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第66話

 地下通路は天井まで水に浸かり息継ぎもできない。

 俺はムラサキを抱きかかえ、とにかく水の流れてくる方向に逆らい、少しでも明るい方へと泳ぐ。

 水中は迷路のようだった。

 どこをどう進めばどこに着くのか手探りだった。

 身体に纏った空気の層を伝わって地下水の冷たさが伝わってくる。

 崩れたブロックが行く手を遮り、重なり合った石の隙間を通りぬけると今度は土砂が壁となって立ち塞がった。


 ——アーデン! アーデンはどこだ!?


 前を泳いでいたはずだが今は見えない、気配も感じない。

 振り向いてもトカゲたちが付いてきているのかわからない。


「待ってくれアーデン!」


 声など伝わらないだろうに、つい叫んでしまう。

 息はまだ続くが、水の中にいつまでもいられるわけではない。

 膜の中の酸素を使い尽くしたらそれで終わりなのだ。

 ムラサキが苦しそうにしていた。


「大丈夫かムラサキ」

「うん……」

「落ち着いて息を吸うんだ。ゆっくり、落ち着いて」


 急がないと死ぬ。

 俺は底に足をついた。

 左腕にムラサキを抱えたまま手探りで歩いた。

 水の流れ、温度のわずかな違いを感知して水底を進む。

 しかし途中でどう進んでいいのか全くわからなくなった。

 手を伸ばせば四方に壁があって、小さな部屋に閉じ込められたみたいだ。


「アーデン……」


 彼女がどこへ行ったかも、自分がどこにいるかもわからない。

 ムラサキの呼吸が浅く、速い。

 膜の中の酸素が減り、代わりに二酸化炭素が増えていく。

 恐らくこの水中にもマナはあるのだろう。

 俺にそれを操る呪文を生み出せさえすれば、この状況を打開できるのだろうが無理だ。


 ——ここまでか……。


 あきらめかけたとき、眼の前に白い光が射した。

 崩れた壁の穴の向こうに、光球がキラキラ輝いているのが見える。

 水中に、エナジーボールが浮かんでいる。

 俺は光の方へと泳ぎ、穴をなんとかくぐり抜けた。

 光球の周りを小さなトカゲのアーデンが、くるくると回っている。

 近づいてきて、俺の鼻に手を置いた。


「ついてこい」


 アーデンが先を泳ぎ、少し後からエナジーボールが付いていき、その後ろをムラサキを抱えて必死に泳いだ。

 酸素不足で頭の中が靄でいっぱいになり、もうなにも考えることができなかった。

 ただ光に反応するように、身体だけが動いている。

 ………………………………。


「……あッ!」


 気づけば、水辺に仰向けに倒れていた。

 一筋、二筋、光がそしていた。

 どこだ、ここは。

 生きてた……。


 ——ムラサキは!?


 上体を起こそうとしたがうまく身体が動かせない。

 体温が下がりすぎている。

 俺は自分が変温動物だったことを思い出した。


「マミイ!」


 ムラサキが俺の顔を覗いている。


「ムラサキ……? 生きてる?」

「あたしは平気だけど、マミイが」


 ムラサキは俺の身体の上で羽を広げ、覆い被さるように乗っかっていた。

 身体が起きなかったのはこのせいかとも思ったが、体温が下がり切ってるのは事実で、ムラサキが暖めてくれたから目が覚めたのだとわかった。


「ムラサキ……アーデンは」

「アーデン? 妹?」

「そうだ、どこいった? 近くにいないか?」

「いないね」


 やっと暖まってきた身体を捻ってうつ伏せになり、首を起こして周囲を見回した。

 ここはまだダンジョンの中だ。

 通路が先へと続いている。

 相変わらず暗いが、樹の根に押しつぶされて崩れた天井から、太陽の光が細い線になって降っていた。

 下層へ降りる階段の縁に水が満ちてあふれ、俺の尻尾を濡らしていた。

 トカゲの兄弟たちは一匹もここまでたどり着けなかったようだ。

 アーデンは天井の穴から外に出たのだろうか、それともこの通路を奥へ進んで行ったのか。

 山本アキヲ隊長は、ダンジョン内に俺の死体がないとわかればすぐさま捜索隊を編制し、地上と空から探すだろう。

 ここが見つかるのも時間の問題か……。


「目が覚めたか?」


 天から声がした。


「アーデン……」


 天井の穴からアーデンが顔を出していた。

 樹の根を伝ってするすると降りてきた。


「いま外に出るのは危ないぞ」

「なにも危ないもんか。お前みたいにでかいならともかく。わたしのサイズを見ろ」

「火炎放射器でジャングルごと焼かれることだってある」

「敵の魔法使いもなかなかやるじゃないか」

「魔法じゃないけどな」

「ダンジョン内をまるごと焼くなんて、魔法だよ」


 言いながらアーデンは俺の肩に乗った。


「ウィルゥダ、もう動けるか?」

「まあ、なんとか」

「この地下通路、どこに着くかわかるか?」

「わからない」

「そうか、わからないか」


 アーデンはにやっと笑った。


「知ってるのか?」

「北の塔だ」

「きたの、とう……北の塔!?」


 この通路が?

 異世界にいたとき、俺とアーデンが処刑場から脱出したときの、あの……?


「これが、北の塔に続いてるって……!?」


 言われてみれば、だが……いや、わからない。


「どうしてわかる?」

「壁をよくみろ。北の岬に続く通路だって、書いてあるだろ」


 確かに、所々壁の石に文字が彫ってある。


「俺には古代文字は読めないよ……」

「魔法学校でちゃんと勉強しなかったからだ」


 アーデンは細い尻尾で俺の頬をぴしゃっと叩いた。


 ——しかしこれが……あの地下通路……だとしたら、塔は島の真ん中辺りに存在した……。


「あの塔が、北の塔だったのか……」


 俺とムラサキが蜘蛛に襲われて、フクロウに助けられた塔だ。

 あれが北の塔……。


「ウィルゥダ。一緒に北の塔に行こう。そして、わたしを支えてくれ。お前の力が必要だ。我々はドラゴンの一族へと転生することに成功した。これまで伝説でしか語られなかった偉業を成し遂げたんだ。わたしと、お前で、あらたな魔法の国を築こう」


 アーデンは淡々と、壮大な野望を語った。

 彼女は、この世界でまた魔王をやるつもりなのだ。

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