一方、巨大なコントロールパネルのある部屋では、アイラとガルディン、そしてアッシュがコンソールの操作をしながら、そこに隠されている情報を取り出そうとしていた。
「なかなか難しいですねぇ。というか、こんなに難しいコンピューターシステム、昔の人たちはどうやって動かしていたんでしょうかねぇ」
アッシュが目の前のコンソールを適当に操作してみるが、いずれも自分たちが望んでいるものとはかけ離れた反応しか得ることができなかった。
同じくアイラとガルディンもコンソール操作に苦戦しているらしく、どこかにマニュアルのようなものはないのかと、部屋中を探し回ってみるが、特にこれというものを見つけることができない状態だった。
「ダメですね。どこにもマニュアルらしきものがない。となると、このコントロールパネルを動かす方法が、ちょっと分かりませんね」
「うむ、だが、このままこのコントロールパネルを放棄するというのもよくない判断のように思える。電力系統の再稼働ボタンと同じ部屋にあったということは、ここになにか重要な情報が隠されている可能性は非常に高いはずなのだ」
アイラがなかばお手上げ状態でため息を付くが、ガルディンはそれでもこのコントロールパネルを諦めるわけにはいかないと返事をしていた。
この地下シェルターが、本当に軍事施設あったならば、恐らくここは電力管理室ではなく、司令室のような役割を担っていたのだろう。
この巨大なコントロールパネルは、周辺の戦力配備状況などを把握するために使われていたものなのかも知れない。となると、そうした情報が今も大量に蓄積されている可能性は十分にある。そして、その中に地上の秘密につながるものが隠されていたとしても、なんら不思議な話ではない。
「あっ、みなさん。まだここにいたんですね」
すると、そこに大量のファイルを抱えたハルが入ってきた。背中には相変わらずリーヴを背負い、そのリーヴもハルから離れないようにしっかりと彼を抱き締めている。
「あっ、ハル。……って、どうしたんだい、そのファイル?」
「あぁ、これですか? ちょっと、隣の部屋で見つけてきたんですが、どうも俺には内容がよく分からなくて。まだたくさんありますから、ちょっと待っていてください」
両手に抱えた大量のファイルを見ながら、アイラが何事かと尋ねた。ハルはそれに返事をしながら、持ってきたファイルを机の上に置くと、残りのファイルを運ぶために隣の部屋に戻っていった。
その後、何度か部屋を往復し、ハルは該当するファイルを全て隣の部屋から運んできた。距離としては大して離れていないが、やはりファイルを何度も運ぶ作業は大の大人でも多少体力を必要とするものだった。
「フゥ、これで全部ですね」
「ご苦労さん、ハル君。それじゃ、ちょっと見せてくれてもいいかな……? あっ、これ、暗号文字で書かれているみたいだねぇ」
アッシュがハルにねぎらいの言葉を掛けながら、持ってきたファイルの一つに目を通し始めた。すると、その直後、アッシュが目を細くしながらあることをつぶやいた。
「なんだって? 暗号文字? ……あっ、本当だ。確かに、これは暗号文字の一種みたいだね」
「アイラさんも分かりますか? でも、この暗号文字、随分と古いタイプのものみたいですね。となると、今の僕たちじゃ、解読するのは難しいかも知れないですねぇ」
アイラが続けてそのファイルに目を通すと、概ねアッシュと同様の反応を示した。やはり、ハルが睨んだ通り、これはなんらかの暗号技術が使われていることは間違いなさそうである。
しかし、それが分かったとしても、今度はどうやってそれを解読するか、という問題が残されていた。暗号技術というのは、それを正確かつ高速に解読する方法とセットになって初めて成立する。
暗号技術が太古の昔から発展を続けてきた最大の理由。それは、単に情報を秘匿しやすくするのが目的ではない。それを伝達すべき相手のみがきちんと読み取ることができることによって、初めて暗号としての意味を成すものになる。
「なるほどな。だが、今の我々では解読が困難だとしても、昔の技術を使うことができれば、その限りではあるまい」
ガルディンもそのファイルの内容に目を通しながら、その表情には険しい色がにじみ出ていた。だが、その一方で、ガルディンは別の部分に進み道を見出そうとしていた。
「昔の技術? ……あっ、これですか?」
「その通り。今、我々の目の前には、まさに昔の文明の利器が存在している。これを使えば、あるいはこの暗号文字も解読することができるかも知れん」
アイラはすぐにガルディンが言いたいことを理解した。ちょうどおあつらえ向きに巨大なコントロールパネルがある。これこそ、まさに過去の文明の遺産そのものであり、この暗号文字とセットで残されているものであるはずだ。
「それでしたら、すぐに調べてみましょうか。操作方法も、そのうち理解できるようになるでしょうし。さて、ちょっと忙しくなりそうだな」
