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第28話

 ハルとリーヴが二人っきりの時間を過ごしている、同じ頃。アジトのコンピュータールームでは、アイラとガルディン、そしてアッシュの三人が、今回の調査で入手した情報の整理を行っていた。

「さて、アッシュ。先程入手した、例の研究データの続きを表示してくれ」

「分かりました、リーダー。少し待っていてくださいね」

 ガルディンがアッシュに指示を出すと、それを受ける形で、アッシュが目の前にある端末を手際良く操作していった。

 環境浄化ナノマシンに関する一連の研究データ。巨大化した奇形児は、果たしてその後どうなったのか。元に戻ったまま、無事に生きていられたのだろうか。その答えが、このファイルの続きに収められているはずである。

「……これでよし、と。それじゃ、そっちのディスプレイに映してみますね」

 アッシュは自分の端末にファイルが表示されたのを確認すると、アイラとガルディンにも内容を読んでもらうべく、より大きなディスプレイにそのファイルの内容を表示させた。

「うむ、助かるよ、アッシュ。さて、なになに……?」

 大型ディスプレイに表示されたファイルの内容を、ガルディンとアイラは食い入るような表情で読み上げ始めた。すると、そこには次のようなことが記されていた。


【我々は巨大化が収まった奇形児の血液を採取し、改めて詳細な検査を行った。すると、やはり予想通り、おびただしい数の環境浄化ナノマシンが、自己増殖を繰り返しながら増えていたことが判明した。さらに検査を続けていくと、胎児の奇形化を引き起こした環境浄化ナノマシンは、胎児の体内で自らの性質を変容させていたことも明らかになった。自己増殖機能に関しては我々の想定の範疇であったが、事故の性質までも変容させてしまうなど、我々には完全な想定外だった】


「これ、どういうことでしょうか? 環境浄化ナノマシンが、胎児の体内で、自分自身を作り変えていた、ということでしょうか……?」

「この内容を文面通りに受け取ろうとすれば、恐らくはそういうことになるだろうな。しかし、人間の生体細胞をモデルにして作られたのだろう? それが、自己の判断で性質を変えることなど、本当にあり得るのだろうか……?」

 アイラとガルディンは、その内容に対して、揃って首を傾げる思いを禁じ得なかった。人間の生体細胞であろうと、極小サイズの機械であろうと、自己判断で性質を勝手に変える、というのは彼らの科学常識では考えられない。

 高度な人工知能が搭載されていれば話は別かも知れないが、そもそも細胞レベルのサイズを持つ機械に、そうした高性能な人工知能を搭載することができる余地があるとは思えない。

「確かに妙な話ですね。そもそも、これって、大昔の環境危機をなんとかするために作られたものでしょう? それが勝手に性質を変えること自体、ご法度なんじゃないですかね?」

 アッシュが続けて言葉を連ねていった。確かにアッシュの言う通り、これは明らかに環境浄化ナノマシンが作られた当初の目的にそぐわないものだ。

 過去の人類がそうしたリスクを承知していなかったとは思えないし、仮に想定していなかったとしても、そのままこの事態を放置するということも考えにくい。


【その後も、我々は巨大化が収まった奇形児の様子を詳細に観察し続けた。すると、奇形児たちが突然急激な成長を始めた、という報告が上がってきた。我々は、また巨大化の前兆か、と思ったが、どうやらそうではなく、急激な成長はすぐに収まったようだった。その身体は、年齢にして十歳から十二歳程度。ちょうど、思春期に差し掛かろうかというぐらいの年齢にまで成長していた。しかし、知能レベルは相変わらず一歳児程度のままであり、肉体的な成長に精神的な成長が全く追い付いていない状態は相変わらずだった】


