「あ、あのー。あなた様は、いったい?」
常久殿が何かに感づいたようだ。
「ブヒブヒ」
俺は再び豚に戻った。
「……」
常久殿は、敵を作りすぎたようだ。
誰も返事をする者がいなかった。
仕方が無い、俺が説明するか。
「くすくす、仕方がありません」
「……」
俺が声を出そうとするのと同じタイミングで、久美子さんが笑顔で常久殿に近づきながら言った。
俺はすぐに口をつぐんだ。
「常久様。こちらにおわすお方を、どなたと心得えますか?」
これは、あの隠居爺のパターンのようだ。
「い、いえ、わかりもうさん」
「ふふふ、こちらにおわす方こそ、ある時はブヒブヒ豚のものまねをするただのデブ」
「ふむ」
おーーい! なんかいろいろまじっとるぞー。
「またある時は、手足を結ばれた黒豚の丸焼き」
「く、黒豚の丸焼きとな?!」
おーい、さっきから豚ばっかりだぞー。
「またあるときは、正義のヒーローアンナメーダーマン」
「アッ、アンナメーダーマン? 何じゃそれは?」
「アンナメーダーマンとは豊前にて、新政府軍五番隊をたった一人で撃退し停戦までやってのけた正義のヒーローです」
「な、なんだと。一人で新政府軍を撃退だと!」
「またあるときは、島津久美子家中十田家の使用人、八兵衛」
「使用人だと」
「しかしてその実体は、薩摩島津家を配下とした、木田家の当主、木田とう様。その人です。一同の者! 頭が高ーい!! 控えなさい!!」
そう言った久美子さんの頬が紅潮している。
ヒクヒク鼻の穴が動いている。
美人が台無しだ。
「お、おおっ」
ガタガタ椅子から降りて、木田家家中の者を除き全員が俺の前に平伏した。
常久殿とその配下が部屋に入り、俺の前で平伏した。
「あっ、あなた様が、木田の大殿!! 失礼つかまつった」
常久殿が、額を床につけて平伏している。
心なしか震えているようにも見える。
木田家の大殿は有名になったもんだなあ。
「全員席に戻って下さい。常久殿、まずは粥でも食べて下さい」
俺は、ボロボロの安東常久殿とその配下四十一人に粥を配った。
ここ数日、まともに食事をしていないと言う事ならその方がいいと思ったからだ。
「安東常久殿がその姿という事は、東筑前の防衛は失敗に終ったと考えてよろしいのでしょうか?」
「はっ」
常久殿が返事をした。
常久殿は、すでに粥を三杯空にしている。
「説明をお願いしてもよろしいですか?」
「はっ。わしは、豊前の城井家が降伏したため、筑前の前線にて雄藩連合軍五千と共に二千の配下と、新政府軍を待ち構えました」
常久殿は地図を見て、その配置を確認した。
「安」の模型を山側に少し移動した。
「敵新政府軍六番隊は、二人の隊長が指揮をしており、わしの前には辻という隊長が二千の兵士でむかってきた。辻隊は強かった。わしはそれでも互角に戦い前線を維持しておった」
「ふむ」
辻隊は新政府軍の十番隊、親衛隊だ。九州まで出張していたようだ。新政府軍の中でも精鋭中の精鋭だ。
しかも、辻隊長の強さは別格で、桜木に次ぐ実力者だ。
安東常久殿で無ければ、すぐに負けていたかもしれない。
「だが、わし以外の雄藩連合軍は、あっと言う間に撤退をしてしまった。わしは、配下と共に敵の中に取り残された」
「何だと!!」
家久が声を上げた。
「敵は全軍で安東軍を攻めてきた。わしらは、死守するしか無かった。ここで負ければ、一族はおろか住民にまで被害が及ぶ。だが、敵は強かった……」
「ふむ」
常久殿は、地図から雄藩連合の模型を立花山城の砦に移した。
残ったのは、新政府軍六番隊と七番隊、そして安東隊の模型だけだった。
「わしらの部隊は必死で六番隊と戦ったが、追い払う事は出来なかった。兵が半分になった時、撤退を開始したがすでに戻るところが無くなっていた。街は七番隊に入られて、わしの一族はすでに討ち取られていた」
「な、なんだと」
今度は義久が声を出した。
「ふふふ、わしらは七番隊に戦いを挑んだが多勢に無勢、さらに六番隊に後ろから襲われ挟み撃ちにあった。玉砕を覚悟したが、部下から落ちのびて復讐をしてくれと懇願されてのう。こうして生き恥をさらしているというわけだ。わしらが撤退をしてから六日は立っている。すでに筑前は落ちているかもしれないのう」
「なるほど良くわかりました」
「お、大殿。ここで会ったのもなにかの縁、この安東常久! 配下の末席にお加え下され」
「うーーむ。それは、やめた方がいいなあ」
「なっ、何故でございますか?」
「うむ、俺の配下になれば常久殿の復讐は、かなえる事が出来なくなる」
「!?」
「ふふふ、腑に落ちないという顔ですね。俺は新政府軍の兵士も、ただの日本人と考えています。もし、戦いが起っても殺す気にはなれないのです。つまりは、安東家の方が配下になれば、新政府軍をできるだけ殺すなと命じなければなりません。安東常久殿は新政府軍を皆殺しにしたいと思っているのではないですか? それとも誰か特定の人に復讐することをきめているのですか? いずれにしても、それが叶う事がないと言う事です」
「な、何と……」
常久殿は考え込んでいる。
「さて、義久」
「はっ」
「安東常久殿の説明を聞いて俺は決断した」
「はっ」
「九州を、島津の旗で埋め尽くす」
「えっ!?」
「このまま、雄藩連合などという烏合の衆に新政府軍を任せていたら、すぐに九州が新政府軍の物になってしまう。当初は雄藩連合の先鋒に真田十勇士をと考えていたが、島津軍の先鋒隊に加え豊前の部隊が帰るのを待って、雄藩連合に降伏勧告をし、受け入れないのなら、宣戦を布告し攻め上がれ」
「ははっ!!」
義久の目がギラリと輝いた。
「お、大殿!! ならば、この安東常久もその先鋒にお加え下さい。わしは雄藩連合にも腹をすえかねております」
「真田! 安東殿に木田家の戦の信条を一つ教えてやってくれ」
「はっ!! 木田家は、不殺をもって最上とする! に、ございます」
「な、何と!?」
安東常久殿は驚いている。
「ふふふ、雄藩連合も、島津家の配下になれば大事な島津の兵士です。ゆくゆくは日本の国民です。それに真田十勇士は、一騎当千の強さを持っていますし、一騎当万の機動陸鎧幸村があります。安東常久殿の出番は無いと思いますが、まあ見学だけなら許可いたしましょう」
「でありますか、わかりました。真田十勇士の力は身をもって知っています。見学をさせて頂きます」
「うむ。義久殿! と、言う事だ。よろしく頼む」
「はっ」
「俺は、一足先に大隅の様子を見に行きたい。明日にでも十田一族で出かける」
「わ、私もまいります」
久美子さんが慌てて参加を申し出た。
「う、うむ」
もともと、そのつもりなのですんなり許可した。
「では、義久は豊前の部隊が帰ったら肥後をお任せする」
「わかりました」
俺はこうして島津による九州統一を決断した。