目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第580話 書物

ことのは堂では、

琴乃が忙しく本を並べていた。

新しい本、古い本、

琴乃が気に入れば入荷して並べるし、

注文があれば入荷するし、

さらに、琴乃は物語を執筆することもある。

書物に囲まれるのも好きだし、

言葉に囲まれるのも好きなのかもしれない。


店を開くにあたって運び込まれた山ほどのダンボール。

ほぼすべてが本だ。

生活用具は驚くほど少ない。

それでもやっていけるのが斜陽街ではある。

しかし、ダンボールはまだ開いていないのが多いらしく、

琴乃は一休みを挟みつつ、

書物を並べている。


何度目かの一休みを、

ちょっと長くとって。

琴乃は斜陽街の空を見た。

何とも言い難い空。

この空を例えるとしたら何色なのか。

その言葉も琴乃は持ち合わせていない。

「まだ未熟ですね」

琴乃は独り言を言って、苦笑い。

この書物たちを執筆したであろう無数の『作者』なら、

どんな言葉を用いてくれるだろうか。

琴乃が見つけなければ意味のないことかもしれない。

それでも、参考にはなるかもしれないと思ってしまう。


書物に親しみ、言葉をまとう。

そんな生活が、琴乃のお気に入りだ。

この町をいかに表現するか。

まずはそこから始めてみようか。

それにあたって、空が何とも表しにくい。

斜陽街の空としか言いようがない。

どうやって伝えよう。


表現しにくいこの町に来て、

琴乃は良かったと心から思う。

知らない言葉が、山ほどあるかと思うと、

見つけたくて、うずうずする。


風が吹く。

斜陽街の風だ。

琴乃は風が心地いいと感じた。

まずは、そこから。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?