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第40話 世話係の出す答え②

「校舎裏……まで来たけど、先生からの頼み事って?」

「あぁ、えぇっと……」


 先生から用事を頼まれたから手伝って欲しいと言われて、三神君に連れられ校舎裏までやってきたが、教職員の姿はおろか他の生徒の姿も見当たらない。


 不思議に思って尋ねると、三神君はどこか罰が悪そうに笑って後ろ頭を掻いた。


「ご、ゴメン、近衛さん!」

「えっ?」

「実は先生から用事を任されたってのは、噓なんだ……!」


 どういうこと?

 本当は先生から用事を頼まれてないとなると、その手伝いで連れてこられたはずの私は、じゃあ一体何のためにこんなところまで?


 もしかして――と、一つ想定される最悪な状況が脳裏に過った。


 所属はわからないが、三神君は司の正体を――院瀬見財閥の御曹司だということを知った上でで、その身柄を狙う人間。


 こうして護衛の役割も担っている私を一時的にでも司の傍から離すことで、その間に別動隊が司を襲撃してその身柄を拘束。


 院瀬見財閥の御曹司で、次期後継者。

 巨額の身代金の要求や、一方に有利な契約の締結、等々……身柄を手に入れたあとの使い道はいくらでもある。


 ……いや、流石に杞憂が過ぎるか。


 これまでの付き合いが私達の信用を得るための演技――という可能性をすべて排除することは出来ないかもしれないが、少なくとも表面上の関わりだったとはとても思えない。


 それに――――


 視線の居場所を求めてキョロキョロし、妙に居たたまれない様子の三神君を観察してみる。


 やはり、とてもそんなことを仕出かすような……というより、失礼を承知で実行出来るような人間には見えない。


 だが、そうなると疑問は解消されるどころか、さらに深まってしまった。


「じゃあ、三神君は何で私をこんなところまで?」


 理由を尋ねると、三神君は何故か少し戸惑ったような仕草を見せた。


「えっと、もしかして……薄々何か察してたりもしない感じ?」

「え、何を?」

「……はっ、あははっ!」


 首を傾げて見せると、三神君はキョトンとしたあとに抑え切れなかった笑いを噴き出した。


「いやぁ、ごめんごめん。でも近衛さん、流石に鈍感すぎだって! あはは!」


 先程までの居たたまれなさはどうやら笑いで吹き飛んでしまったらしく、ぎこちなさの欠片もなくなり、いつも通りの三神君が姿を見せる。


「ふぅ、こりゃアレだね。ちゃんと言わないと絶対に伝わんない感じか~」


 数秒掛けて笑いを納めた三神君が、目尻に浮かんだ涙を手で拭い取ってから向かい合う。


 整った顔立ちに垢抜けた風貌。

 それでいて誰にでも分け隔てなく積極的に関わっていくのに軽薄さを感じさせないのは、その子供っぽい無邪気な性格と、人懐っこい瞳のお陰か。


 それでも、今この瞬間ばかりはその瞳も、どこか真剣で一種の覚悟の光を灯したものだった。


「三神、君……?」

「俺さ、好きなんだよね。近衛さんのこと」

「……え? えっ?」


 一瞬で頭の中が真っ白になった。

 三神君の口にした単純なはずの言葉の意味がわからず、間抜けにも二度驚きの声を漏らしてしまう。


 えっ、好き?

 好きってつまり、えっと、この状況で一友人として――という意味ではないだろうし、恋愛的な意味で好意を抱いているということになるだろうけど…………


「あはは、めっちゃ驚いてるね。本当に察してなかったんだ~、近衛さん」


 私が口を半開きにして瞬きを繰り返すことしか出来ずにいるのがそんなに面白いのか、三神君は再び笑みを溢した。


「いや、普通男子に校舎裏に呼び出されたり連れてこられたりしたら、告白されるんじゃないかってちょっとは疑うもんじゃない?」

「い、いや、想像すらしてなかったんですけど……!?」


 ようやく自分の脳が状況を理解し始め、激しい動悸に襲われる。


 ドクッ、ドクッ……と、力強く脈打つ心臓が、前進に熱い血液を送り、体温をジワジワ上昇させていく。


 身体が熱い。

 顔が熱い。

 恥ずかしすぎて、今すぐこの場から走り去ってしまいたい。


「い、いやぁ、あはは。結構恥ずいね、告白って~」


 三神君が照れ臭そうに後ろ頭を掻く。

 私はそんな彼に、恐る恐る疑問を投げ掛けた。


「な、何で……私、なの?」

「何で、かぁ~」


 もしかしたら無粋な質問なのかもしれない。

 人を好きになる気持ちに理由なんてなく、衝動からくるものなのかもしれない。


 それでも、知りたかった。

 三神君が私のどんなところに恋愛的な好意を抱くまでの魅力を感じてくれたのか。


 視線を逸らさずに見ていると、三神君がゆっくりと口を開いた。


「やっぱ、カッコいいなぁ~って思ったから、かなぁ」

「カッコいい……?」


 三神君はコクリと首を縦に振った。


「近衛さんってほら、そんなに表立って行動しないっつうか、目立つようなことはしないじゃん?」


 別に悪く言ってるつもりじゃないからな!? と慌てて誤解を防ぐために付け加える三神君に、私は大丈夫だという意味を込めて頷いてみせる。


「でも、文化祭のときさ。みんな近衛さんに助けられたっていうか、凄く頼もしくてさ。近衛さん、めっちゃテキパキしてたし」

「そ、そんなことは……」


 褒められ慣れていないこともあって、反応に困ってしまったが、三神君が「いやマジマジ!」と食い気味に言ってくる。


「ああいうのって、普段から周りのことちゃんと見てる人にしか出来ないっていうか……陰の立役者? みたいな。そういうのがカッコいいなって思って、近衛さんのこと気になり始めて……」


 喋っているうちに、三神君は恥ずかしそうにしながらも、段々とその表情を柔らかくしていった。


「気付いたら目で追うようになってたし、話し掛けたくて仕方なくなってた。そうしているうちに、最初はカッコいいって思ってた近衛さんの可愛いところも沢山見付けて、どんどん魅力的に見えていって……好きに、なってた」


 今私はどんな表情をしているんだろうか。

 きっと、恥ずかしくてたまらなくて真っ赤になってるはずだ。


 生まれて始めて告白された。

 素直に嬉しい。


 でも――――


「だからっ、近衛さん!」


 居住いを正した三神君が、バッ! と勢いよく頭を下げた。


「俺と、付き合ってください!」


 凄く嬉しい。

 嬉しくないわけがない。

 このドキドキは、間違いなく本物だ。


 でも、それでも私は――――


「……ありがとう、三神君。でも、ごめんなさい。その気持ちには応えられない、かな……」


 申し訳なさを感じながらも、私は下げられた頭に向かってそう返事をした。


 だって、私は。

 私には、何よりも大切な人がいるから。


 大好きな人が、いるから――――

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