのに、幽霊より未練たらたらなのよね」
マネキンは落ち物通りに居ついている、浮浪者を見る。
彼らは実体を持ちたいという執着で、
落ち物通りに落とされるものを待っている。
誰かが落としていくそれを待っている。
「そこに魂はあるのかしら」
マネキンはつぶやく。
浮浪者は答えない。
基本的に言葉というものも失っているからだ。
マネキンは本を持って行ったシキを思い出す。
あれは誰が落としていったものだろう。
そして、どうなっただろう。
斜陽街のみんなで書き込めば、
そこに魂の入った本が出来上がる気がした。
魂とはなんだろう。
わからないが、気持ちをこめるべき場所なのかもしれないと思う。
あとでシキが本のことを教えてくれるだろう。
入魂の一冊。
入魂、そんな言葉もあったなとマネキンは思う。
魂ってなんだろう。
マネキンにも魂はあるんだろうか。
それはとても重たいもののような気がする。
「あたしはおしゃべりスキンヘッド」
マネキンがつぶやく。
いつものように、斜陽街の時間が流れた。