アッシュが改めてコントロールパネルの前に向かっていった。せっかくハルが見つけてきてくれた手がかりのタネを、このまま捨て置くわけにはいかない。
「よし、それじゃ、ちょいと気合い入れてやるかね。せっかくハルが見つけてきてくれたんだ。アタシたちもそれにちゃんと応えないと、失礼ってものだろう?」
「その通りだな。あっ、ハルとリーヴはその辺で適当に休んでくれていて構わん。こういうことは、我々たちの専売特許だからな」
アイラがハルとリーヴの労を称える言葉を向けた。どのような経緯があろうとも、また一つ重要な手がかりが得られそうな場面を作ってくれたことは事実である。その功労者であるハルに対し、なにも報いろうとしないのは、彼の働きに仇を向けることにしかならない。
それはガルディンも同じ考えだったらしく、ハルにリーヴを任せながら適当に休んでいいと言った。そして、彼らはそれぞれ暗号ファイルの解読に向けた調査を始めた。
「はい、ありがとうございます。それじゃ、リーヴ。俺たちはちょっと休もうか」
「……うん……。ワタシ、たち、頑張った、よね……?」
「あぁ、もちろん。今回も、キミがいなかったらあのファイルに気が付かなかったかも知れないし。本当、リーヴは賢い女の子だね」
ハルはリーヴを背中から下ろしながら、今回も彼女のおかげだと、内心誇らしい思いを感じていた。
相変わらずリーヴは控えめに自分のおかげなのかと言ったが、ハルがその通りだと応えながらリーヴの頭を優しく撫でると、リーヴは恥ずかしそうに微笑みながら、その様子は決してまんざらでもなさそうだった。
「えぇと、ちょうどいい具合に椅子が二つあるし、とりあえず、このあたりで座って待っていようか」
そう言いながら、ハルはちょうど手近にあった椅子を二脚並べて用意し、アイラたちの作業風景が見えるように置き場所を調整した。
すると、リーヴがなにか言いたそうな表情を浮かべながらハルが着ている防寒着を引っ張っていった。
「んっ? どうしたんだい、リーヴ? なにか、気になることでもあるのかい?」
ふとどういうことか気になったハルだったが、リーヴの訴えるような表情を見て、すぐに言いたいことを察知した。要するに、先程の資料室には、まだ自分たちにとって必要な情報が隠されているかも知れない、と言いたいのだろう。
「……うん、そうだね。分かったよ、リーヴ。それじゃ、はい、俺の背中に乗って」
「……うん……。やった、ね……」
ハルが目の前でしゃがみ込み、背中を向けて示すと、リーヴは嬉しそうにハルの背中に乗った。リーヴが自分にしっかりと抱き付いたのを確認すると、ハルは再度立ち上がり、隣の資料室に向かおうとした。
「あっ、アイラさん。俺たち、またさっきの部屋に行ってきます。もしかしたら、まだ見逃している資料があるかも知れませんので」
「あぁ、分かったよ、ハル。こっちのことは、アタシたちに任せておいて、アンタたちはそっちの部屋を頼むよ」
ハルが隣の部屋に戻ることを告げると、アイラが了承したようにこれに応えた。その表情は、どこかでなにかを察知したような印象があったが、それをここで詮索するのは野暮だと思ったのだろう、アイラはそれ以上追求することはしなかった。
そして、リーヴを背負いながら、ハルは資料室へと再度足を運んでいった。リーヴの表情の、その裏に隠された思惑に、この時ハルは気が付いていなかった。
「さて、戻ってきたのはいいけど、差し当たって、どこから調べていくのがいいかな……?」
資料室に戻ってきたハルは、奥に並べられている本棚を眺めながら、その膨大な冊子の数に今一度驚嘆の表情を浮かべていた。
アイラには資料室を再度調べてくるとは言ったものの、いざこうして本棚を見てみると、どこから手を付けていくのがよいか、すぐには考えがまとまりそうになかった。
「とりあえず、怪しそうなところを片っ端から調べていくか。アイラさんたちでも、あの暗号ファイルを解析するのは、ちょっと時間が掛かりそうだし」
ひとまず、先に調査が終わっているところは飛ばすとして、その先になにか重要な情報が隠されていないか、丁寧に調べていくことにした。
背中にリーヴを抱えながらの調査は、実際のところハルでも少ししんどいものがあった。しかし、これほどの数の冊子を前にしては、リーヴなどあっという間にその冊子の海に溺れてしまうことだろう。
「……これ……、ちょっと、違う、かも……」
「うーん、そうだね。見たところ、ただの商品カタログみたいだし、俺たちが探しているものとは、全然かけ離れているな、これは」
ハルが冊子を一つ一つ広げて中身を見分していく中、途中でリーヴがなにか気になる様子でハルの後ろからその冊子を覗き込んでいく。
なるほど、リーヴもリーヴなりに役に立ちたいと思っているのだな、ということを実感しながら、ハルは続けて冊子を取り出してはめくり、また取り出してはめくり、ということをひたすらに繰り返していた。
