まだ相良軍には二千人くらいは戦える人が残っているようですが、もはや立ち上がる人はいません。
それだけ殿様が捕まるのは大変な事なのですね。
そう言えば大昔、桶狭間の戦いで今川軍二万に対して織田軍三千のいくさも、今川の殿様が殺されて、織田軍の大勝利になりました。
殿様が殺されても、戦えばいいのにと思いましたが、そうはいかないものなのですね。
捕らえられた、相楽様、赤池様、深水様は正座をしてうつむいています。
観念したそんな感じです。
「報告します」
敵の被害状況を調べてきた物見の兵が戻ってきました。
「うむ、申せ!!」
義弘様はすぐに言いました。
「はっ! 深水隊二百五十六名戦死、その他に死者はありません」
「うおおおーーー!! しまったーーーー!!!!」
安東常久様は天を仰ぎ絶叫しました。
そして、ひざから崩れ落ちました。
「これは、また、大殿が悲しまれますな」
真田信繁様が冷静に感情を乗せず言いました。
「な、何を言っているのだ。お、お前達は!?」
相楽様が顔を上げて、驚きの表情で言いました。
「おぬしは、馬鹿なのか。俺は敵兵を殺したのだぞ。大変な事をしてしまったーー!! くそう!! つい力が入ってしまった。俺は罰せられるのかーー!!」
安東常久様は悲痛な面持ちでいいました。
「ば、馬鹿は、お前だ常久!! 戦争で敵を殺すのは手柄だ。なんで罰せられるのだ。だいたい桃井とか言う女忍者!! わしを捕らえておきながら何で嫌そうなんだ。一番手柄だろうがー!!」
相楽様になんだか元気が戻っています。
「忍者とは、しのぶもの。一番手柄など目立つ行為はしてはなりません。だから、そういう事はさせられたく無いのですわ」
「はあぁーーっ!! まてまて、おかしい、おかしい。お前達はおかしいぞ。義弘! 島津はいったいどうなっとるんだ」
「ふふふっ相楽様も、もうご存じだとは思いますが、島津様は木田家の一員となりました」
真田様が言います。
「そうじゃ。木田家になったからには、不殺をもって尊しとするじゃ」
安東様、少しちがいます。「最上とす」です。まあ意味が同じですから訂正はしませんけど。
「なに? それは、戦争でもか?」
「戦争だからこそです。大殿は日本人を出来るだけ多く救いたい、そう考えているのです」
私は、我慢出来ずに言ってしまいました。
大殿の事となると、しのんでいられなくなるのは悪い癖です。
「では、常久は二百五十人以上も殺したのだから死刑だな。ひひひ」
相良様は勝ち誇った顔をして、安東常久様を見ました。
意地が悪いです。
「くぅぅっ!!」
常久様は悲痛な声を漏らしました。
「はははは、その様な事はございません。常久殿安心してください。『不殺をもって最上とす』は、最上であり絶対に殺すなではありません。ただ、『住民は絶対殺すな』です。住民を殺したらどんな罰が有るかわかりませんが、敵兵を殺すのは罪には問われません」
真田様が言いました。
かつて、真田様も敵兵を皆殺しにした事があります。
言葉の重みが違いますね。
「そ、そうか……」
安東様がほっとしています。
「ただ……」
常久様のほっとした顔を見て、意地悪く真田様が意味深に言いました。
「うおーーっ! た、ただ……なんじゃ! 気になる。気になるぞーー!! 教えてくれー!」
「ただ……、大殿のおぼえは良くありませんな」
「ダメじゃねえかー!! 一番ダメじゃねえかー!! なんたることだーー!!」
常久様が天を仰いで絶叫しました。
「聞かせてくれ、木田の大殿様とはどんなお方なのだ?」
おかげで、相良様が大殿に興味を持ってくれたようです。
「ふふふ、至高のお方じゃ!!」
「ふふふふ、至高のお方です!!」
「ふふふ、至高のお方だ!!」
皆の声がそろいました。
「馬鹿なのかお前達は、それじゃあ全くわからんだろうが! 揃いも揃って、馬鹿ぞろいかー!! 俺はこんな馬鹿共に負けたのか! くそー!! もっと具体的に教えないかー!?」
「では、桃井さん説明してやってくれ!!」
義弘様は、私を指名してくださいました。
えっ? なんで?
