目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第574話 油

油を売るって。

確か長話のこと。


洗い屋に、鎖師がやってきた。

鎖師はあまり長々しゃべる方じゃないけれど、

しゃべらないならそれで、

いい沈黙の間合いを持っている、と、洗い屋の女性は思っている。

「鎖を洗ってほしいの」

「いいですよ、それがお仕事ですし」

「作ったばかりだから、油がちょっとついてるから」

「あ、そうなの?」

洗い屋の女性は鎖を確かめる。

「オーケー、この類のなら、ここの洗剤で落とせます」

「ありがとう」

鎖師の表情はいつものように薄いけれど、

まぁ、そういう鎖師なんだからしょうがない。

洗い屋の女性は納得する。


鎖はつつがなく洗い終わり、

鎖師が具合を確かめている。

「いい感じ、これなら納品しても大丈夫」

「よかった。そうだ」

「?」

「髪洗っていきません?」

洗い屋の女性の申し出に、

鎖師は少し考えたあと、

「おねがいします」

と、ぺこりと頭を下げた。


ゆったりした椅子に鎖師をかけさせて、

洗い屋は絶妙な加減で鎖師の髪を洗う。

「最近どうです?」

「どうって?」

「鎖を届けに行った先で、変なことがあったりとかしません?」

「しょっちゅうです」

洗い屋の女性は笑う。

そして、鎖師は、ぽつぽつとではあるけれど、

鎖にまつわる話をしてくれる。


洗い屋の女性が思うところに、

言葉は人との潤滑油だというのがある。

油だからって全部洗ってたら、ギシギシになっちゃう。

そんな考えがあるとかないとか。


珍しく鎖師もちょっと楽しげに。

洗い屋もいろいろな話をして。

長話が油を売るということなら、

この時確かに、彼女たちは油を売っていたのでした。


言葉をたくさん交わして。

そう、言葉はある種の油だね。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?