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第484話 隼人

絵師とシキは歩く。

あてもなく、斜陽街を歩く。

風が吹き、絵師の髪を揺らす。

糸目がちょっとしかめられる。

「なぁ」

シキが声をかける。

「はい」

「こういっちゃなんだが」

「なんでしょう?」

「何か、思い出してるんじゃないか?」

「俺がっすか?」

「うん」

シキはふよふよ飛ぶ。

「俺はそういうことに、ちょっと敏感なんだ」

「わかっちゃうものっすね」

絵師は微妙に微笑んだ。

「ずっとここで絵を描けたらいいなと、思ってたんすけど」

「帰り道を思い出したら、帰らなくちゃな」

「そうっすね」

絵師は斜陽街の空を見る。

多分絵師のいる世界とは、つながっていない空。

ここもまた、故郷と絵師は認めたから。

絵師としてではない自分の心の中に、

この不思議な町があればいいと、思った。

そう、元いた世界では絵師ではない。

でも、ここでは絵師として絵を描けた。

それで十分だと、思った。


「夢がかなったんすよ」

「夢、か」

「俺ずっと、絵師になりたかったんす」

「あんたは立派な絵師だよ」

「ありがとうっす」

斜陽街にやってきた絵師は微笑む。

糸目は何をうつしているのかわからないが、

きっときれいなものだろうとシキは思う。


「なぁ」

「はい?」

「名前、なんていうんだ?」

「名前」

「思い出してるんだろ?」

絵師はうなずいた。

「ハヤト。久我ハヤトといいます」

「ハヤトか、いい名前だな」

ハヤトは微笑んだ。

シキも笑った。

「また、会えたらいいな」

「そうっすね」

「まぁ、帰っても達者でやれよ」

「はい」

ハヤトは答える。

そして、シキとは別のほうに歩き出す。

「それじゃ、俺はここで」

「おう」

「ここは夢みたいな町でした」

「そうかもしれないな」

「シキさんも、お元気で」

「じゃあな、ハヤト」


風が吹く。

誰かが出て行った風が吹く。

そこにはもう、ハヤトはいない。

シキがふよふよ飛んだまま、たたずんでいた。


斜陽街から絵師は、こうしてもとの世界に帰っていった。

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