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第67話

 偵察隊が先行して地下通路ダンジョンに突入した。

 人一人が通れる大きさにまで穴を掘削し、つい今しがた火炎放射器が焼き尽くした中へと下りていく。

 通路内の酸素はほぼゼロで、作業にはボンベが必須となった。

 其処此処にあいている穴にファンを設置して換気を続けたが、煙が抜けきるまでは相当の時間を要する。

 燃料の臭いとそれが燃えたあとの焦げ臭さは容易に消えない。

 偵察隊から報告が入った。


「爬虫類の死骸を一体発見しました」


 ただ真っ黒な焼死体になっていて個体を判別できるかはわからない、ということだった。


 ——死体は〝俺〟だろうか?


 いやたぶん他のトカゲだろう。

 レッドドラゴンの〝俺〟が簡単に火炎放射を浴びて死ぬとは思えない。

 俺は小銃を構え、銃身に取り付けたタクティカルライトの光を頼りに、穴に下りた。


「これが……ダンジョンか」


 そこは石造りの、人工的なトンネルのように見えた。

 壁の石は四角く切り出され、整然と積み上げられている。

 ところどころに紋様や文字らしきものが彫り込まれていて、話に聞いていた以上にきっちりダンジョンで、ちゃんと遺跡していた。

 俺に続いて入ってきた御田寺モエミも息をのんだ。


「すげえ……大発見じゃねーのこれ……」


 大発見か……。

 異世界の遺跡。

 人類にとって大変な発見になるのは間違いないだろう。

 調査隊も探索のし甲斐があるというものだ。

 しかし俺とモエミにとってここはレッドドラゴンを狩る場であって、人類にとってどれほど重要な発見かはひとまずどうでもいい。


「急ごう」


 頭の中の地図を思い出しながら通路を進んでいく。

 俺とモエミは通路の最北端に着いた。

 壁と天井が崩れ落ちていて、床には水が溜まっている。

 水たまりにはうかつに足を踏み入れてはいけない、と注意喚起があったのを思い出す。

 光を当てると、下層へ続くとみられる階段がうっすらと浮かび上がった。


「これか……偵察隊の報告と、きみの地図が食い違ってる場所」


 俺は紙に印刷された地下通路の地図に、手持ちの小さなライトの光を当てた。

 モエミが横から覗き込んできた。


「そのライトいいね」

「マグライト。きみも使うといい」

「支給されてないんだけど」

「私物だからね」

「通販で買える?」

「アマゾンで買える」


 このところ俺とモエミは一緒に行動しているせいか、どうでもいい日常会話が増えている。

 彼女も当初に比べると棘がなくなったというか当たりが柔らかくなったし、笑顔を見せることも多くなった。

 他人に聞かれるとまずい話、つまりレッドドラゴンとか転生とか、そういう内緒話で顔と顔を近づけることもあった。

 それを端から見たら「あの二人できてんの?」みたいに見られるのは当然の流れで、そういった場面は南波チトセの耳に入るどころか目撃されてもいた。

 ついさっき、この地下通路に来る途中でチトセと遭遇した。

 ちょうど歩きながらレッドドラゴンの成長スピードについてモエミからレクチャーを受けていたところだった。

 俺は前方に南波チトセの姿を認め、モエミは話すのを止め、それが余計に妙な空気を生んでしまって、三人ともぎこちない態度で敬礼してすれ違った。

 あまりいい状態ではないように思うが、いまはそれどころでは——。


「アキヲ」

「はい」


 モエミは俺をアキヲと呼ぶようになっていた。


「どうしたの? なんかぼーっとしてたみたい」

「あ、ごめんもう一回」

「だからね——」

「あ、ちょっと」

「なに?」


 モエミが面倒そうな上目遣いで俺を見る。

 白い紙に反射したマグの光がレフの役割をして、彼女の表情が普段より映えている気がする。


「一応俺ここでは隊長だから、きみにとっても直接じゃないけど一応上官に当たるわけなんで、一応敬語で話してくれるかな一応」

「ちっ、めんどくせーな」


 遠慮のない舌打ち。


「まあそう言うなよ」

「あんたはそういう普通のこと言わないと思ってた」

「まわりの眼だってあるから」

「周りの眼がないときはいいの?」

「なければいいけど別に……」


