「おっ、マジで美味い……」
「ホントですか……!?」
もちろん、と一口大にカットしたショコラムースケーキを口に運んだ司が、コクコクと頷く。
その反応を確認出来て、私の胸の奥はスッと安堵で凪ぎ、同時に嬉しさがジワリと込み上げてくる。
口許も自然と緩んでしまう。
「まぁ、私の自信作ですから。もしマズいなんて言ってたら、いくら司が私のご主人様とはいえ一発くらいは殴ってました」
「おっと、それは怖いな」
冗談交じりに笑ってグッと拳を握り固めてみると、司は苦笑して肩を竦めた。
「でもまぁ――」
司はフォークでショコラムースケーキを再び一口大にカットすると、それをパクリと口内に放り込んで味わった。
「――その心配はなさそうだな」
「うぅん……」
なんだか物足りない感じがする。
司が向けてくる満足そうな顔。
最初ケーキを運んで来た時に見せた驚き顔も含めて、当初の私の目的としては達成された。
だか、それでも何かが物足りなく感じるのはやはり、司が見せる余裕だろう。
その表情に浮かぶ爽やかな笑顔は、相も変わらず文句の付け所のないカッコ良さで、否応なしにこちらの胸の奥を騒がしくさせてくる。
ゆえに思わずにはいられない。
私が司の一挙手一投足に感情を左右されるのだから、少しは司も私に振り回されたって良いじゃないか、と。
そんなことを考えると、一つの案が私の脳裏に過った。
視線の先には司――正確には、その手元で一口分ずつ減っていくケーキ。
私は口角が吊り上がるのを押さえられないまま、そのケーキに手を伸ばす。
「お、おい、結香?」
突然の私の行動に司が目を丸くした。
しかし、構わずフォークで司のケーキを一口大にする。
そして――――
「はい、司。口を開けてください?」
カットしたケーキをフォークに乗せて、万が一にも溢さないように片手を下に添えながら、司の口許に差し出した。
「……は?」
司はポカン、と口を間抜けに開く。
二、三秒呆然としたまま沈黙し、ようやく状況を飲み込めた司が喉から声を漏らした。
「なっ……マジか……!?」
「あはは、どうしました? もしかして恥ずかしがってたりしますか?」
もちろん私も恥ずかしい。
心臓はドクドクと強く激しく脈動しているし、それに呼応するように体温も上昇していく。
それでも、私が煽るように挑発的な笑みを作ると、司は動揺を見せながらもニヤリと口角を吊り上げた。
司なら、ここで引くのはプライドが許さないだろう。
「ははっ、んなワケあるか」
案の定の答えだ。
司は私の挑発を笑い飛ばすと、素直に口を開けた。
「ほれ」
「あ、あはは……いい度胸です……!」
司の開かれた口に、ケーキの欠片を乗せたフォークをゆっくりと近付けていく。
ドクッ……ドクッ……ドクッ、ドクッ、ドクッ――――
距離が縮まるにつれて指数関数的に心拍数が高まる。
微かにフォークが震えるが、それでも真っ直ぐ司の口の中へ入れると――――
ぱくっ。
「~~っ!!」
司の口が閉じられてから、フォークを引き抜いた。
そのあとで司が目蓋を閉じたままモグモグと咀嚼する。
ヤバい。
顔が熱い。
冬なのに熱中症を疑うほどに熱い。
「ん、うぅん……」
「ど、どうですか?」
口の中を空っぽにした司がゆっくりと目を開いたので、私は感想を尋ねた。
「ま、まぁ、美味いな。ってか味は変わらんし」
「いやいや、恥ずかしさのあまり味が感じられなかったの間違いでは?」
平静を装う司をからかう。
いつものお返しだ。
しかし、やられっぱなしでは終われないのか、今度は司が自分のフォークでケーキを切って私の方へ差し出してきた。
「そう言うなら、自分で確かめてみたらどうだ? 結香」
「……っ!?」
私は言葉を詰まらせてしまった。
司が浮かべるのはニヤリとした意地悪な表情。
でも、いつもと違って私に先手を打たれたことで隠し切れない気恥ずかしさが、仄かな赤みとして滲んでいる。
余裕がないのは、私だけじゃない……!
司は司で動揺しているはず。
こうしてやり返してくるのは強がりだ。
だから、私が遠慮する必要は――ない!
「い、良いでしょう。私は別に何とも思わないので」
「そうか。じゃあ、ほら。あーん」
「っ、あ……あぁ~ん……」
それは先程まで司が使っていたフォーク。
つまり、これは間接キス……ということになってしまうのだろう。
ま、まぁ、それはさっき私もしたことだから気にはしまい。
だが、間接キス+食べさせのコンビネーションが繰り出す一撃の威力は想像以上だった。
「くぅっ……!!」
「ほら、美味しいか?」
司の手によって口内に放り込まれたケーキを咀嚼する。
私が作ったショコラムースケーキ。
その味は私が一番よくわかっている。
司のために甘さは控えめにしてちょっぴり大人でビターさが引き立つように作った。
しかし、驚くことに私の知らない酸味が混じっているように感じてしまう。
それは間違いなく気恥ずかしさからくる錯覚なのだが、ケーキの苦みは甘酸っぱさへと変容していた。
「お、美味しいですけど……!?」
「だろ? いやぁ、結香は腕がいいなぁ~?」
司は仕返し出来て満足したようにケラケラと笑って、再び自分のケーキを食べ始めた。
だが、どうやら完全に冷静さを取り戻してはいないようだった。
フォークでカットしたケーキの欠片は一口で食べるには大きく、それを僅かに震える手で口許に運び、半ば無理矢理に頬張った。
そのせいで頬っぺたにショコラクリームがついてしまっている。
「あはは、司ってば。クリームがついてますよ?」
「えっ、マジか」
司は舌を伸ばすが、残念ながら舌が届くような範囲にはない。
先程までの気恥ずかしさはどこへやら。
私はただ単純にそんな司の姿が可笑しくて笑う。
「そこじゃないですって、全然違いますよ、もう~!」
私は司の頬に手を伸ばす。
「ほら、動かないでください」
「お、おい……!」
若干上体を逸らして離れようとする司を逃がさず、私は人差し指で撫でるようにして、司の頬からクリームを取った。
そして、これは無意識の行動だ。
私は、手についたそのクリームを、思わず――――
ぺろっ…………
「……っ!? 結香っ……!?」
「はい?」
カァアアア、と司が顔を真っ赤にしている。
こちらを見詰めるその榛色の瞳は熱を帯びたように揺れていた。
「どうかしまし、た……って、あ…………」
私は自分の行動を顧みて気付いてしまった。
司の頬についたクリームを、ついうっかり舐めてしまったことに。
「~~~~っ!?!?」
ボッ、と火を噴いた私の顔は今、向かい合う司の赤面具合に決して負けていないだろう。
「む、無自覚だったのかよ……」
「す、すみません……! ついぃ……」
顔を赤らめながらも呆れたように半目を向けてくる司に、私は自爆して見るも無残な自分の顔を両手で覆った。
こうして、ショコラムースケーキのビター味とは裏腹に、妙に甘酸っぱくて恥ずかしい司の誕生日を過ごしたのだった――――