軽く昼食を済ますと、部屋を移る事になった。案内された部屋の扉を開けると、中央に小さな机がある。
小さく見えたが、片側に十人以上が座る事が出来る長方形の贅沢な造りの机だ。普通に考えれば大きな机だ。
だがこの部屋の中央に置かれた机は小さく見える。
それだけ、この部屋が広いという事なのだろう。
机の上座に俺は座らされた。
右側に、俺の御供、左側に島津家の四兄弟を筆頭に重臣が並んでいるようだ。
そして、席に座れなかった者が、壁際に大勢並んでいる。
ここでの話を、なるべく多くの者に聞かせるつもりなのだろう。
机の上には九州の地図が置かれ、各部隊の模型が配置されている。
前線には新政府軍の「新」の旗が立てられた、赤い模型が置かれている。
「誰か、紐をよこせ」
歳久が右手を横に出し立ち上がった。
「どうぞ」
配下の者が赤い紐を渡すと、豊前にずいぶん深く入られた場所に、歳久はその紐を置いた。
そして、その紐の内側に新政府軍の赤い模型を動かして置いた。
「新」の下に「五」の文字が書き足されている。新政府軍五番隊を表わしているのだろう。
その後「雄」の模型をいまいましそうに持ち上げると、床にたたきつけた。
雄藩連合軍は、新政府軍に敗戦し散り散りになって逃げてしまったのだ。
「大殿のおかげで、このラインで一ヶ月の停戦が決まった!」
「お、おおーっ」
壁際の重臣達から声が上がった。
歳久は島津の家紋の旗を立てた、青い模型の位置を赤いラインから少し下げた。
「すげー、新政府軍と停戦するなんてどうやったんだ?」
「うむ、九州雄藩連合軍は連戦連敗だ。停戦なんてあり得ない話だ」
状況を聞いていない重臣達がいるのか、ザワザワしている。
「静かにしろ!!」
義久が言うと、一瞬で静かになった。
もう一方の前線は、筑前に有り「新六」の旗がついた模型と、「新七」の模型が置いてある。
ルートが二つあるため、新政府軍は二部隊を投入しているようだ。
新政府軍の模型の前には、「雄」の旗の青い模型が置いてありぶつかっている場所が前線という事なのだろう。
雄の横に「安」と書いた旗の青い模型がある。
「これは?」
俺は旗を指さし歳久の顔を見て聞いた。
「これは、東筑前の安東常久殿の部隊です」
「なるほど、雄藩連合と共闘していると言う事か」
「はい」
歳久の表情は暗くなった。
「これは?」
俺は筑前の北中央の「竜」の旗と、「雄」の模型の集っている場所について聞いて見た。
「これは立花山城の砦にございます」
「竜造寺軍と雄藩連合軍が守っているのか?」
「はい」
「とのーーーー!!!!」
扉を開けて、配下の兵士が慌てて入って来た。
「な、なんだ騒々しい」
義久が兵士をにらみ付けながら言った。
「はっ……」
入って来た兵士は、落ち着きを取り戻すとキョロキョロ部屋の中を見て青ざめて唇が震えている。
そして、何も言えなくなってしまった。
「どうした。はやく言え!」
「はっ、それが……」
「じれったい! さっさともうせ!!」
「は、はい! 実は」
兵士が言おうとしたとき、部屋の外に大声が聞こえてきた。
「お、お待ち下さい!!」
「お待ち下さーーい!!」
数人の兵士達の声だ。何があったのだろう。
「ええーーい、はなせーー!! 義久殿は、ここに居るのだろうー!? 通せというのに!! 邪魔をするなーー!!!!」
大きな音と共に、扉が開かれた。
「……」
扉から体の大きな豪傑のような男が入って来た。
ボサボサの髪に無精髭、着ている服もビリビリで激戦をくぐり抜けてきたように見える。
「おおっ!! 安東常久殿!!」
「よ、義久殿!!」
安東常久殿と呼ばれた男は、義久の顔を見ると全身から力が抜けたように崩れおちた。
