レジャーなんて嫌いだ。
「と言うことで毎年恒例この時期がやってまいりました!!
みんな用意はいいわね!!」
「「おー!」」
なのになぜか、私は『秋のビッグサケ釣り大会』に参加させられることになった。
セルマが私達の隊全員を誘って、クレアもスピカちゃんも参加する流れになったそうだ。
私は断ろうとしたんだけれど、なんかあれよあれよという間に参加させられることになってしまった。
まぁ、きーさんの食糧不足も解消されるわけだし、そう思えば多少気持ちも楽なのだが────
「てか、毎年恒例ってセルマ去年の今ごろって受験生ですよね?
そんなことしてて良かったんですか?」
「何言ってるの! この大会に参加しないなんてエクレアに住んでる人間ならあり得ない事よ!」
「そ、そうなんだ……」
隣に居るスピカちゃんが少しショックを受けたような顔をする。
いや、私ここ3年目になるけど出場は初めてだ。
祭りには見て楽しむという方法もあるというのを忘れてはいけない。
まぁ見てさえなかったけど。
「そういえば、スピカちゃんも来るなんて意外でした」
「うん、釣り好きなの……
よくぱぱのくるーずで、海に釣りに行ってた……
川で釣るのは、初めてだけど……」
クルーズかぁ、私も乗ってみたいなぁ。
まぁ、家でゴロゴロしている方が好きな私にとっては、あまり縁のない事だが。
「よっしゃ釣るぞ! めっちゃ釣るぞ!」
そして隣にも、張り切りの違う人が約一名。
元気満々クレアさんは、いつにも増してやる気だった。
「なんでそんな張り切ってるんですか?」
「目指せ優勝賞金だ! 当たり前だろ!」
そういってこの間のポスターを突き出してくる。
なになに────優勝賞金500万ベスト、一番大きな魚を釣って、本部に届けた人が優勝────
そう言えばそんなことも書いてあった。
「そんなに見てエリアル────やっぱすげぇだろ? 欲しいだろ?」
「いや、2位以下になにも無しってのがシビアだなぁ、と……」
「さーめてんなぁ」
そりゃ、横には「ぱぱのくるーず」とか言ってた女の子がいるのである。
冷めた気持ちにもなるだろう。
「えー、では皆さん開会式を始めますので、出場の方は本部へお集まりください────」
アナウンスの男性の声が響く────
ついに熱き闘いの火蓋が、切って落とされるのだ。
※ ※ ※ ※ ※
『秋のビッグサケ釣り大会』
通称ビッサケは毎この時期、エクレアのすぐ近く、忘れ荒野に広がるグロリア・リバーで行われる。
グロリア・リバーは、エクレアの主な水源となる河で、太さ長さ共に国内屈指の巨大さを誇る。
普段はワニも出るこの河で釣りをしようという人も少ないが、今日だけは別。
毎年秋の1日だけ、シャケが上流へ登ってくる日には、街のみならず国内から多くの参加者を呼び込むビッグイベントとなるのだ。
参加者は、シャケを釣り、それを本部へ持っていくことで換金することが出来る。
その後換金されたシャケは街に出回り、今は貴重な海鮮物として、そのうち店頭に並ぶことになる。
ついでにキャッチ&リリースのルールもないので、この魚は換金しなければ持って帰り放題。
釣れば釣っただけ、しばらくのお魚不足も補えるのである。
また、この大会の魅力はクレアもいっていたとおり優勝賞金だ。
大きさに自信のあるシャケを換金せずに出場者受付に持っていくと、その場で体長を測り、大会のエントリーが出来る。
その魚はお金には換えられないが、もし優勝すれば、500万ベストという高額な賞金が自身の元に舞い込んでくるのだ。
この日だけ許された特別な漁────数百名にものぼる参加者たちは、皆それぞれに鼻息荒く、本日の優勝と夕食を虎視眈々と狙っていた。
「えー、このシャケちゃんたち、今日だけはいくらとっても密猟になりません。
焼いても生でもグリルでも美味しいシャケちゃん達。
この時期はイクラもつまっているのでたまりませんねぇ!
