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0320 そこは胸です

「あいつらが、来る前に報告があるニャ」


アドは、宿舎から出て来て眠そうにしている、薄着のミサを見て言った。


「ほう、興味深いな。最新情報というわけだな」


「二つあるけど、どっちも中途半端ニャ。いと、にが有るけど、どっちから先がいいニャ?」


「じゃあ、い、から頼むかな」


「では、私から報告します」


姿を消していた、古賀忍軍い組の組頭桃井さんが姿を見せた。

なるほどそれで、い、か。


「組頭みずからとは、それほど重要なのですか?」


「はい。筑前の戦いで、安東常久様の奥方様とお嬢様を救出いたしました」


「そっ、それは、中途半端ではなく、素晴らしい報告じゃ無いですか!!」


「きゃああああーーー!!!!!」


――あっ! やべーー!!


つい、うれしくて桃井さんを抱きしめてしまった。

しかし、そんなに大声を出して拒絶しなくてもいいのになあ。

確かに豚顔でデブな、どこを取っても醜いオタクのおっさんですが、そこまで拒絶されると傷つくなあ。


「それはセクハラにゃ!!」


「桃井さんすみません。ついうれしすぎて、しでかしました。反省しています」


「い、いいえ。うれしすぎて……いえ、私こそ驚きすぎました。申し訳ありません」


桃井さんは、赤い顔をして恥ずかしそうにしている。


「でも、それなら良い知らせではありませんか、中途半端というのはどういうことですか?」


「はい。お嬢様の旦那様と、その息子様、常久様から見ればお孫さんをお救いできませんでした」


「なるほど、男はその場で処刑されますから……そうですか」


どうやら、奥さんと娘さんを広島へ送られる途中で救い出してくれたようだ。

きっと、少人数だったはずだから救出は、とてつもなく大変だったはずだ。


「申し訳ありません」


にもかかわらず、暗い顔で頭を下げている。


「謝らないで下さい。よくやって下さいました。俺は桃井さんの優秀さに心から感謝しています。桃井さんで無ければ救出だって難しかったはずです。きっと常久殿も喜ぶ事でしょう。アド、この事は常久殿には伝えたのですか?」


「もう、引き合わせたニャ」


「うん、さすがはアドだ」


俺は桃井さんの代わりに、アドを抱きしめて頭を撫でた。

アドが目を細めてうれしそうにしている。

その状態で、桃井さんを見て笑顔でうなずいた。

何だか桃井さんが、手を前に出して指がワキワキ動いている。

え、どうゆうこと?


「赤穂、次はお前ニャ」


「はっ」


古賀忍軍に組の組頭赤穂さんが姿を現した。

そのかわりに桃井さんが姿を消した。


「北海道に新たに独立国が誕生しました」


「何だって! いったいどこに」


「はい。函館五稜郭です。首相は榎本武揚を名のっています。陸軍大臣は土方歳三を名のっています」


「なるほど、新たな国の出現は厄介だが、これで北海道は三国鼎立時代に突入したと言う事か」


「はい」


「そうですか、悪いような、良いような、微妙な話ですね」


「だから、最初からそう言っているニャ」


「赤穂さん、わざわざ遠くからありがとうございます。それでゲンは何と言っていますか?」


「はい。『戦いは膠着状態になる。ここは動かず、防御に徹して農業中心で進める』と言われました」


「さすがゲンだ。人手が足りないようならアリスを優先して投入する。必要数を言って欲しいと伝えて下さい」


「はい」


赤穂さんは、赤い顔をしてうつむいた。


「そう言えば、豊久が言っていましたが、四人で四万もの北海道軍と戦ったのですか?」


「あっ! その件でしたら、私は姿を消していましたので実質は三人です」


「全くゲンは無茶をする。姿を消していたとはいえ、恐かったでしょう?」


「いいえ。その様な事は全くありませんでした」


「大殿!!!!!」


突然、後ろから声がした。

屋上に、島津四兄弟と安東常久殿が来ていた。

常久殿が薄ら涙を浮かべている。


「あっ、ありがとうございました!!」


常久殿が深々と頭を下げている。


「息子さんと、お孫さんは残念だった」


「いいえ。あの敵ばかりの中で家内と娘を助けるのは、さぞかし大変だったでしょう。察するに余りあります。感謝しかありません」


常久殿は深々と頭を下げたまま、ずっと動きを止めている。


「そう言ってもらえれば、配下も報われる思いであろう」


もういないかもしれないが、桃井さんが消えたあたりを見て、肩の有ったあたりをポンポンと叩いてみた。

あっ、なにか柔らかい物にあたった。


「……そ、そこは……胸です」


恥ずかしそうな小さな声が聞こえた。


――ぎゃあああああーーー!!


またやってしまったーー。

俺は何てことをしてしまったんだー、とんだセクハラ野郎だよーー。泣けるぜ!!


「しかし、凄いものですなー。銀色の鎧が朝日を反射して、まぶしい。肥後の戦場が思い浮かびます」


家久が目を細めて、銀色の具足を見つめている。


「こらこら、次の戦は俺が出陣する。今度は家久と歳久が留守番だ」


義弘がニヤリと笑った。


「おーーーい! いつまでそこにいるんだよーー!! そろそろいくよーー」


宿舎の前から、ミサが呼んだ。

ここに来る気は無いようだ。


「食事は終ったのかーー?」


「終ったよーー」


俺は屋上から降りると、島津久美子御一行に合流した。

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