独眼竜は笑いながら、しかし、注意深く俺の動きを見ている。
どうやら、格闘技を経験しているようだ。
俺はド素人だから、構えなんて分からない。
独眼竜は左手を前に出し、右手で首のあたりを守っている。
俺はゆっくり歩き、相手から二歩ほどの所で、一気に下にしゃがみ、視線を外し、スピードを上げて体を構えの間に入れて、胸当てをつかんだ。
「な、なにっ!!」
独眼竜が俺を見失った様だ。
そのまま、独眼竜の体を真上に上げて、胸当てをつかんだまま地面に投げた。
だが、このまま地面に叩き付けると大けがをする。
地面の手前で、ピタリと止めて、優しくコロンと地面に転がした。
「ふむ、少しハンデが無いと駄目かもなあ。ほらよ!」
どうやら、素手では少し速く動ける分、俺に分があるようだ。
俺は、地ベタに落ちている治安隊の、隊員の棒を独眼竜に蹴って前に転がした。
「くそう! 吠え面をかくなよ! 俺は剣道二段だ。棒を持てば三倍は強くなる」
「な、なにー!! そう言うことは先に言えー! 棒は無しだー!」
ちょっと余裕を持ちすぎた。
剣道有段者に棒を渡すなんて、鬼に金棒を渡すような物だ。
「きえぇぇぇーー!!」
上段に振りかぶると、打ち下ろしてきた。
俺は無しだと言ったのにーー。
あれ、おかしい。すげーゆっくりに見える。
これが、今の俺の動体視力か。
本当に止まって見える。
笑えるほどゆっくりの棒を、両手の平で挟んだ。
真剣白刃取りの要領だ。
「嘘だろうーー!!」
独眼竜が驚いている。
眼帯には、わかりにくいがちゃんと穴が空いていて、両目で俺のヘルメットの中の顔を見ようとしている。
まあスモークで見えないけどね。
俺は棒を握るとまた独眼竜の体を持ち上げて、地面に投げる。だが、地面の手前で、ピタリと止めて、優しくコロンと転がした。
「ふむ、これでもハンデが足りないか」
俺は、袖の内側から出していると、思えるように剣を出した。
それを、独眼竜の足下に投げた。
そして俺は短刀を手にして、それを抜き、鞘を投げ捨てた。
「はあーっはっはっーー!! 貴様の負けだー!」
独眼竜が、勝ちを確信したようだ。
くそう、剣にはさらに自信があるというのか。
「な、なんだと!」
「ふふふ、勝つ者が何ゆえに鞘を捨てたのだ?」
そ、そんな理由かよー。
頭にきたので、短刀も投げ捨てた。
「なめるなーー!!」
独眼竜が不意をついて斜め下から切り上げてきた。
うん、やっぱり止まって見える。
切っ先を人差し指と、中指で挟んで止めた。
「ぎゃあああぁああああーーーーー!!!!」
すげーー悲鳴だ。
どこかを痛めたようだ。
まあ、こんしんの力で切り上げたのだから、それが思わぬ所で止められれば、手を痛めるだろう。悪ければ指を骨折するかもしれない。
「手がーー!! 手がーー!!」
なんか、あのアニメの「目がー! 目がー!」みたいになっている。
転がって痛がっている独眼竜の頭を踏みつけて、今は俺の手にある剣を独眼竜の鼻先の地面に突き刺した。
「まだやりますか?」
丁寧に聞いてやった。
「お、お見それ致しました」
「まあ、良かろう! ついてまいれ!!」
あー、いかん! まるで時代劇だ。
まいれってなんだよ。
独眼竜が鎧なんかつけてくるからだよ。
俺は、独眼竜を引き連れて、二階の社長室に入った。
「うおーーー、ミサ殿ーー!! いつ見てもお美しいーー!!」
部屋に入るなり、ミサかよー。
「まあ」
ミサが体をしならせて、頬を赤くしている。
くそう、普通の男はなんでこうも上手に、女性を褒めるんだ。
俺なんか、女性にくせえし、汚えしか言ったことがねえ。
はーー、ミサに嫌われているとしか思えねえ。
俺は情けない表情でヘルメットを取った。
「うわああーーー!! 大殿ーーではなく大山殿ーー!!」
独眼竜が平伏した。
「な、なんだって!! あの伊達の殿様が平伏をした!!」
熊田が驚いている。
「き、貴様達は何をしている。控えろ、控えろ」
独眼竜がそう言って手の平を下に振った。
熊田とその手下はあわてて平伏した。
「はあぁーはっはっ。どうでい、正男。兄弟の強さわ」
「うおおお、げ、ゲン殿! 無茶苦茶です。陸奥最強をほしいままにしてきたこの俺が、子供扱いです。恐れ入りました」
ゲンの存在に気が付いていなかったようだ。
「お三人が、なぜこのような所に?」
「おい! どこに目を付けている。四人だ!!」
俺がそう言ったら。
シュラが俺の手に抱きついて来た。
シュラが自分の意志で勝手に動くのは初めての事だ。
まるで、本当の娘のように感じる。
意思のある人間にしか感じられない。そして美しくてかわいい。
「はっ、も、申し訳ありません!!」
「はー、兄弟のこういうところだ。兄弟にはかなわねえや」
ゲンが、小声で何か言っている。
だが、シュラがかわいすぎて、耳に入らなかった。
「あのー、何故ここに?」
「うむ、土日の祭りの為だ」
「はっ?」
「正男、わからんのか。このまま祭りをすれば、スリや泥棒、強盗、果ては誘拐まで起るだろう。ちいと治安が悪すぎる。伊達家の殿様は治安の為に働く兄弟に喧嘩を売る始末だ」
「う、も、申し訳ありません!」
伊達の殿様が、ひざまずいたまま、また頭を下げた。
「ひとまず、立ってくれ。そこの椅子に座ってくれ」
俺は、ひざまずく殿様をソファーに座るように薦めた。
「兄弟、熊公の腕を治してやってくれ」
「ああ、そうか」
そう言えば、熊田の腕がゲンに外されたままだ。
俺は熊田の橫へ行き、外れている腕をグイッと持ち上げた。
「ぎゃあああああああああああああああーーーーーーー!!」
聞いた事も無いような悲鳴が上がった。
「兄弟、腕の関節を治療したことがあるのか」
「いや! 無い!」
「はははは」
ゲンが表情を変えないまま笑った。
「いでぇーーー!! いでぇーーーー!!」
熊田が苦しんでいる。
「兄弟、魔法で治さねえと」
あっ、そうか、そういうことか。
ド素人が、外れている腕を動かしても、痛いだけのようだ。
ゲンの言う通り、腕が治るように念を込めて魔力を放出した。