これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
ゴブリン通りの暗い路地裏。
金属のぶつかり合う、音。
クビキリは唯一実体化している剃刀を飛ばす。
切り裂くこと、切り裂いて、
相手のことを知りたいと、首を切って頭の中をのぞきたいと、
知りたい。
その欲求でいくつ首を切ってきたのか。
そして、クビキリは多分満足していない。
満足しないのが、魔、なのか。
それとも、もともと生きると言うのはそういうものなのか。
鎖師の輝く鎖が剃刀をはじく。
はじくたびに、学習しているのか、次への切り替わりがすばやくなっている。
じりじりと鎖師は追い詰められる。
そもそも、クビキリの本体は実体化していない。
鎖師はそう思う。
鎖でどうにかできるものじゃない。
「やるしか、ないかしら」
鎖師はつぶやく。
正直、鎖師はあまり気が進まない手段が、ひとつだけある。
でも、このクビキリをどうにかする手段は、
それしかないと、鎖師は思う。
深く呼吸。
空気が、変わる。
鎖師の周りの空気が、異質なものに変わる。
「くさり、くさりし、くさりしなれど…」
つぶやく言葉は呪いのような祈りのような。
薄い鎖師の表情に、凄惨な影。
輝く鎖がちりちりとおびえている。
鎖師は、裏の側面を自ら引き出す。
それは、『腐り死』の側面。
何かを腐らせて死に至らしめる、
禍々しい側面。
腐らせるそれを、鎖師はうまく制御できない。
それでも、実体を持たないクビキリに対して、
それしか手がないと鎖師は判断した。
クビキリは、恐怖と狂喜を覚えた。
これなら、この人は死なない。
この人は望んでいた僕に何かをくれる。
剃刀が飛ぶ。
彼女に飛ぶそれは、腐敗して落ちる。
ぐずっと音を立てて、
路地に剃刀だったものが、腐って残骸になる。
「腐ってしまえ。生まれるには早すぎたんだ」
彼女はつぶやく。
クビキリの実体化すらしなかった本体が、
腐り死の能力で腐っていく。
クビキリは笑った。
無垢な子供のように、終わることを笑った。