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第36話 世話係への誘い!?

 十一月下旬。


 今日、高校では司の誕生日の一週間後から始まった二学期末定期考査がようやく終了し、生徒達は皆、しばらくの緊張感から解放された安堵に息を溢していた。


「はぁ~、やっと終わったぁ~!」

「疲れたぁ~!」

「あとは冬休み待つだけじゃ~ん!」

「やっべぇ……赤点ギリかもぉ……!?」

「大丈夫だ。考えるな……」


 教室のあちらこちらから聞こえてくる声に耳を澄ませていると、一部不安げな内容も聞こえてくる。


 私としても全力を尽くしたし、恐らくどの教科も八十点は固いだろうと予想しているが、それでも多分今回も司には勝てないのだろうと予感し、微苦笑を禁じ得ない。


 そんなとき、右隣から声が掛かってきた。


「ねぇ、結ちゃんどうだったぁ~?」


 朱莉だ。

 赤茶色の癖っ毛を後ろ頭で束ねて出来た尻尾を力なくしなだれ垂らせて、腕枕で机に突っ伏した状態のままこちらに向いていた。


「ん~、可もなく不可もなく、って感じだったけど……朱莉はぁ……」

「うぅ……!」


 再び腕に顔を埋めてしまった朱莉。


 どうやら聞くまでもないようだった。

 反応からして、強がりでも手応えを得られた――などとは口に出来ない様子。


「よしよし」

「良いもん……もう終わったもん……」


 私は曖昧に笑いながら、朱莉の頭をポンポンと優しく叩くようにして撫でた。


 少しの間そうしていると、朱莉がバッ! と勢い良く顔を持ち上げ、どこか吹っ切れたような表情を見せる。


「よしっ、決めた。行こう」

「え、どこに?」

「ぱぁ~っと遊びに行こうっ!」


 スッ、とその場に椅子を引いて立ち上がった朱莉。

 戸惑う私に構わず、片手で決心を固めたように拳を作って見下ろしてくる。


「結ちゃんも付き合ってくれるよねっ!?」

「え? あぁっと、私は……」


 私は司の世話係としての役目を最優先にしなければならない。

 自分が遊ぶために司の傍を離れるなどと言うことは許されるわけもない。


 適当な言い訳を考えて断ろうかと歯切れ悪くしていると、私と朱莉のもとに一つ足音が近付いて来た。


「なになに~? 二人とも、このあと遊びに行く感じ!?」


 げっ、と思わず声が出そうになるのを寸前のところで我慢する。


 人懐っこい男子の声。

 遊んで欲しい犬が尻尾を振りながら吠えているような感覚。


 顔を向ければ、案の定そこには三神君が立っていた。


 ここ最近妙に顔を合わせる機会が多い気がする。


 クラスメイトだからそんな機会も珍しくないだろうと思われるかもしれないが、隣の席である朱莉の次くらいには学校でよく話す――というよりよく話し掛けられる相手と言える。


 妙に付き纏われてるように感じるのは……気のせいだろうか……?


「だったらさ、俺もついてって良いかな~?」

「えぇ……」

「ちょっ、『えぇ』って酷くないですかね近衛さんっ!?」


 おっと、いけない。

 思わず声に出てしまったか。


 私が面倒臭そうに見ると、三神君はショックを受けたことをアピールしてくるが、それでもどこか楽しげだ。


 そんな三神君に、朱莉が首を傾げた。


「でも三神君、良いの? いつものメンツじゃなくて」

「良いって良いって~」


 いわゆる司グループ。

 男子三人女子三人で構成されるこのクラスのカーストトップグループだ。


 学校ではいつもその六人でつるんでいるため、遊びに行くならそのメンバーの方がいいのではないかと不思議に思ったのだろう。


 しかし、朱莉の疑問に手をひらひらさせて答えた三神君が、教室の一角を見るので、私と朱莉も促されるように視線を同じ方向へやった。


 すると、司グループの女子二人と男子一人が楽しげに話している様子があった。


「あの三人、これから激辛料理食べに行くらしくてさ~。俺、辛いの全然ダメだからついていけないんだわ~」


 もう一人いるグループの女子は、どうやら他に私用があるらしく別行動だそう。


 というわけで、あぶれた三神君がこちらにやって来たというワケだ。


「なるほどねぇ~。まっ、そゆことなら良いんじゃない?」

「えっ、朱莉!?」


 三神君の事情を理解した朱莉が肩を竦めてそんなことを言うので、私は思わず声を上擦らせてしまった。


「良いじゃん良いじゃん! 行く当てのない哀れな子羊を救うと思えばさ! そ・れ・にぃ~?」


 朱莉がニヤリと悪い笑みを浮かべて肘で小突いてきながら、私と三神君を交互に見やった。


「お二人さん、最近仲がよろしいようですし~?」


「だよな~!!」

「いや、全然そんなことないと思うけど」

「辛辣っ!?」


 何か含みのある朱莉の台詞に三神君は迷わず頷いていたが、私は呆れたように半目を作って首を横に振った。


 というか、まだ私は遊びに行くとは言っていない。

 むしろ、どうやって断ろうかと考えていたのに、遊びに行くことを前提に三神君が参加するかどうかの話にまで発展してしまった。


 一体どうしたものか、と困っていると、そこへやって来たのは――――


「俊也、なに話してたんだ?」


 煌びやかな王子様スマイルを見事に被った司だった。


 親しげに名前で呼ばれた三神君は、すぐに司の方へ振り返ると「あっ、そうだ!」と司の質問に返答して状況を説明するより早く言った。


「司も一緒に遊び行こうぜ~!」

「遊び?」


 一瞬司が疑問符を浮かべた。

 そして、その場にいた私と朱莉にも視線を向けてから、ほんの数秒で状況を飲み込んで微笑んだ。


「なるほど。三人で遊びに行く話をしてたのか?」

「そうそう!」

「い、いや、私は……」


 即答する三神君の傍らで、私は戸惑いがちに声を漏らす。


 世話係としての仕事があるため遊びには行けない。

 とはいえ、ここまで話が進んでしまっては断りにくい。


 私が救いの手を求めるようにチラリと司へ視線を向けると、司はそんな私の視線に応えてニコッと笑った。


 よし、これで上手く司が私を逃がしてくれるだろう――と、思った矢先、


「良いね。お言葉に甘えて、ボクも一緒しても構わないかな?」


 は……はあぁぁあああああああっ!?


 表向き愕然と口を開け広げてしまうに止めたが、流石に心の中では叫ばずにいられなかった――――

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