これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
探偵は扉を開いた。
ついた先は、うるさい町だ。
こんなことは慣れているので、
探偵は町を適当に散策することにした。
まず、うるさい。
うるささは広告でも延々流しているのかと思ったけれど、
どうやら、みんながみんな、何かと会話をしているらしい。
町ゆく人は端末で、
電話ボックスはいくつもあって、
そのどれもが誰か使っていて、
アンテナや電線がそこかしこに乱立していて、
無線でアクセスできますのポイントには、
人が山ほどいた。
「こりゃ、電波が相当だろうな」
探偵はつぶやいた。
身体に感じるほどの電波ではないけれど、
感じるほどになってもおかしくはないなと思わせた。
電波の渦が起きている。
それは多分、探偵の妄想ではない。
探偵は、町のカフェに入って、アイスコーヒーを注文する。
店員は作られた笑顔で応対して、
「無線チケットはご一緒にいかがですか?」
と、尋ねてくる。
「いいや、間に合ってる」
と、探偵が答えれば、
「ごゆっくりどうぞ」
と、おそらく、マニュアル通りにこたえる。
窓際の席に座って、
探偵はアイスコーヒーの氷をつつきながら、
町を観察した。
目を見て話している人を、探偵は探した。
これだけうるさいんだから、向かい合っておしゃべりしているのもいるだろうと。
しかし、アイスコーヒーの氷が溶けきっても、
目を見て会話をしている人物を見つけることはできなかった。
「こういう町もあるもんだなぁ」
探偵はつぶやく。
そのつぶやきを聞いているものはいなくて、
みんな、何かに向かっておしゃべりをしている。
電波の渦は、妄想でなく、
確実にぐるぐるとまわっている。
「ごちそうさん」
アイスコーヒーを一気飲みして、
探偵は店を出た。