ま、くれぐれもワニには食べられないように気を付けてくださいね、ははは!」
小粋な司会者の冗談に、出場者からも笑いが起きる。
しかし、それを聞いて隣のクレアだけは、僅かに肩を震わせた。
「な、なぁワニって笑い事じゃネェだろ……そういやこの河、確か本当にワニ出るだろ?」
「それが、笑い事なんですよ」
ワニはいつもこの河に潜んでいて近付いてきた動物や人をパックンチョしたり、河の中で魚をパックンチョしたりする。
しかし、野生の本能なのか、シャケが上流へ上がってくる日だけは、ワニたちは巣に身を潜め何もせずに次の日まで過ごす。
あまりに大量に上ってくるシャケは、ワニたちにとっては食料ではなく、危険なミサイルの大群も同様────狩りをする暇もなく、次から次へと流され、自身の命の危険にもなりかねないからだ。
また、大会の運営が岸にいるワニたちを大会前に血眼になって追い払ってくれるため、私たちはワニにパックンチョされる心配もなく、シャケ釣りが楽しめるのだ。
「なんだ、じゃあワニにパックンチョされる心配はないんだな?」
「安心していいと思いますよ」
クレアがそれを聞いて胸を撫で下ろす。
「ちなみに、大会の不正は発覚した時点で失格となります。
もしワニを見つけた場合には触れず触らず、周りから人を避難させすぐに本部へ報告してください。
それと、シャケには食べられないように気を付けてくださいね……」
「ははは!」
今度は、クレアの声だけが周りに響く。
他の皆は、笑うことはせずにただただクレアを怪訝な目で見ていた。
「な、何でみんな笑わないんだよぅ……」
「それ、笑える冗談じゃ、ないから……」
「ど、どういうことだ?」
「そのうち、わかるよ……」
そうこうしているうちに、大会が始まった。
私たちも各々が見つけたポイントへと行き、糸を垂らして獲物を待つ。
大方の場所としてセルマがこの辺だという場所に案内してもらったけれど、なるほど、人も少なくて集まるシャケも流れ的にかなり多い。
ここなら、今日の目標まではすぐに釣れてしまうだろう。
釣りはかなり暇なので、ボーッとしていると、他の皆もチラチラと視界に入ってきた。
クレアは不器用なので中々釣るのに苦労している様子だ。
優勝すると息巻いていたけれど、釣りの経験も殆どないんじゃないだろうか。
あと、使っている糸がなんかヨレヨレで太い。
「クレア、もうちょっと長い時間糸を垂らさないと、魚は釣れませんよ」
「う、うるさいな……分かったよ、もう少しだけ粘らせてくれ」
出過ぎた真似だったろうか。
まぁ、あとは本人の自由だ、これ以上は何も言うまい。
「スピカちゃん、調子は?」
「あ、うん……エリーさん、悪くないよ……」
スピカちゃんは固有能力を使って、釣り竿を6本持っていた。
それぞれが丁度いい間隔で糸を垂らせるため、大体6人分の成果を出している。
常にどれかの釣り竿が引いているので魚を針から外さなければならないけど、それも髪の毛に手袋を付けて行っていた。
多分周りの人から見れば殆ど反則級だ。
「めちゃ釣れてますね」
「うん……ここ、いいぽいんと……」
そう言っている間にもまた1匹。
しかし、数だけで言うなら毎年参加しているセルマは破竹の勢いだった。
釣り糸を垂らしている時間など、瞬きをするほどではないかと疑うくらい回転率が早い。
多分数を競う大会なら、彼女もかなりいいとこ行くだろう。
「まるでお札を釣ってるようね! こんな安い商売があるなら早めに転職したいわ!」
なんか、リフレさんの約束とかすっ飛ばして酷いこと言っている。
結局あの時の私のあの時の苦労は何だったんだ────
「セルマは優勝賞金狙わないんですか?」
「それは非効率よ。
優勝できるとも限らないこの大会────大きさを測って受付に出して、結果発表を待って。
それをしている間にシャケを釣ることに自分は専念したいわ。
ホントは換金する時間も削れたらいいのだけれど────」
流石、この大会に慣れているセルマだ。
効率の鬼と化している。
「みんなすごいですねぇ」
“ねぇ、それよりちょっと。酷くない?”
