とうさんは、私の顔を無表情で見つめ、その場であぐらをかいて座りました。
名古屋城の天守は今、ガランとしています。
窓際に、観光用のコインを入れて遠くを見る双眼鏡だけが残されています。
私からすればゴミですが、とうさんは気に入っているみたいです。
その部屋のやや窓よりに座り込んでいます。
とうさんは私の表情を見て、反省していることをわかってくれたみたいです。
だったら私のする事は一つです。
ミサさんがとうさんの斜め後ろにいますが、気にしません。
今から独占します。
私はとうさんのヒザの上に座りました。
そして、上を向いてとうさんの顔を見ました。
やっぱり、少し驚いています。
なぜ驚くのですか、小さい時には、とうさんのヒザ以外に座ったことはありませんよ。
でも、私も久しぶりなのでドキドキしています。
そして、恥ずかしいです。
顔が真っ赤になるのがわかります。
「あのね、とうさん、加藤さんが……」
し、しまったー。
またやってしまいました。
大人は子供が、言い訳をする時、人の名前を言うと怒り出します。
理由も聞かないで頭ごなしに叱りつけます。「人のせいにするのではありませーーん」って、後はもう何も聞いてくれません。大人はそんなもんです。
「どうした? いいよ。続けて、続けて。全部聞くから慌てないでゆっくり聞かせてほしいな」
上を見てとうさんの顔を見ると、とうさんは赤い頬をして、笑うのを我慢しているような顔をしています。
そうでした。
とうさんがそんなことをする訳がありません。
みすぼらしい私を、大事に、大事にここまで育ててくれた人です。
私が最も尊敬する人です。
「加藤さんが、具足が不足していると相談にきました。きっととうさんに直接言い辛かったのだと思います。だから、代わりにとうさんを探して伝えようと思いました」
「なるほど、わかったぞ。でも、とうさんはそんなに頼み辛いかなー」
「皆さんは、とうさんを畏怖しています。でも、殿様だからしかたがないと思います」
「ふむ、そうか。それで、あずさはどこから俺を探したんだ?」
とうさんはさすがです。
言いフリです。私が話やすくしてくれました。
「はい、木田産業の昔の社長室からです。そして……」
私は、駿河公認アイドル、ピーツインの事や、列車に乗ったこと、浜松の名女優さんの事など、全部話しました。
とうさんは、じっくり笑顔で聞いてくれました。
いけない、とうさんが、じっくり聞いてくれるから、時間をかけて全部話してしまいました。
とうさんは、本当はまだまだやることが一杯残っている、忙しい人でした。
「そうか。実はとうさんも名古屋に来たのは、あずさに頼み事があったからなんだ」
「知っています。アダマンタイトとミスリルですね」
「そうだ。でも、名古屋に来た本当の理由は……」
「まってください! 先に私に言わせてください」
「えっ!?」
とうさんが驚いた顔をします。
「私がとうさんを探した本当の理由は……」
「とうさんに会いたかったからでーす!!」
「あずさに会いたかったからだー!!」
とうさんは、さすがです。
私が何を言おうとしたのか分かって、私の声にかぶせてきました。
だから、とうさんが何を言ったか分かりませんでした。
「あははははは」
でも、何を言ったのかは分かります。
とうさんも分かったみたいです。
可笑しくって二人で笑い合いました。
私はくるりと後ろを向いてとうさんにしがみつきました。
「うん、移動はやっぱりあずさに任そうかな。ミサをクビにしよう」
「はああーっ、何を言うの! あなたがあずさは勉強があるから、テレポートで助けてくれって言ったんでしょ!」
ミサさんが怒っています。
そうだったんだ。勉強の為……。
私、ずっと勉強をしていませんでした。
「とうさん、私は大丈夫です。二日に一回、少しだけ会えたら我慢が出来ます」
「良しわかった。二日に一回と言わずもう少し会いに来よう」
「あんたは馬鹿なの、それじゃあ毎日じゃない!」
「ふふふ」
ミサさんのナイス突っ込みに二人で笑い合いました。
その位会いたいと言う事です。
「あずさ、冗談は置いておいて、あずさのことをもう少し気にかけるようにする。放置しすぎてすまなかった」
とうさんが真剣な顔をして謝ってくれます。
「ううん……」
私はクビを振りました。
あーー、すごく、とうさんにチューがしたい。
やさしいとうさんの、ほっぺにチューをしたい。
でも、無理です。
だって、ドバドバ涙が出て、鼻水が滝の様に流れています。
いくら何でも、いまチューをしたら。
チューをしたのか、鼻水を擦りつけたのか分からなくなります。
とうさんは、この状況だと、なんで俺はあずさに鼻水を擦りつけられたんだ? ってなるに決まっています。
私は、余計に悲しくなって、余計に涙が出ました。
ついでに鼻水まで余計に出て来ました。
私は、チューをあきらめてハグにしました。
「うわーーーっ、あずさーー!! 鼻水がついたーー!!!」
あらあら、とうさんに抱きついたら、服に鼻水が付いてしまいました。
こうなったらとうさんの服に全部付けてしまいましょう。
顔を離したら、鼻水が糸を引きました。
横でミサさんが腹を抱えて笑っています。
私と、とうさんなんてこんなもんです。
とうさん! だーいすき! はーと!