「なんですかね、これ? また急激な成長が始まったと思ったら、今度は途中ですぐに止まった、ですか」

 アッシュが怪訝そうな表情を浮かべながら、ファイルの続きを読み進めていった。どうやら、この研究は、かなり大きな問題を抱えていたらしい。

 それでも進めなければならなかったということは、それほどに過去の環境危機が高い深刻性を帯びるものだった、ということを裏付けるものでもある。

「うむ。今の時代の科学技術では、到底実現できないことが、ここには書かれているようだな」

「それだけ、大昔の文明レベルが凄まじく高かった、ということでしょう。ですけど、これだけの科学技術を持っていながら、どうしてその文明は消えてなくなってしまったんでしょうか……?」

 ガルディンもアイラも、概ね意見の一致を見ている様子だった。ただ、アイラの場合は、それほどの科学技術を持っていた大昔の文明が、今は見る影もなくなっている、ということに対して疑問を募らせていた。

 そもそも、大昔の環境危機の結末についても、このファイルには記されていない。この続きにそれが記されているのかも知れないが、その前に、自分たちは思いもかけない事実を知ることになる可能性もある。


【成長した奇形児の血液を再度検査すると、やはり大量の環境浄化ナノマシンが確認できた。さらに、その成長した奇形児たちの中から、人間離れした能力を発揮する者が現れ始めた。その能力の内容は千差万別であったが、巨大化していた時に発揮した超怪力、というものとも異なっていた。それは例えるならば、超能力、と表現するより他にないものだった。我々の科学技術をもってしても、全く説明することができない超常現象。それを、彼らはいともたやすく発揮してみせている。これは果たしてなにを意味するのか。我々は、その調査をする必要にも迫られることになった】


「また新たな事態が起こったようだな。今度は……、ふむ、超能力とは、また大きく出たものだな」

「具体的にどういうものかは書かれていませんが、恐らく、人間が操ることができないようなものを操ることができたんだろうと思います。例えば、手を触れずになにかを持ち上げたり、とか」

 ガルディンは、ファイルの続きに書かれていた「超能力」という単語に目が留まった。これほどの文明レベルの時代にあってなお、超能力などという非科学的なものを持ち出す人間がいるのか、という思いが、彼の脳裏によぎっていた。

 一方、アイラはその超能力がどういうものだったのか、というところに興味の矛先が向いていた。まさか、地球環境をこれほどに変貌させる能力、というものはないだろうが、それでも、環境浄化ナノマシンが引き起こした突然変異であることには違いないだろう。

「しかし、なんなんですかね、このファイル? 本当に、この時代にあったことが書かれているんですかね? 超能力、なんて単語を聞かされると、僕にはどうも眉唾ものにしか思えないんですが」

 アッシュの指摘は、確かに全くの的外れではないだろうと、聞いていたガルディンもアイラも思った。

 この時代と比較して明らかにレベルが違う文明を誇っていた科学技術が、そう簡単に超能力などという非科学的の象徴ともいえるようなものを受け入れてよいものなのだろうか。

 まだファイルの続きは残されていたが、彼らはそこで一旦読むのを止め、ここで入手した情報を今一度検証してみようと思い立った。

「うーん……、超能力、か……。どうも、アタシには気になることがあるんだよね……」

 しかし、アイラの思考はアッシュやガルディンとはいささか異なる方向に傾き始めていた。

 自分たちはこれに近い状況に遭遇したことがある。それも、昔の話ではない。かなり直近、なんとなればつい最近にもそうした出来事に直面した、と言っても全く差支えはない。

 ただ、現状ではそれを裏付ける明確な証拠はない。状況としてそういうことがあった、というだけでは、自分の仮説を正しいとする論拠にはならないだろう。

「正直、これ以上足を踏み入れて、本当にいいのかねぇ……? なにか、マズイことが起こらなければいいんだけど……」

 アイラは内心複雑な気持ちだった。地上の秘密を暴き出すためにここまで活動を続けてきたが、その活動が、全く予期しない結果を招くことになるのではないか。

 彼女にとって、現状最も恐れるべきはその部分にあった。今ならまだ引き返すことができるかも知れないが、かといってガルディンたちを裏切ることもできない。

 この先に、果たしてどのような事態が待ち受けているのか。それを知り得る要素は、今のところ誰も持っていないに等しい状態だった。

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