十二月中旬。
来週には二学期終業式を控えた今日の放課後――――
既に期末テストも終えて、あとは冬休みを待つだけなこともあって、教室内のあちらこちらから冬休みの予定をどうするかと言った会話が聞こえてくる。
「あとちょっとで冬休みだ~!」
「でも宿題の量ヤバいんよなぁ……」
「馬鹿……考えるなそんなこと……」
「ねね、クリスマスどうする?」
「私ん
「あぁ~、ゴメン! その日は私、彼氏と……」
「「裏切り者ぉ~!!」」
……等々、耳に入る内容は様々。
(クリスマス、か……)
そんな会話を聞いていれば、いつの間にか私も冬休みの――中でも一大イベントと呼べるクリスマスについて考えていた。
とはいっても、私のクリスマスは普段とあまり変わらない。
これまでも司の世話係としての仕事を最優先にしてきたため、学校の友人とどこかへ遊びに行くなどということはなかった。
とはいえ、院瀬見家では盛大なクリスマスパーティーが執り行われていたので、世話係である私も普段食べられないような美味しい料理を食べられたし、両親からはクリスマスプレゼントを貰えたりしたので、充実はしていた。
(あー、でも今年は……)
今は高校に通うため家からは離れて暮らしている。
特に司と冬休みに院瀬見本家に帰省するなどという話はしていないため、恐らく今年のクリスマスは二人だけで過ごすことになるだろう。
(二人……二人だけ、か……)
クリスマスに司と二人きり。
その様子を思い描くだけで否応なしに鼓動は早まっていくが――――
「って、何考えてんの私ぃ……!」
我に返った私は両手で勢いよく顔を覆った。
いつの間にか顔まで熱くなってしまっていたのだと初めて気付く。
「ん~? 何考えてたの~?」
「あ、朱莉……!?」
そこまで大きくない、精々が独り言と呼べる程度の私の嘆声を聞いた朱莉が、カバンから教科書類を選別して出し入れしながら興味を示してきた。
カバンから机に出された教材を見た感じ、恐らくこのあとロッカーに仕舞われるであろう、いわゆる置き勉というやつだ。
「う、ううん。何でもない。それより朱莉、化学基礎置いて帰って良いの? 明日提出の宿題あるけど」
辺に探りを入れられて墓穴を掘りたくなかったので、何か話を逸らすネタがないかと視線をやれば置き勉候補の中に化学基礎の教科書とワークを見付けたので指摘する。
すると、朱莉は「げっ」と声を漏らして机の上に積んでいた化学基礎の教材を手に取る。
「そ、そうだっけ……?」
「うん。確か――」
私は朱莉のワークに手を伸ばして、記憶した課題として出されているページを捲っていく。
「こっからここまで」
「うわぁ~、今日は徹夜かなぁ……」
「が、頑張って」
荷物の整理を終えた朱莉は、力なく項垂れて「じゃあねぇ~」と言い残して歩き出した。
私はその小さな背中に「ご武運を……」と、友人として微力ながら応援の気持ちを注いで、教室をあとにするのを見送った。
そんなときだ――――
「近衛さん近衛さ~ん! ちょっといい~?」
「ん? 何か用?」
もう振り向く前に誰かわかるほどによく話すようになった三神君が、相も変わらず人懐っこく駆け寄って来た。
「実は先生からちょっと用事頼まれちゃってさぁ~。そこでお願い! 近衛さん手伝ってくんない~!?」
「えぇ~」
パシッ、と下げた頭の前で両手を合わせてくる三神君。
「いや、他の人に頼んだりは……?」
「みんな忙しいらしくてさぁ……それにやっぱ、近衛さん頼りになるしっ……!」
お願いします~!! と今度は合わせた両手を擦り合わせながら懇願してきた。
先生から頼まれた用事が何かはわからないが、こうして他の人に助力を求めるのだから、一人でこなすのは難しいことなのだろう。
友人……と呼べるかはわからないが、一度は一緒に遊びに行ったクラスメイトとしての仲だ。
助けてやりたい気持ちがないわけではないが、立場上私が司の傍を離れることは――――
チラリ、と判断を仰ぐように司に視線を向けてみる。
すると、司も丁度こちらを見ており、一瞬どこか寂しさを帯びたような曖昧な表情を浮かべていた気がするが、すぐに呆れたように笑ってコクリと頷いた。
仕方ないから行ってこい――と、そんな具合のメッセージだった。
まさか承諾されるとは思ってなかったので、私は少し驚いてしまったが、司が良いというなら少しくらい手を貸してもいいかもしれない。
ここは学校内。
司に何か起こる……といったリスクはほとんどないし、用事が終わるまで司も一人で帰宅したりはしないだろうから、手早く済ませればさほど問題ではない、か。
私は「はぁ」と諦めたようにため息を吐く。
「わかったわかった。さっさと済ませよう」
「ま、マジで……!? ありがとう近衛さ~ん!」
「大袈裟だなぁ~」
もしかすると三神君も断られる未来を想像していたのかもしれない。
人懐っこい瞳を丸く見広げてから、安堵したように表情を綻ばせた。
「流石は頼れる一組のメイド長! ささ、参りましょう~!」
「だからもうメイド長じゃないって――懐かしいネタ引っ張ってくるなぁ~、もう」
用事が終わったらすぐに司と合流して帰宅出来るように、カバンを持って立ち上がる。
「こっちこっち~」
「はいはい。急かさなくていいから」
それじゃあ少し行ってきます、とそんな意味を込めた視線を司に送る。
司は笑って頷いてくれたが、どうしてかその表情の端々に、微かな不安や寂しさのようなものを感じ取れてしまった――――