「だ、大丈夫か?」
俺は常久殿に駆け寄り、富士の湧水の入ったマグカップを差し出した。
「お、おおっ! す、すまん」
そう言うと、常久殿はマグカップを受け取り、ゴクゴク喉を鳴らしてキンキンに冷えた富士の湧水を飲んでいる。
「がっ!! ゴッ、ゴホッ、ゴホッ」
常久殿は慌てて飲み過ぎたのか、むせている。
安東常久殿と言えば、さっき説明を聞いたばかりの東筑前の当主の名前だ。
「大丈夫か?」
義久が心配そうにのぞき込んだ。
「すまぬ。しかし、うまい水だ。三日ほど何も食っていないが生き返った」
「なぜ、あなたがここに?」
俺は質問した。
「はあーっ!! 豚が気安く話しかけるな!! 俺は東筑前の安東常久だ。豚が話しかけて良い人間じゃあねえんだよ。あっちのすみでブヒブヒ言っていろ!!」
「は、はい!! ブヒブヒ」
俺は指示のあった部屋のすみに向って歩き出し、ブヒブヒ言ってやった。
「ニャッ!」
「いてーー!!」
すねに激痛が走った。
姿を消したアドが蹴ったようだ。
しょうがねーだろーー! ご指示をいただいたんだから。
「お、お待ち下さい!!!!」
島津四兄弟が大あわてで俺に駆け寄った。
「常久ーー!!」
豊久が常久殿に殴りかかった。
「ふふふ、何が気にいらんか知らんが、豊久風情が俺に刃向かうか」
常久殿は、豊久の攻撃をかわすと胸ぐらをつかみ床に投げつけた。
だが、床にぶつかる瞬間持ち上げて、床にはそっと優しく置いた。
どうやら、強さでは豊久よりずっと上のようだ。
「ふふふ、ならば俺の出番だな」
真田の横にいたはずのリラが、常久殿の前に立ち指を鳴らしている。
首を横に倒すと、ポキポキいわせている。
いいけど、それって悪役の負けるフラグだぜ。
「てめーは何もんだ?」
「俺は、真田十勇士三好青海入道だ」
「なっ、真田十勇士!? ……ふふ面白い! こい!!」
「うおおおーーーー!!!!」
リラが殴りかかった。
それを、常久殿がかわした。
空振りしたリラの拳から強い風が起きた。
あまりの風の強さに、常久殿の顔に冷たい汗が流れている。
リラがニヤリと笑っている。どうやらわざと外したようだ。
だよなー。いくら何でもそんな拳が当たったら人間は死んでしまう。
「きゃっ!!」
おいおい、なんでこのタイミングで、三人が立っているんだよ。
「おおっ!!」
部屋にいる男達から低い地を這うような「おおっ!!」が出た。
超がつくほどの美人の響子さんと、絶世の美少女カノンちゃん、そして島津家の誇る鹿児島一の美女、久美子さんのスカートがあり得ないほどまくれ上がり、パンツが丸出しになった。
三人は一生懸命スカートを押さえているが、その姿も素晴らしいの一言につきる。
声を聞いてリラが三人を見て、鼻の下を伸ばしている。
その顔を見ると、余計にゴリラに見える。
「戦いの最中に、よそ見をするんじゃねえ!!」
常久殿がリラに渾身の一撃を加えた。
ゴッ!!!!
音が聞こえるほどの一撃がリラの顔をとらえた。
拳はリラの鼻の上にある。
リラは、目玉を常久殿に向けた。
常久殿は恐る恐る拳を引くと、リラを見つめる。
リラの鼻から赤い物が顔を出した。
「ふふふ。まあまあ、いてーじゃねーか」
鼻血を指で拭き取りニヤリと笑った。
どうやら、リラの方が一段上のようだ。
にしても安東常久殿もそうとう強い。
新政府軍の隊長ぐらいの強さはありそうだ。すげー。
「ふっ、驚いた。俺は九州では一番つえーと自負していたが、俺の拳を受けて立っているどころか、笑っているとは……まいるぜ」
「勝負ありだな。もういい! リラ、いや三好青海入道下がれ!!」
「はっ!!」
リラはわざとだろう、大げさに俺に頭を下げた。