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0328 美しい礼

圧倒的な強さを見せつけた、謙之信とスケさん、カクさんの声を聞くと逆らう者は無く次々静かになっていく。

静かにしない者がいると、肝属家の部隊長が頭をはたいて静かにさせていく。

肝属家重臣の薬丸まで「静まれーー!!」といいだした。

もはや、敵も味方も無い感じになっている。


全員が静かになればいよいよ久美子さんの名乗りだろう。

きっと「島津家、島津家久の娘、島津久美子様にあらせられるぞー」って始まるのだろう。


山の頂上の展望台の前は、かがり火の燃える音だけになり、全員の目が三人の青い勇者に集中した。

全員が静まり視線が全て自分に集ったのを確認すると、スケさんが大きな声で言った。


「皆の者―! こちらにおわすお方をどなたと心得る」


――きたーー!!


「こちらにおわすお方こそ、今や薩摩島津家をも傘下に加えられた、東日本の雄! 関東木田家の木田とう様にあらせられるぞ!! 一同の者頭がたかいーーい!! ひかえおろうーー!!!!」


って、俺かよー。

違うよー、違う、違う、スケさん、あーあー。やっちまったなあ。

久美子さんで良いでしょここは。

俺は、見るのは好きだけど、やるのはいやなんだよなあ。

こんなの誰がやり出したんだよ。まったくよー。


「えーーっ!!!!」


久遠さんが俺の背中で、何センチか体が浮いた。

そして、俺の背中から飛び降りると、地べたにひざまずいて震えている。


「な、なんだと。関東木田家の、木田の大殿!!!!!! はっははあぁぁぁーーーー!!!!!!!!」


肝属家の兵士達がひざまずきひれ伏した。


「な、ななな、なんだと、木田の大殿だと!! うおおおぉぉぉーーーー!!!!!」


兼続が慌てて降りてくる。

どうやら、木田家の名は九州でもそれなりに有名なようだ。


「大殿、こちらへ」


スケさんが、展望台の前の一段高い場所を手のひらで示した。


「久遠さん、貴方はすでに木田家の人間です。どうぞお立ち下さい」


「……」


俺がひれ伏して震えている久遠さんに優しく声をかける。

だが、久遠さんは激しく首を振るばかりで動こうとしない。


「しかたがないなあ、またおんぶしないと動けないのかな?」


「……!? い、いいえ。立てます」


俺が手を出すと、その手につかまってフラフラと立ち上がった。


「気をつけて下さい」


「はい。あの……、八兵衛さんが木田の大殿なのですか?」


「隠していてすみません。そうです」


この間に、木田家御一行様は、展望台前の一段高いところに勢揃いしている。

ひれ伏す兼続の横を通り、スケさんとカクさんの間に収まった。

今回は俺の横には手をつないだままの久遠さんが立っている。

手はギュッと握ったまま離せない。離すと久遠さんが崩れ落ちそうな、そんな弱々しさがあるからだ。


俺は一つ大きく息を吸うと、肝属家の郎党が全員ひれ伏した姿を見下ろした。


「さて、兼続」


「はっ!!」


「関所で役人が山賊行為とは、どう申し開きする」


俺の質問に少し目を泳がせたが腹が決まったのか、ふてくされた顔になって、あぐらをかいた。


「やれやれだぜ。ふふふ、くそ馬鹿馬鹿しい。こんな茶番に付き合えるかよ!!」


兼続が鼻くそをほじりながら答えた。


「な、なにーーっ!! 大殿の御前だぞ!! 口の利き方に気をつけろ!!」


スケさんが叫んだ。その目が血走っている。

今にも殴りかかりそうだ。


「けっ! 肝属家では領内に入ったものは全部俺の物だ。それを、どうしようと他家にどうのこうの言われる筋合いはねえ!! だいたいよう、その豚がどこをどうみたら木田の大殿なんだよ! どう見たって養豚場から逃げ出した豚じゃねえか!」


「ふふふ!! よくぞ言いましたね。カノンいきますよ」


「はい!」


響子さんが言うと、カノンちゃんが返事をして俺の横に来た。

二人は俺の両横に立つと、久遠さんの手と俺の手を引き離し、ジャージのズボンの中に手を入れた。


――な、なになに!? 何をする気だーー!!


二人は俺のジャージをずるっとひざまで下げた。


――えーーっ!! 皆の見ている前で何すんのーー!!


ひざまで下げた状態で、二人は俺の体をくるっと反転させた。


「おおおおっ!!!!」


それを見て兼続が大声を出した。


「この激豚が目に入らぬかーーーーーーーーー!!!!!!」


カノンちゃんのカノン砲が炸裂した。

天然のハウリングが、耳の中でキーーーーンとなっている。

俺、カノンちゃんの真横だからね。

最初にジャージに手を入れたのは、俺のパンツの上をつかんでズレ落ちないようにするためだった。

ズレ落ちたら、全部丸出しだからね。優しい心遣いだったようです。


「うおーーーっ!!! あ、あれが噂に聞く木田の大殿の激豚パンツか。かっこいいじゃねえか! デザインが超かっこいい、色使いも良い、完璧なパンツだ!!」


「おお、兼続!! この激豚パンツの良さがわかるのか?」


「わかりますとも、すばらしいパンツですな!!」


「おおーー! 心の友よ!! このパンツの良さがわかる奴に会えるとは、九州にきてよかった……あっ痛ーー!」


俺は、うれしすぎて、我を忘れて兼続に駆寄ろうとした。

だがジャージのズボンが、ひざまで降りていたので段差でこけて転んでしまった。

しかも。勢いが強すぎて二回転、三回転と回転して兼続の前まで転がってしまった。

顔を上げると、くったく無く笑う兼続の顔がすぐ前にあった。

俺はズボンを直すと、兼続の背中を数回平手でたたいて、展望台の前に戻り真面目な顔をした。


「兼続! 俺は、権力者の横暴は許せない。たまたま、皆のおかげでこんな高い場所にいるが、元々は俺も底辺の弱者だ。こんな世界だから、権力者が弱い者を守らねえとな。弱者は生きていけねえ。わかるだろ」


「……」


兼続は、俺の「心の友よ!!」が効いているのか、否定はしなかった。


「本当は打ち首獄門にしようと思っていたが、心の友にそんな事はできねえ。そうだなあ、肝属家は一度薩摩島津家の下でやり直しちゃあくれねえか」


「断れば……?」


兼続は無表情で俺の目を真っ直ぐ見て言った。


「……断るのか?」


俺はニヤリと笑ってそれに答えた。


「わ、わかり……」


兼続が言おうとするのを、さえぎるように俺は言った。


「ただし、ふたたび山賊のようなまねをすれば、いくら心の友でも厳罰を覚悟してくれ」


「……」


兼続は、姿勢を正し見事な美しい礼をした。

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