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第52話

 それにしても……かつての部下たちが——婚約者だった南波チトセが、自分に銃口を向けた。

 俺はダンジョンを歩きながら、その光景ばかりを思い返していた。

 彼らが持っていた明確な殺意。

 これはかなり堪えた。

 なにより人間の〝俺〟自身が、結構強めの殺意を持っていたことがダメージだった。

 〝俺〟《あいつ》はドラゴンの俺に対して理解を示してくれると、勝手に思いこんでいたのだ。

 少なくとも平和的な解決を話し合ってくれると、信じていた。

 人間の〝俺〟は、ドラゴンの俺が転生した自分自身であることを認識しながら、なぜ問答無用で殺そうとしたのか。

 ……やはり、リノンの存在か。

 リノンは、転生したのだ。

 転生して何者かに生まれ変わり、その人物が〝山本アキヲ〟を探し出し、すべてを話して協力を求めた……としか考えるのが自然だろう。

 ショックを受けている場合ではなかった。

 状況はあまりよくない。

 この地下通路の存在がいつバレるか。

 樹の根元にある出入り口が発見されるのは時間の問題。

 直ちに攻撃して来ることはないだろうが、この状態で放置してはおくまい。

 敵は、山本アキヲ隊長率いる、日本国防衛軍なのだ。

 〝俺〟……は、このあとどうするだろうか。

 島に上陸した部隊を率いているのが〝俺〟である以上、このあとどう展開させるのか、俺に予測可能なはずだ。

 俺ならどう攻めるか考えればいいのだ。

 山本アキヲは……まずは俺たちが消えた付近を徹底的に捜索する。

 やがて出入り口を埋めた跡をみつける。

 人一人がギリ通れるほどの穴を見つけて、そこを掘り進めると、人工的な石造りのダンジョンが現れる。

 俺なら、どうする?

 ……おそらくダンジョンの全容を把握しようとするだろう。

 どこまで続いているのか? 全長は? 出入り口は何箇所あるのか……。

 複数箇所ある地下通路への出入口のすべてを見つけることは難しいかもしれないが、二つ三つ見つけた時点で、火炎放射器での攻撃を検討するだろう。

 1カ所、あるいは複数箇所から地下通路へ向け、同時に火炎放射器で攻撃を開始。

 炎が通路を埋め尽くし、中の酸素が一気になくなって生き物は死滅する。

 だとしたら猶予は……。


 ――ない。


 俺はキイラの元へ走った。

 彼女は変わらず卵の傍にいる。


「キイラ、ここを脱出しよう」


 聞こえなかったのか、キイラは俺に背を向けて横たわったまま動かない。


「キイラ……?」


 揺り起こすと、彼女はゆっくりと身体を捻り、顔を上げた。


「アキヲ……」

「人間が攻撃してくる。ここから出るぞ」


 彼女は口から血を吐いていた。

 俺はキイラの上体を抱えた。

 ふと見ると、彼女が守っていたはずの卵は一つ残らず潰されている。


「これはどういうことだ? 大丈夫か?」

「あたし、あんたを騙してた」

「何の話だ?」

「本当は一匹、アキヲの子が……。ドラゴンが孵ったの」

「マジで言ってる……?」

「マジで言ってる」

「そんな、今頃になって……」

「ごめんなさい。あたし、どうしてもドラゴンの子が産みたくて」

「どこにいる?」

「……」

「もう隠したってしょうがないだろ。どこだ?」

「あたしはもう無理っぽい……」


 キイラは、俺の腕の中に倒れた。


「キイラ、幼生はどこだ、言ってくれ」

「あたしの、お腹の中」

「腹の中……?」


 一部の爬虫類には卵を腹の中で孵化させて、そのまま育てるものがいる。

 キイラの場合、中で孵化したのかそれとも卵から生まれた幼生を腹の中に入れたのか。

 俺はキイラの腹に手を当てた。

 何かが蠢いている。

 ウネウネとした脈動を手のひらに感じる、これが幼生か――?


「キィアアアアアアアアアア!!!!」


 キイラの悲鳴と同時に腹から生暖かい液体が吹き上がった。

 思わず手を引くと、血に染まった腹から小さなトカゲの頭が飛び出してきた。

 トカゲは半身を乗り出し周囲を睥睨するかのごとく見渡してから、口を開いた。


「こんにちは、世界」


 キイラの腹を食い破って出てきたのは、生まれたときの俺にそっくりな醜いトカゲだった。

 ゴツゴツした皮膚、短い尻尾、でかい頭、円く黒い瞳。

 こいつ……間違いない、俺の子ドラゴンだ。


「!"#$%&'()0)('&%$#"!!"#$%&'()|~=0)('&%$#"!」


 幼生はよく聞き取れないなにかを口走っている。

 トカゲの言葉ではない、日本語でもない……。


「……これが転生というものなのか。#$%&')('&%$#――やった。私はやったのだ――'&#"$|~=0)#"!#$%&」


 生まれたばかりの幼生ガキが、俺が記憶の奥にしまい込んで風化させてしまった前世の言語を話している。

 聞いているうちにだんだんと記憶が呼び起こされた。

 この子の言葉に時々混ざっているのは、魔法の呪文だ。

 幼生は言葉に呪文を織り込んでいるのだ。

 もちろん発動はしていないが……。


「お前は、誰だ……!?」


 言葉がうまく伝わっただろうか?


「魔王だ」


 幼生は言った。

 待て待て。

 この子が?

 異世界から?

 魔法でドラゴンに転生した?

 魔王だっていうのか?


「どうやら転生魔法は成功したようだな」


 魔王アーデン。

 この子が魔族の王にして総司令官の、あのアーデンだっていうのか?

 人間族と魔族の戦争で、劣勢でも全軍を鼓舞して戦い続けた魔王軍の総司令、アーデン。

 いくら俺が諌めても勢いと突撃でなんとかなってしまった、あのアーデン。

 俺が魔法使いとして仕えたマスターメイジ、……アーデンだっていうのか……?


「きみは、魔王アーデン……?」


 幼生はぬめぬめとキイラの体液をまとったままの顔を少しかしげた。


「いかにも……。わたしは魔王アーデンだが? わたしの名を知るお前はいったいなにものであるか?」


 ——アーデン……。


 転生したアーデンがいま、目の前に。

 しかし。……今は俺の子、レッドドラゴンの幼生なのだ。


 ――殺せ!


 殺さなければ。

 殺してなにもかも終わりにしなければ。

 リノンが――人に転生したムラサキが――たった一人で延々と背負い続けてきたものを、ここで断ち切るのだ。

 今なら、今ならその頭と胴を両手で掴み、雑巾のように一絞りするだけで……。


「あれ? お前は……もしかして……魔法使いのウィルゥダではないか……?」


 魔王が、俺のいにしえの名を呼んだ。

 魔法使いウィルゥダという名を。

 俺の前々世、異世界の魔法使いの名を、呼んだ。


「そうだ……俺はウィルゥダ。魔法使いウィルゥダ……だった……」


 忘れていた、前々世の記憶が呼び起こされた。

 山本アキヲが封印し、その心の奥底に凍結した異世界の記憶。

 様々な思いが交錯した結果俺の口を突いて出た言葉は――。


「会いたかった、アーデン」

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