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0127 聞き上手になろう

とうさんは、私の顔を無表情で見つめ、その場であぐらをかいて座りました。

名古屋城の天守は今、ガランとしています。

窓際に、観光用のコインを入れて遠くを見る双眼鏡だけが残されています。

私からすればゴミですが、とうさんは気に入っているみたいです。

その部屋のやや窓よりに座り込んでいます。


とうさんは私の表情を見て、反省していることをわかってくれたみたいです。

だったら私のする事は一つです。

ミサさんがとうさんの斜め後ろにいますが、気にしません。

今から独占します。


私はとうさんのヒザの上に座りました。

そして、上を向いてとうさんの顔を見ました。

やっぱり、少し驚いています。

なぜ驚くのですか、小さい時には、とうさんのヒザ以外に座ったことはありませんよ。


でも、私も久しぶりなのでドキドキしています。

そして、恥ずかしいです。

顔が真っ赤になるのがわかります。


「あのね、とうさん、加藤さんが……」


し、しまったー。

またやってしまいました。

大人は子供が、言い訳をする時、人の名前を言うと怒り出します。

理由も聞かないで頭ごなしに叱りつけます。「人のせいにするのではありませーーん」って、後はもう何も聞いてくれません。大人はそんなもんです。


「どうした? いいよ。続けて、続けて。全部聞くから慌てないでゆっくり聞かせてほしいな」


上を見てとうさんの顔を見ると、とうさんは赤い頬をして、笑うのを我慢しているような顔をしています。

そうでした。

とうさんがそんなことをする訳がありません。


みすぼらしい私を、大事に、大事にここまで育ててくれた人です。

私が最も尊敬する人です。


「加藤さんが、具足が不足していると相談にきました。きっととうさんに直接言い辛かったのだと思います。だから、代わりにとうさんを探して伝えようと思いました」


「なるほど、わかったぞ。でも、とうさんはそんなに頼み辛いかなー」


「皆さんは、とうさんを畏怖しています。でも、殿様だからしかたがないと思います」


「ふむ、そうか。それで、あずさはどこから俺を探したんだ?」


とうさんはさすがです。

言いフリです。私が話やすくしてくれました。


「はい、木田産業の昔の社長室からです。そして……」


私は、駿河公認アイドル、ピーツインの事や、列車に乗ったこと、浜松の名女優さんの事など、全部話しました。

とうさんは、じっくり笑顔で聞いてくれました。

いけない、とうさんが、じっくり聞いてくれるから、時間をかけて全部話してしまいました。

とうさんは、本当はまだまだやることが一杯残っている、忙しい人でした。


「そうか。実はとうさんも名古屋に来たのは、あずさに頼み事があったからなんだ」


「知っています。アダマンタイトとミスリルですね」


「そうだ。でも、名古屋に来た本当の理由は……」


「まってください! 先に私に言わせてください」


「えっ!?」


とうさんが驚いた顔をします。


「私がとうさんを探した本当の理由は……」


「とうさんに会いたかったからでーす!!」

「あずさに会いたかったからだー!!」


とうさんは、さすがです。

私が何を言おうとしたのか分かって、私の声にかぶせてきました。

だから、とうさんが何を言ったか分かりませんでした。


「あははははは」


でも、何を言ったのかは分かります。

とうさんも分かったみたいです。

可笑しくって二人で笑い合いました。

私はくるりと後ろを向いてとうさんにしがみつきました。


「うん、移動はやっぱりあずさに任そうかな。ミサをクビにしよう」


「はああーっ、何を言うの! あなたがあずさは勉強があるから、テレポートで助けてくれって言ったんでしょ!」


ミサさんが怒っています。

そうだったんだ。勉強の為……。

私、ずっと勉強をしていませんでした。


「とうさん、私は大丈夫です。二日に一回、少しだけ会えたら我慢が出来ます」


「良しわかった。二日に一回と言わずもう少し会いに来よう」


「あんたは馬鹿なの、それじゃあ毎日じゃない!」


「ふふふ」


ミサさんのナイス突っ込みに二人で笑い合いました。

その位会いたいと言う事です。


「あずさ、冗談は置いておいて、あずさのことをもう少し気にかけるようにする。放置しすぎてすまなかった」


とうさんが真剣な顔をして謝ってくれます。


「ううん……」


私はクビを振りました。

あーー、すごく、とうさんにチューがしたい。

やさしいとうさんの、ほっぺにチューをしたい。

でも、無理です。


だって、ドバドバ涙が出て、鼻水が滝の様に流れています。

いくら何でも、いまチューをしたら。

チューをしたのか、鼻水を擦りつけたのか分からなくなります。


とうさんは、この状況だと、なんで俺はあずさに鼻水を擦りつけられたんだ? ってなるに決まっています。


私は、余計に悲しくなって、余計に涙が出ました。

ついでに鼻水まで余計に出て来ました。

私は、チューをあきらめてハグにしました。


「うわーーーっ、あずさーー!! 鼻水がついたーー!!!」


あらあら、とうさんに抱きついたら、服に鼻水が付いてしまいました。

こうなったらとうさんの服に全部付けてしまいましょう。

顔を離したら、鼻水が糸を引きました。

横でミサさんが腹を抱えて笑っています。


私と、とうさんなんてこんなもんです。

とうさん! だーいすき! はーと!

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