早朝まだ暗いうちに、名古屋城の城門を出ようとこっそり向っている。
あずさやアドに気付かれないようにするのは一苦労だ。
紺のトレーナーとGパン、ネズミ色のパーカー、頭には黒いオカッパのカツラ、帽子もかぶった。背中にバックパックを背負った。
名前は十田十と書いて、トダシュウとしよう。
門を出ると。
「とうさん」
「うおっ!!」
なんだか、大勢が待ち構えていた。
「あずさ、何でわかった?」
「はぁーーっ、全くとうさんはー、昨日柳川さんに、最後にスザクをステルスモードで西に飛ばし、物資を回収させて欲しいって言っていたでしょ。最後ってそういうことじゃないですか。バレバレです」
「バレバレかー」
「とうさん気をつけて行って来てください」
「ニャーー」
あずさが背中にしがみついてきた。そして足下にアドが抱きついている。
「また、すごい格好ねー。豚ポーですか」
「ミサー、豚とキンポーをまぜるんじゃねえ。そこは普通に豚ゴンでいいだろー」
俺は、ブルースリーのまねをした。
「じゃあ、行ってくる」
全員がさよならのあいさつと、手を振ってくれた。
あずさはとてもついて来たそうな顔をしているが、今回は絶対に無理だ。
ハルラに遭遇し、ふたたび殺されでもしたら、俺の精神が持たない。
わがままで、情けない俺を許してくれ。
後ろ髪を引かれながら名古屋城を後にした。
最初に南に向い、国道一号を目指す。
国道一号にぶつかったら、西に向う。
蟹江を過ぎると、弥富に入る。
弥富と言えば金魚が有名だ。
俺は金魚見たさに、国道一号線沿いの金魚屋の看板を見つけ寄って見ようと思った。
「おい、あんた! 何処へ行く?」
俺の行動が不審に見えたのか、呼び止められた。
呼び止めたのは、腰に剣を刺した尾張治安隊の男四人だ。
今の俺は、尾張では有名な黄色いジャージの大田大ではない。
どうしたものか。
「あのー、俺ですか?」
「そうだ」
「ちょっと、そこの金魚屋さんへ」
「き、きんぎょーー!! ぎゃーはっはっはー!! もう一匹もいないぞ、全部食われてしまった」
「く、食われたー?」
そうか、食糧不足で金魚まで食ってしまったのか。
それでも、俺は店の近くまで行き、中をのぞいて見た。
金魚がいたであろう形跡はあるのだが、もうどこにも水が入っていなかった。ただの廃墟のようだ。
四人が俺を囲むように集って来た。
「なっ、言った通りだろう」
「そ、そうですね」
「しかし、あんた変わっているねー。こんな時に金魚なんて」
「あ、あやしい者ではありません。ただのデブのオタクです」
「うむ、それは見れば分かる。呼び止めてすまなかった」
見れば分かるって……。どういうこと?
四人は、俺に不審な所がないとみて開放してくれるようだ。
まあ、オタクなんて奴は、だいたい人畜無害だ。
国道一号線はすでに人の往来がある。
皆、一心不乱に先を目指して歩いている。
俺みたいに、道から外れる人はいない。
と言うことで目を付けられたのだろう。
いろいろ迷惑をかける、今後は気をつけよう。
先に進むと木曽川が見えてきた、木曽川を越えると長良川、そして桑名だ。
桑名城は今、浜松の本多家が入っている。
尾張尾野上隊はすでに鈴鹿まで部隊をすすめていると聞いている。
ゆっくりしすぎたので、すでにあたりは薄暗くなってしまった。
桑名で宿屋を探し一泊することにした。
「あのー?」
翌朝、宿を出ると見知らぬ四人の男女に呼び止められた。
「俺ですか?」
「はい。どちらまで?」
「そうですねーー。お伊勢さんまでお参りに」
俺はとっさにこう言ってしまった。
いきなり大阪と言ってしまうと『何しに?』とか言われそうで、面倒なのでそう答えてしまった。
「まあっ、まあっ、まあまあ」
「?」
「私達と同じですわ」
「あなた方もお伊勢さんに行かれるのですか?」
「はい」
四人は、美人姉妹のような二人と、その護衛といったところだろうか。
美女二人は、結構高そうな服を着ている。高貴なお方なのだろうか。
護衛は、一人が美形の細身の男、もう一人は体のごつい筋肉質の男だ。
顔はあのマッチョの映画スター、アーノルドのようだ。
二人とも女にもてそうだ。
俺とは住む世界が違う男達だろうな。
だが、美女二人の護衛としては、不向きに感じる。
ひょっとすると二組のカップルかもしれない。
それなら、楽しい道中。俺に声をかける意味がわからない。
「女性がお伊勢さんとは、危険ではありませんか」
「うふふ、だから、護衛をつけているのです」
やっぱり護衛のようだ。
「護衛といっても二人では心もとないのでは?」
「うふふ、一人で、寂しそうに歩いている方に言われたくありませんわ」
そうなのか?
俺は寂しそうに歩いていたのか。
そうかもしれないな。
一人旅など久しぶりだから。
この美女は、寂しそうなオタクのデブに声をかけてくれたのか。
天使のような人だなあ。
でも、良く見ると笑った時のしわが深い、歳は三十なかば位か。
もう一人の美女は、それよりずいぶん若そうだ。
二十歳前後か。
まさか親子なのか。
だとすれば、恐るべき美女親子だなー。
「こう見えても、中国拳法の達人なのです。人呼んで豚ゴンです」
俺は、ブルースリーのまねをして見せた。
燃えよドラゴンや、死亡遊戯をVHSがすり切れるくらい見たものだ。
ヌンチャクもまねをして、たんこぶを作った事が思い出される。
「うふふ、面白いお方」
ぎゃーー、て、天使かよー。笑顔がかわいすぎる。そして美し過ぎる。さらに優しそうだーー。
ほれてしまうだろーー!!!!
なんてね。経験不足のオタクならそうなるのだろうが、俺は経験豊富なデブ不細工オタクだ。
からかわれていることは、充分ご承知です。
あーあー、好きでこんな醜い豚顔に生まれた訳じゃねーんだけどなー。
はぁーつらいぜ。