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0164 羽柴軍の動向

「さびーー!! くそー、昼は汗をかくほど暑いのに夜はさびーじゃねーか!」


ボサボサの髪に少し出っ歯でネズミとも猿とも言えるような顔、目の下に大きなくま、ボロボロの服を着た小男がぼやいている。

秋もここまで深まると、もう冬のように寒い夜もある。

夜と言っても、まだ六時前。だが、あたりはすっかり闇に包まれている。


「こんな所に、このような粗末なテントでは当然のことです」


テントの入り口から、足が悪いのか足を引きずりながら男が入ってきた。

その男もボロボロの服を着て、人相が悪く、片目を黒い布で覆っている。


「こんな所とか言うんじゃねえよ。ここは安土城の跡地だ。男の夢の聖地なんだよ」


「まさか、この場所にしたかったのですか?」


テントは安土城跡の南側にある駐車場に作られている。


「まあな。しかし、全く動けん。官兵衛、お前軍師だろ、策を出せ!!」


男は少し照れているのか頬が赤くなっている。

男達の軍は塹壕を掘り、にらみ合いとなっている。

銃弾が充分にあれば、機関銃を撃ちっぱなしにして突撃をすれば、すぐにかたがつきそうなものだが、どちらの軍も銃弾が乏しいらしく、弾の節約をしながらの、みみっちい戦いとなっている。


しかも、銃以外の武器は、短刀もしくは、金属の棒というお粗末な物だ。

戦いはこうちゃくするしかなかった。


「ふふふ、策と言われましても銃弾も無い、食糧も無い、おまけに兵士は、戦闘経験も無い素人ばかりですからね。無理です。前線が維持されているだけでも奇跡です」


「まるで、敗戦間近の日本兵のような感じだな」


「条件は似ていますが、士気が違いますな。あの当時の日本人は何故あのように士気が高かったのでしょうか」





「殿ーー!!」


ネズミとも猿ともいえる小男のテントに、青年が叫びながら入ってきた。


「やかましい、長政! 声がでけーんだよ。なにがあった、ちゅーんだよ!」


「はっ! 美濃から陣中見舞いが届きました」


「はぁーー、美濃?」


「はい、美濃斎藤家より米が届きました」


「はあー、斎藤? 美濃は榎本家じゃねえのか」


「はい、私もそう思いましたので聞いたところ、改名したと言っていました」


「なに、して名は何と?」


「はい、さいとうさんとしたようです」


「ボケーー、名を聞いているのだ」


「で、ですから。斎藤三と書いてさいとうさん、ですから名はさんです」


青年が紙に文字で書いて見せた。


「名乗るのに恐れ多くて道を抜いた訳か。なるほど、龍の字を入れなかったと言う訳か」


「それが何か?」


青年は、龍の文字の意味がわからなかったようだ。

龍の文字とは、斎藤義龍、斎藤龍興の事を意味する。

すなわち、織田家を敵対視した道三の息子と孫を意味するのである。

これを用いたのならば、織田を敵対視する事を暗に示し、道三の方を使用したという事は親織田家を示すのだ。


小男は、斎藤三の心を読み解き、陣中見舞いを受け取ることを決めたようだ。


「いやいい。それより、その量は?」


「はい、五十トンほどです」


「五十トン!? この食糧不足の中でかなりの量じゃないか。あいさつをしたい、代表者を呼んでくれ」


「はっ」




「名は何と言う」


呼び出された男はテントに入り、小男に頭を下げている。


「不破と申します」


「なるほどな。何か礼がしたいが、俺の実力では、大殿に同盟の打診ぐらいしか出来ないのだが、それでよろしいかな」


「さすがは羽柴様、よき報告を持ち帰れます」


ネズミとも猿とも言えるような小男の名は羽柴というらしい。

斎藤三の希望するところを先読みし、それを陣中見舞いの礼とするようだ。

一円もかからない上に、羽柴軍に取っても好都合な条件である。

この同盟は、成立する事は間違いないだろう。


「期間は六ヶ月とお伝え下さい」


先程、大殿に打診すると言っておきながら、すでに同盟が成立したように言っている。


「はっ!」


不破は深々と頭を下げるとテントを出て行った。




「ふふふ、官兵衛、食糧の方からやって来たぞ」


食糧を手に入れ羽柴は上機嫌になっている。


「ふむ、ですが。まだ足りない物の方が多いかと」


「殿ーー!!」


また先程の青年が大声を出して、テントに入ってきた。


「やかましい、長政! 声がでけーんだよ。なにがあったちゅーんだよ!」


「はっ、越中において柴田軍勝利にございます」


「なにっ、上杉謙信はあの柴田に負けるほど弱いのか」


「いえ、敵は木田家と言っていました」


「なるほど、木田が弱いのか。で、柴田軍の被害は?」


「はっ、負傷者は多数あれど、死者はゼロです。柴田様は肋骨を五本折る重傷です」


「なっ、柴田が負傷だとー。あの鬼柴田が……」


「木田と言うのはいったい、つえーのか、よえーのか、よくわからんなー」


「その勝利をもって、柴田軍は越中を領地とし木田家との間に、六ヶ月の停戦を結びました」


「うむ、それで」


「はい。大殿の命により、柴田軍前田様が兵三千と共に援軍に来られるそうです」


「官兵衛、兵も武器もそろったぞ」


「ひひひ、前田様の到着を待ち、全軍でまいりましょう。ひひっ! 兵を小出しにするのは愚策、全軍をもって新政府軍を壊滅させましょうぞ」


羽柴の敵はハルラの軍で、ハルラの軍は新政府軍を名乗っているようだ。

この後、羽柴軍は快進撃をする。

それは、新政府軍の主力が、四国、摂津方面に向っている為に、留守をまもっているのが弱兵だったおかげであった。

羽柴は強運の持ち主なのかもしれない。


だが、ハルラ率いる新政府軍は反撃を目指しすでに動き始めていた。

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