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0101 具足の傷

「なんなんですか! なんなんですかこれはー!!」


榎本と加藤の声がそろっている。

こいつら、意外と息が合っているのかもしれない。


「それはなー。明治、大正、昭和、平成、令昭と来て、名匠大田大作、当代具足、尾張黒鋼深山胴丸具足だ。美術館にも展示されているぞ」


美術館には、無理矢理置いてきただけですけど。

まあ、聞いているのは、名前では無い事ぐらいは分かっているけどボケて見た。

どうせ、具足に対するクレームだろう。


「名前なんか聞いているわけではありません」


仲いいなー。また声がそろっている。


「じゃあ、何なんだよ。文句があるならさっさと言いやがれ!」


「も、文句? ……め、滅相もございません。か、感動しているのです。まるで電動アシスト付き自転車のように走るのが楽です。ほんの少し足を動かすだけで、どんどん走れます。このくそ暑い日に具足の中は、滅茶苦茶涼しい! その上、銃弾もまるで効かない、いえ、それどころかキズ一つ付きません」


加藤が言い終わると、門がザワザワしている。


「とのーー!!! 熱田一家の熱田一郎です」


門をくぐって加藤の部下が、ひげもじゃの大男を背負って入ってきて大声を出した。

その顔は目のまわりが青く腫れ上がり、歯が何本も折れている。

気を失っているようだ。

部下が地べたに転がした。


「ひでーー。誰がやったんだ」


「加藤です」


「榎本です」


ここはそろわなかった。


「殺しちまったのか」


「いえ、生きています。ただ、殺そうとしてきましたので、少しかわいがってやりました」


「なら、いいか。使者を半殺しにするような奴は許せん。いくらごろつきとはいえ、礼節は重んじ無ければならない。使者は断るにしても丁重に扱わなくてはなー!」


「そう言えば、こいつらは何ですか」


榎本が分かっているくせに聞いて来た。

視線が平伏している東一家にむいている。


「こいつらは、東一家だ。降伏してきた」


「なんだ、今から行こうと思っていたのだがなーー」


「うっ」


東が、うめき声をあげ、下を向いた。


「との、そう言えばこの具足をつけると強くなるのですか?」


聞きながら、榎本と加藤の顔が悪い笑顔になる。

何か良からぬ事を考えている予感。


「ああ、そうなるようにしてあるなー」


「では、との、胸をお借りします」


そう言うと榎本と加藤が、俺に飛びかかってきた。

こいつら、俺を攻撃してきた。


「おりゃあああーーーー!!」


二人の息のピッタリ合った同時攻撃だった。

すげー、不意打ちだ。まあ、殺意が無いから楽しみたいだけなのだろう。

だが、気に入らないのは、顔が笑っていて最早勝ったと思っているところだ。


「ばか」


あずさが小さな声でつぶやいた。

俺は素早く弧を書くように右前に移動し二人の攻撃を避けた。

二人は勢い余って数歩前に進んで、俺の方を向いた。

その時点で、俺は榎本の腕を取っていた。

まだ、体制の崩れている榎本の腕を持ってぐるんと一周回って、榎本の体を加藤にぶつけた。

ちゃんと手加減してあるのに、二人は勢いよくぶつかり、大きな音がした。


グワシャアアン


まるで自動車が正面衝突した時の様な大きな音を出した。

二人は、そのまま体がからまって、ガラガラ回転しながら数十メートル転がった。


「うわあああああああーーーーーーーー!!!!!!」


二人が大声を出した。

けがでもしたのかなあ。


「おいだいじょーぶか? けがでもしたのか?」


「か、体はなんともありません。ですが、具足が、具足がーーーー」


二人の具足が、ベコンベコンとへこみ、キズキズになっている。


「武具のキズは勲章みたいなもんだ。あーこのキズは木曽川での戦いでついたものだ。これは岐阜城での戦いで付いた傷だ。などと、懐かしがることもできるしな」


「あー、これは殿につけられた傷だ。あーこれも殿につけられた傷だ。あーそれも殿につけられた傷だー……」


二人が光を失った死んだ魚のような目をして、ブツブツ言っている。


「わかった、わかった。まだ予備があるから、新品と交換していいよ」


「おーー、やったーー」


二人が予備の具足の方に喜んで走って行った。

いい年したおっさんが、子供の様に喜んでいる。


「ぐあああーーーっ! くそーーっ!!」


熱田が目を覚ましたようだ。

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