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第110話『LASTALIVE』

4月20日 午前0時。

深夜でありながらも同接数は1億人を超え、カウントダウンが進むと『Lure‘s』の歌うOPと共にせらぎねら☆九樹の配信がスタートした。


『お久しぶりです皆さん。世間は相変わらず騒がしいようですがいかがお過ごしでしょうか? 私はこうして久しぶりに配信できることをうれしく思います』


画面にはせらぎねら☆九樹と、後ろでゲームをして遊ぶLure‘sが映し出される。


『私がどうして今日配信したのかって言う流れですが、今日限りで配信業を辞めようと思っています』

『えー! 九樹さん辞めちゃうんですか!?』

『Lure‘sのバックアップに移ろうと思いましてね。私はもう満足する位配信してきましたし、私の事を良く思わない方もいるでしょう。ですけど終止符を打たなければ私もすっきりしないものでしてね』


飲食用の仮面でジュースを飲み、不安げに聞いてきた楠に優しく答える。


『どうか今画面を見ている皆さまはLure‘sをこれからも応援してください』

『よろしくお願いしますー!』

『それで今日なんですが、何やろうか考えていたんですがね。配信前からお便りボックスを作ってまして、相談だったり愚痴だったりを応えていこうと思いまして』

『随分大人しい企画だな』

『色々やってきたんですけどこういったのはやった事が無くてですね…』


九樹は多く寄せられたお便りから厳選されたメッセージを表示する。


『50代男性 PN・バツイチテンバツさん

私は半年前妻と別れました。出会ってすぐ運命だと思い、以前の妻と別れて結婚したのですが、それが過ちだと気づきました。

お店ナンバーワンのキャバ嬢でしたが、家事は出来ないし金の無心をしてきます。別の男と浮気しており、それがわかった私は激怒して離婚しました。

そして1人になってからはずっと虚しさだけが心を支配しています。

自業自得とはわかっておりますが、今も私はかつての家族を求めています。

だけど息子は私を許さないでしょう。病気になった妻を放置して、借金を作り他の女にうつつを抜かしていた父親など…。

許してくれとは言わないが、もう一度会いたい。

私は今、地方の工場で真っ当に働いている。

せらぎねら☆九樹さん。私はもう一度家族に会えるでしょうか? 

あなたから見てどうでしょうか?』


『これは中々の相談ですね』

『クソだな』


梅村は嫌悪感を持ち、吐き捨てた。


『テメーのやった事のツケが回って来ただけの話だろーがこんなの』

『確かに許容できる部分はありませんが、自分でもどうすればいいかわからないからこちらにメッセージを送ったのかもしれませんね』


せらぎねら☆九樹は落ち着いて言葉を述べる。


『人は失ってから気付く事もあり、有ることが日常になると自分が恵まれていた事に案外気づかないものです。ですがある程度予想は出来ていたはずです。欲に身を任せ快楽を求めた先にあるのは砂の様に乾き続ける虚しさだけ…。今配信を観ている方もそう言った経験はないでしょうか?』


仮面の奥からこちらを見透かすような眼差しが視聴者に移る。


『観てくれることはありがたいです。私があなた達の暇つぶしと言う欲求を満たしているのなら構いませんが、例えば宿題を終わらせてなかったり、明日までにやらなければいけない仕事を放置してみているのなら直ぐにそちらを優先するべきでしょう。ただの暇つぶしで本来やるべきことから目を背ければ、その結果どうなるかは蛇口をひねれば水が出るくらい明かです』

『耳の痛い話ね』

『まあ、これはあくまで例えの話です。私のリスナーはわきまえてる方だと思っているのでこれ以上の深い追及はしません』


樒から配られたトランプを手に、ババ抜きをしながら話を続ける。


『この方もその一例にすぎません、ただ一つ言えるのであれば、息子さんに会うことを私は止める権利はありません。ですがどんな言葉を彼から言われるか、それは覚悟した方が良いかもしれません。理由はどうあれあなたは家族を1度捨てている。それは法律で裁けない、酌量の余地なしの罪なのですから』

『確かに…』

『ただ、心の内に残しておくのがあまりに苦しかったからこちらに送った心情はお察しします』


そう言って九樹は次のメッセージを読む。


『40代女性 PN・匿名子さん


私は夫を無くし、娘と慎ましく暮らしていました。だけどある日、娘と近い年齢の男性に私は恋をしてしまいました。娘の年齢は18歳です。年の差はわかっているものの、彼への気持ちが忘れられません。娘は何となく察しているのか倫理的に不可能だと言っています。


この気持ちどうすればいいのでしょうか? 

家族が大事なのは当然ですが、この思いをどうすればいいのか教えてください』


『年の差の近代の恋と言うわけね~』

『…まあ、恋愛に関して私から言う事はありませんが、だけど誰かを愛するという事は責任が生まれることだと思います』

『責任?』

『人は皆誰かに愛されるために努力しますが、愛する努力と言うのは難しいものです。どんなに優しい人間でも何かの拍子で愛を失う事があります。いや、そもそも誰かを愛するという感情を持つことができない人間もいます。愛するという事は【与える】行為であり、行うには寛容な気持ちが必要になるからです』

樒からカードを引いて上がると九樹は続ける。

『あなたがその男性を愛する事を止める人間がいるとするなら、私はその人の言葉を受け止めるべきだと思います。あなたがその人と恋仲になったとして、その人が幸せになれるでしょうか? それを懸念しているからこそあなたに苦言を言うのだと思います。その辺をよく考えて行動しましょう』


話を終えると最後のメッセージを受け取る。


『30代 男性 PN・絶望の魔術師さん

自分は何をやっても失敗し、やっとつけた職もミスを多くやってしまい注意を受けています。生きている意味が分からなくて、自分なんて生きている必要が無いんじゃないかと思います。貧しい国で必死に生きる人や、何かを成し遂げるために苦しい事を耐える人もいるのに、自分が情けないです。どうすればこの悩みは無くなるでしょうか?』


『…あなたはずっと頑張ってるんですね』


優しい声を出して九樹は語る。


『1つ楽になれる方法があるなら、それは誰かと比べない事です。あなたの苦しみはあなたのものですし、人の苦しみと比べてはいけません。その苦しみに逃げずに頑張るだけでも偉い事です。

そして意味のない事なんてありません。どんな出来事も必ずあなたの人生の糧になります。楽しい事も辛いことも。

いつかは1つの道となってそれがあなたの人生の答えとなるでしょう。だから今は休みましょう、人生の楽しみを見つけましょう。

価値のない人生などありません、誰もが自分の人生の主役なのですから』


そう言ってせらぎねら☆九樹の配信はエンディングに入り、この日以降せらぎねら☆九樹の動画配信は無くなった。『Lure‘s』は今も活動を続けている。


彼のライブは切り抜きで広まり未だに見ているファンも多い。


せらぎねら☆九樹の物語は幕を閉じた。だがそれを見ていた視聴者たちに何かを残すような配信だったことが私達の心に刻まれた。

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