 その言葉を聞いて一瞬笑顔を作り、モエミはすぐに視線を足下の水たまりへ落とした。

 俺も地図を、周囲の状況と交互に見比べた。


「あ、俺に、なんか言いかけてた?」

「忘れちゃった」

「あ、そう」

「嘘。若月カナの話。です」

「今は周りに誰もいないから、いいよタメ口で」

「くそ、なんなんだよ」

「悪い」

「あの子、どうしてこのこと教えてくんなかったのかなって」


 地図には、この北の通路の端は明確に行き止まりとある。

 これは若月カナの証言をもとにモエミが書いたものだ。


「若月カナは、これを知らなかったんだろうか」

「わかんない。あの子がここにいたときはなかったのかもしれないし。……でもなんとなく」

「なんとなく?」

「なんとなくだけど——」


 モエミはブーツの先で、床に転がっていた消し炭になった何かの塊を、押しつぶした。


「わざと言わなかった気がするんだけど」

「若月カナは敵かもしれないって言ったのは、この地図のことなのか? この結果をきみは予測してたのか?」


 モエミはため息を小さく吐いて、首を横に振る。


「わかるわけないでしょ。なんとなくそう思っただけ。知ってたら言ってるし」

「勘、か?」

「でもさ。あの子についてのあたしの勘ってさ、ただの勘とは違うじゃん? だってあたしだよ? いくら別の人間に転生したとかいろいろあったってさ、だってあたしなんだから。考えてることだって、口にしなくたってわかるんよなんとなく」


 若月カナ。

 ムラサキという鳥が転生した、最初の人間。

 この地図は彼女が鳥だったときの記憶を元に書かれたものらしい。


「じゃあその若月カナが……まだそうと決まったわけじゃないじゃないけど……仮にこの、水没した下層への階段のことをあえて伏せて地図に書かないようにしていたとして……目的はなんだ? 単に書き忘れ、記憶になかった、ということもあり得るけど」

「ここからマミイと一緒にムラサキが逃げたから、それを知られたくなかったってことでしょ?」


 ——やはり、そう考えるよな普通。


 地図の他の部分については概ね正確だったから、あえて行き止まりとしたのは意図があってのことか。

 若月カナは、ムラサキは、〝俺〟《ドラゴン》を庇っている。


「あたし、も一回会い行ってこようかな」

「若月カナに?」

「うん」

「会ってどうする」

「どうしてか聞くに決まってんでしょ。なんでこんなことになったんか」

「問いただす?」

「だって、これって。結果赤竜を助けることになってんじゃん。だとしたら理由が知りたいしさ」

「理由か……そんなもん聞いてどうなる」

「だって、あたしはちゃんと言ったもん、赤竜に殺されるんだって。お父さんも、カナも。そのあとに転生したあたしたちもみんなさ。そうならないために、マミイを今殺さなきゃいけないって、言ったんだよ。言ったのに。なんでだよ……」


 悔しそうに唇を噛んだ。


「まあ、今更だな。どうでもいいさ」

「どうでもよくないよ」

「若月カナがどう考えてようと、もういい。地図には書かれていない部分があった。レッドドラゴンはここから逃げたと推測できる。俺たちは追わなくてはいけない。きみには引き続きこの島に留まって、俺を助けてもらいたい。奴のことを一番知ってるのはきみだ。奴を殺すのが、俺たちの役目だろ? だったら俺たちがやるしかねえだろ。どこにどう逃げようが、追いかけて、追い詰めて、殺す」


 レッドドラゴン——すなわち〝俺〟はこの水たまりから下層に潜って、島のどこかに逃げた。

 若月カナが地図に書いて指摘してくれていたら対策できたか? と問われたらそれは怪しい。

 地図を信じすぎた、俺の落ち度だ。

 水底がどこかに続いているか、続いた先にまたどれだけの地下迷宮が広がっているか、見当も付かない。

 ただこれだけは言える。

 この島のどこかにレッドドラゴンは——〝俺〟は、必ずいるのだ。


「もしかしたら……」


 モエミは呟くように言った。


「……ただ殺せばいいって、そんな単純な話じゃないのかもね……」


 そのときの憂いを含んだ表情は、ぞくっとするほど大人びて見えた。

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