まあ、いいですけどね。
「そうですね。では、お聞きします。相良様がもし天下人になったらどうなされますか?」
「そんなもん決まっている。滅茶苦茶美人で、おっぱいのでかいねーちゃんを、日本中から集めてはべらし、日本中からうまいものを集めて毎日贅沢をして暮らす」
うわあーっ! ある意味正直でいいですけど、煩悩丸出しで最低です。
赤池様と深水様が下を向きましたよ。
「うふふ、木田の大殿は日本を統一されたのならば、すみやかに民主主義にすると言っておられます。そして自分は産業廃棄物処理の会社に戻るといっておられます」
「な、なんだと! 欲望はないのか!!」
相良様は驚いた顔をして、大きく目を見開いて私を見てきます。
私は無言で首を振りました。そして続けます。
「それなのに、日本人の為と言って、あれもしなくては、これもしなくてはと夜、寝る事も忘れて行動しています」
「ははは、それは、大げさであろう」
それには、真田様も首を振ってくださいました。
本当に、私は大殿が眠っている姿を見た事がありません。
「今も、日本人の服の心配をして、綿花や羊毛の調査に出かけています」
「な、何だと。俺達がどう敵を倒すのかしか考えていないときに、そんな事を……」
「そうですよ。木田家では食糧はすでに確保出来ています。今では、味噌や醤油、砂糖、ミルク、牛肉、マヨネーズ、ケチャップ、お酒に、ワインなんかも、めどが立ってきました。それだけではありません。鉄道の整備は終わり木田領内では開通しています。無料で利用可能ですよ。便利になりました。学校は名古屋と東京で始まりました」
「な、何だと!! そこまで……!! そこまで日本の事を考えているのか!」
「大殿は戦争がしたくないのですよ。出来れば皆が協力して一つになって、民主主義の復活がしたいだけなのです。もう、一人も日本人が無駄死にしてほしく無いのです」
「本当なのか? いや、そうかそれで新政府軍のように無駄に攻めてこないのか。九州の事は九州で自主的に協力し合えということだったのか。……だが、まて、そんなことで、おれは騙されんぞ。そんな事を言ってどうせ、権力を使っておっぱいのでかい美女と楽しんでいるに違いない。なっ! そうだろう!?」
私は悲しげな表情で首を振りました。
「大殿はそう思われるのがきっと嫌なのでしょう。美女はおろか、私程度の女にさえ指一本触れません。それどころかお金だってビタ一文自分のために使っていません。まさに清廉潔白を絵に描いたようなお方です」
「ほ、本当なのか?」
目からうろこが落ちたような表情で私を見つめてきます。
「はい、本当です。私程度ならよろこんでお相手しますのに……」
「まさか、桃井さんあんたは大殿が好きなのか?」
「はあーーっ! なにゃ、ななな、なにゃを言っているのですかーー。どうしたらそうにゃるのですかーーーー!!!!」
なんで、わかるのーー!!!!
「なるほどなあ、桃井さんほどの女が言い寄っても、関心を示さないのか。それじゃあ、おっぱい美人をはべらせていないのは本当のようだな」
「ですから、わた、私は言い寄ってなどいませんからーー!!」
「なるほどなあ、すごいお方の様だ。聞いていると大殿の関心はすでに先にあるのかもしれないなあ」
「うふふ。大殿は私達の考える先をすでに手を打っておられます」
「なに?」
「ふふ、大陸に部隊を送って日本の次は世界を救うおつもりですよ」
「な、なんと。ふふふ、それじゃあ、産業廃棄物屋のおやじは夢のまた夢ではないか」
「そうですね」
「お前達は知っているのか?」
島津様も安東様も真田様もうなずきました。
「ははは、俺はこんな惨めな気持ちになったのは初めてだ。私利私欲に目がくらんでいた。本当になさけないはなしだ」
「桃井さん、三人の拘束を解いてやってくれ」
私は、義弘様に言われるまま、相楽様と赤池様と深水様の拘束を解きました。