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第549話 裏

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


ゴブリン通りの暗い路地裏。

金属のぶつかり合う、音。


クビキリは唯一実体化している剃刀を飛ばす。

切り裂くこと、切り裂いて、

相手のことを知りたいと、首を切って頭の中をのぞきたいと、

知りたい。

その欲求でいくつ首を切ってきたのか。

そして、クビキリは多分満足していない。

満足しないのが、魔、なのか。

それとも、もともと生きると言うのはそういうものなのか。

鎖師の輝く鎖が剃刀をはじく。

はじくたびに、学習しているのか、次への切り替わりがすばやくなっている。

じりじりと鎖師は追い詰められる。


そもそも、クビキリの本体は実体化していない。

鎖師はそう思う。

鎖でどうにかできるものじゃない。

「やるしか、ないかしら」

鎖師はつぶやく。

正直、鎖師はあまり気が進まない手段が、ひとつだけある。

でも、このクビキリをどうにかする手段は、

それしかないと、鎖師は思う。


深く呼吸。

空気が、変わる。

鎖師の周りの空気が、異質なものに変わる。

「くさり、くさりし、くさりしなれど…」

つぶやく言葉は呪いのような祈りのような。

薄い鎖師の表情に、凄惨な影。

輝く鎖がちりちりとおびえている。

鎖師は、裏の側面を自ら引き出す。

それは、『腐り死』の側面。

何かを腐らせて死に至らしめる、

禍々しい側面。

腐らせるそれを、鎖師はうまく制御できない。

それでも、実体を持たないクビキリに対して、

それしか手がないと鎖師は判断した。


クビキリは、恐怖と狂喜を覚えた。

これなら、この人は死なない。

この人は望んでいた僕に何かをくれる。

剃刀が飛ぶ。

彼女に飛ぶそれは、腐敗して落ちる。

ぐずっと音を立てて、

路地に剃刀だったものが、腐って残骸になる。


「腐ってしまえ。生まれるには早すぎたんだ」

彼女はつぶやく。

クビキリの実体化すらしなかった本体が、

腐り死の能力で腐っていく。

クビキリは笑った。

無垢な子供のように、終わることを笑った。

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