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第41話 世話係の心の在処

「……待っててくれて、ありがとうございます」


 三神君からの告白への返事をしたあと、校門を出る少し手前の木の下で待っていた司と合流した。


 大半の生徒は既に下校済みで、校内に残っている生徒は部活や委員会に集中していることもあって、周囲に人の気配はない。


 油断は出来ないが、少し言葉を交わすくらいは問題ないだろう。


「どうだった?」


 いつも通りの表情。

 いつも通りの声色。

 そんな取り繕いは、長い付き合いである私には通用しない。


 端々から寂しさや不安な気持ちが滲み出ていた。


 どうだった――というのは、もちろん三神君から受けた告白のことだろう。


 しかし、私は三神君に先生から頼まれた用事を手伝ってほしいと言われて教室から出て、司もそれを見ている。


 それでも司が告白のことを聞いてくるということは、事前に三神君から聞かされていたのだろう。


「はぁ……知ってたなら教えておいてほしかったんですけど? 凄くビックリしたんですから」


 質問に答えるより先に、私は文句をぶつけておいた。


 突然のことで驚かされたのだから、共犯の司には文句の一つや二つ言うくらい許されるだろう。


 しかし、司は肩を竦めて小さく笑った。


「『今日放課後、駿の奴が告白するらしいからよろしく』って?」


 どのみち驚いてただろ、と司は更に笑う。


「そ、それはそうかもですが……」

「それに、それは俺の口から言って良いことじゃないだろうしな。駿の覚悟をないがしろにすることになる」

「司……」


 司は微笑みを浮かべながらも、その声色は真剣だった。


 普段からかってきてばかりなのに、意外とこういうところはちゃんとしているというか、人のことをよく考えているというか…………


 ただ、それが出来るなら日頃からもう少し私にイジワルするのを控えてくれても良いのに、と思わずにはいられない。


「それで、結局どうだったんだよ」

「ん~、凄く嬉しかった、ですかね?」

「んなっ……!?」

「それで、凄くドキドキしました」

「お、おうっ……」


 嘘は言っていない。

 ただ、少し意地悪な言い方をしてみただけ。

 日頃の恨みだ。


 とはいえ少し効き目がありすぎたようだ。


 司が引き攣った笑みを何とか作りながら、今にも倒れそうに胸をギュッと抑え込んでいた。


「じゃ、じゃあ、告白は受け――」

「――断りました」

「えっ……?」


 司が間抜けな驚き方をして、真ん丸な目で私を見てくる。


「あっはは、何ですかその顔」

「いや、だって……嬉しくてドキドキしたって今、結香が……」


 まぁ、誤解させるかもしれないように言ったのは私だし無理はないけど、まさか本当に信じるとは。


「確かに告白されるのは――誰かに好きって言ってもらえるのは素直に嬉しかったし、ドキドキしましたよ。でも、私にはその気持ちの応えることが出来ない」

「それは、何でだ?」


 首を傾げる司に、私は正面から向かい合って表情を和らげる。


「そんなの、簡単な理由ですよ」


 そっと自分の胸に手を添えながら答えた。


「私の心はそこにないから、です」

「……じゃあ、結香の心はどこにあるんだ?」

「……ふふっ」


 そんなの、決まってる。

 愚問中の愚問。


 そんなことも聞かないとわからないのかと、少し可笑しく思えて笑ってしまった。


 私は一歩、二歩、三歩……と司の傍まで歩み寄り、下からその顔を覗き込むように言った。


「私の心がどこにあるのか……司が当てられたら、答え合わせしてあげます」


 さっ、行きますよ――と、話を終わらせ、司の横を通り過ぎて歩いていく。


「ちょ、結香……!?」

「ほらほら、誰かに見付かったら大変ですよ。早く行きましょう」


 何か言いたげな司に構わず、私は先に校門の外へと一歩踏み出した――――



◇◆◇



【院瀬見司 視点】


「はぁ……寝れん……!」


 その日の夜。

 深夜一時をとうに回った頃。


 司はベッドから降りて自室を後にし、キッチンでコップ一杯分の水道水を注いで喉に流し込んだ。


 この時期になると、もう冷蔵庫で冷やした飲み物とあまり遜色ない水温だ。


 冷たい水道水が喉から身体の奥深くに流れても、妙に熱くなった身体はそう簡単に冷えてくれなかった。


 ……正直、今日は怖かった。

 結香が駿の告白を受けてしまったらどうしようかと、不安で仕方がなかった。


 俺に駿の告白を止める権利はない。

 また、世話係である結香に主人として「告白を受けるな」と命令することは出来ても、俺は結香にそんな接し方をしたくはない。


 だから、見守るしかなかった。


 結香がどんな答えを出そうと、それが結香の意思ならば、いざというときは世話係としての役目から解放し、自由に恋を楽しめるような人生を送らせてあげようとも考えていた。


 それなのに――――


「結香が変なこと言うから……」


 頭の中に、帰り際に発した結香の言葉が反芻される。


『私の心がどこにあるのか……司が当てられたら、答え合わせしてあげます』


 いつものからかいの仕返しのつもりか。

 悪戯っぽく、妙に楽し気な黒い瞳がジッと俺を見詰めていた。


 結香の心がどこにあるのか。

 結香は誰と一緒にいたいのか。


 少なくとも、俺は…………


「アイツの心が、俺にあれば良い……な……」


 自然と弧を描いていた口から、そんな独り言が零れ落ちた――――

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