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第485話 祈

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


狼耳の青年は、

客を送り出した。

客はちょっとトリップした目をしていたけれど、

足取りにおかしなことはないし、

夢でも見ていたと、あとで思うだろう。


「オオカミさん」

客を送り出したそこに、声がかかる。

「ウサギか」

オオカミと呼ばれた青年は答える。

「もうお客さんが来ているんだね」

「飲んでくか?」

「うん」

ウサギと呼ばれた青年は、屈託なく答えた。


ウサギの外見は、

白いウサギ耳をつけた少し幼い顔をした青年。

こう見えて兎茶屋というお茶屋をしている。


オオカミはコーヒーを入れる。

豆を丁寧にひき、ドリップする。

静かに時間が流れていることを知る。

落ちてくる琥珀色の雫。

何度も繰り返される儀式のようなドリップ。


「平和だね」

ウサギはいう。

「ああ、そうだな」

オオカミは答える。

「平和ってさ」

「うん?」

「平和って、とても無駄な時間を使えると思うんだ」

「無駄、か」

オオカミはドリップしたコーヒーを、カップに注ぐ。

そして、ウサギに出す。

「どうも」

ウサギはくんくんと匂いをかいで、そっと一口飲む。

仕草がいちいち小動物じみているなと、

オオカミは思う。


「ねぇ、平和になるためには何が必要だと思う?」

「俺にはわからないな」

オオカミは答える。

本当にわからないのだ。

「祈ること、だよ」

ウサギは言ってから微笑み、

「多分、そういう祈りのもとに、無駄な平和があって…」

「あって?」

「無駄においしいコーヒーとかお茶ができるわけだよ」

ウサギの兎耳がぴくんと動く。

「本当においしいね、このコーヒー」


オオカミはなんと言っていいかわからない。

ただ、コーヒーがたどり着くまでに物語があって、

いくつもの物語の果てに無駄においしいものができる。

平和というものがそういうものならば、

祈りというものも、いいものかもしれないと思った。

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