見ると、かたわらのきーさんが非難の目で私を見てきていた。
「何がですか?」
“扱いだよ、僕の扱い”
「あー」
今日使っている釣り竿は、きーさんが変身した最新式の釣り竿だ。
糸や針などはもちろん自前だけれど、確かにシャケを釣り上げるたびしなってて、痛そうだなとは思った。
今は丁度シャケを釣り上げたところだったので戻ってもらったのだけれど、どうやらその扱いに不平不満があるようだ。
“いや、変身してる間はいくらしなっても、痛くはないんだけどね。パートナーとしてシャケの群がる汚い水に、相棒を近づけるのはいかがな物かって事よ”
「しょうがないじゃないですか、釣り竿は買ったら高いし。
これでとりあえず目標を釣れるなら、協力してくださいよ」
“でもさ、レンタルもあるわけじゃん。それ使わずに僕使うことないでしょう”
「汚い水とか気にするんですか?
私ヌルヌルの触手とかきーさんで切ったりしてますよね?」
“仕事とレジャーは別だろ、僕だってあんなものを進んで斬ってると思われたくないんだけど”
お互い平行線だった。
今日はきーさんが行こうって言い出したんだから、少しくらい我慢してください────
言ってもいいけど、お互い嫌な気分になるだけだろう、気持ちも共有してるし。
「分かりましたよ、もう目標は大体釣れたので終わりにします。
あとは皆さんの見てましょう」
“え、もうちょっと釣ってもいいじゃん”
どっちだよ。
“もっといっぱい釣って、僕に美味しいお魚たらふく食べさせておくれよ。僕は使わなくても、固有能力使えばいいだろ?”
「そんなこと出来ません。魚の声は聞こえますけど、何言いたいのか分からないですし」
その後とりあえずきーさんと話し合い、一度休憩することにした。
日向を避けボーッとみんなの釣りを見ていると、クレアがようやく1匹のシャケを釣り上げる。
小ぶりだが、釣れたのが初めての経験だったのか少し嬉しそうだ。
「良かったですね」
「う、うるさい! こんなんじゃ全然足りないだろ!」
素直じゃないなぁ。
その後もクレアは何度かトライして、その度に少し残念そうな顔をする。
やはり糸が悪いのか、ヨレヨレの太い釣り糸では、中々うまく言っている様子がなかった。
先ほどから糸を垂らす時間は長くなったが、それだけに見ていて少し不憫だ。
「あのクレア、こんな入れ食いの河でそんな釣れないってことは、もしかしてその糸────」
「で、でたぁ!! ヌシだ!!」
見かねてクレアに話しかけようとすると、別の誰かが突然叫び、私の声がかき消される。
「ヌシ」────そう叫んだのは一人の参加者だった。
彼の声に、その場の全員がそちらに目線を持って行かれる。
「な、なんだよアレ!!?」
そこには、他の何倍あるだろう────とてつもなくデカいシャケが河の浅いところを、ビチビチ苦しそうにのたうち回りながら登っていた。
「“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”ですね」
「な、なんて……?」
だから、“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”である。
普通のシャケより大型で、普通のシャケよりも統率力が高い、いわばシャケたちの王様だ。
なんでこんな名前かは知らない。
付けた人に聞いて。
ちなみに一説によると、この河上りはこの“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”が周りのシャケを先導して起きる現象なのだとも言われ、それだけで“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”が破格の生物であることが分かる。
「ホントに生き物なのか!?」
「一応あれ精霊ですから、生き物には入らないんでしたっけ?
あ、でもあれもとってOKですから頑張ってくださいね」
「釣れるかぁ!」
確かに、クレアの2,3倍くらいの大きさである。
一人でマトモに釣れると思う方がどうかしてるだろう。
「でも去年釣った人いたみたいですよ。
開会式の時
「アレ本物だったのかよ!?」
まぁ、あんなの相手にしていたらイクラ命があっても普通は足りない。
無駄な争いはサケて、他で勝負した方が無難だろう。
「喰い付いてもどうにもならないですしねぇ」
「なぁなぁ」
クレアがちょいちょいと私の肩を突っつく。
「なんですか?」
「じゃあ、釣れた場合はどうすればいい?」
青い顔をしたクレアの釣り竿の先には────“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”が喰い付いてた。
あーあ、可愛そうに。
「えっとぉ────素直に引っ張られる?」
「や、や、や────────やべぇぇぇぇぇ!!」
言うが早いか、予言通りクレアが素直に引っ張られていった。
確かに、ありゃやべぇな────