「……さてと、今のところ特に目立つ情報はないか……。これだけの数の冊子があるんだから、もう一つぐらい手がかりになりそうなものがあってもおかしくないんだけどな……」
しかし、ハルにとって有力な手がかりとなり得る情報は、どこにも見つけることができなかった。ここが元軍事施設だというアッシュの推測が間違っていないとすれば、文字通り軍事機密レベルの重要情報が隠されていたとしても不思議はないのであるが。
「……ねぇ、ハル……」
その時だった。ふとリーヴが小さな声でハルに語り掛けてきた。色々な冊子を見て回るのもそろそろ飽きてきたのだろうと思ったハルは、冊子を調べる手を止めることなく、リーヴの話を聞いてみようと思い立った。
「んっ? どうしたんだい、リーヴ? まだ、なにか他に気になることがあるのかい?」
「……うん……。あのね、ハル……。お外が、元に、戻ったら……、ハルは、どうする、つもり、なの……?」
リーヴは静かな口調で、ハルにしか聞こえないような声色で尋ねてきた。その疑問を聞いた時、ハルはふとあることを思い知らされた。
「えっ? 地上が元に戻ったら、ねぇ……?」
リーヴに指摘されて、ハルは地上の秘密を解き明かした後のことを全く考えていなかったことに気付かされた。もちろん、リーヴと一緒に地上に移り住むという程度のことは考えていたが、具体的にどのような生活を送るのか、ということについてはほとんど考えていなかった。
「うーん、どうしようか……? ただ、今の猛吹雪が止んだとしても、すぐに地上で住めるようにはならないんじゃないかな……?」
少し考えた後、ハルは地上の秘密を解き明かすことが決して簡単なことではないことを、今一度思い知らされていた。それは、秘密を解き明かすことそのものというより、秘密を解き明かした後のことの方が問題になると知ってしまったからだ。
「……えっ? ど、どうして……? すぐに、お外に戻れるんじゃ、ないの……?」
「そう思いたいところだけど、今も地上は雪と氷に覆われてしまっているからね。このままじゃ、とても人間が住めるようなものにはならない」
リーヴが首を傾げながら疑問を呈すると、ハルは目下の課題である大量の氷雪をどうするか、という問題があることをリーヴに告げた。
「幸い、雪も氷も解かせば水になるから、その処理についてはあまり問題にはならないと思うんだ。でも、その後はずっと雪の下に埋もれていた地面がどうなっているか、ということも確認しなくちゃいけない」
雪も氷も、元をただせば水が低温状態になることで変化した物質である。それを水に戻すことができれば、問題は一つクリアすることになる。
しかし、それで人類が地上に戻れるようになるかというと、決してそうではなかった。あまりにも長い期間、雪の下に埋もれていた地面がどんな状態になっているか。こればかりは誰も容易に予想できるものではあり得なかった。
「……地面の、状態……?」
「そうだね。それで、地面がボロボロになってしまっていたら、それを元に戻さなくちゃいけないだろうし、その他にも、生活のための食糧とか建築資材とか、調べなくちゃいけないことは山ほどありそうだ」
リーヴが小さくつぶやいたのを受けて、ハルはさらに問題点を連ねていった。自分のような科学者でもなんでもない、元プラントの検査員でもこれだけの問題点を挙げることができるのだから、これがアイラやアッシュ、そしてガルディンともなれば、まだまだいくらでも問題点を指摘することができるだろう。
「……じゃあ、ハル、お外に、帰れない、の……? ワタシと、一緒に、お外に……、住めない、の……?」
「そんなことはないと思うよ。でも、実際に地上で一緒に住めるようになるには、結構な時間がかかりそうだな、ってだけでさ」
リーヴの口調には、明らかに悲壮感が浮かび上がっている。地上が元に戻ったとしても、ハルと一緒にいられないのであれば、それはリーヴにとってなにも意味がないことなのかも知れない。
「……イヤ……。ワタシ、ずっと、ハルと……、一緒が、いいの……」
そんな自分の心を余すことなく伝えようとしているのか、リーヴは先程までよりも強くハルを背中から抱き締めてきた。リーヴがこういう行動に出る時は、決まってハルへの思いを告白する時であると、すでに相場が決まっている。
「俺だって、ずっとキミと一緒にいたいよ。それに、キミにキレイな地上を見せてあげるって、この間約束したからね」
「……でも、それ、待っていたら……、ワタシ、大人に、なっちゃう……。そうしたら、ハルに、甘え、られない、の……」
ハルにとっても、昔の美しい地上を取り戻すというリーヴとの約束を反故にするつもりは微塵もなかった。ただ、リーヴは秘密を解き明かせばすぐに地上が元に戻ると思っていた節があったようである。
そこへ、ハルからそうは問屋が卸さないと言われてしまったため、自分の願いは叶えられないと思い、悲壮感を漂わせているのだろう。
「うーん……。でも、大人になったリーヴも、きっとカワイイと思うな。だって、今でもこんなにカワイイんだし」
少し考えた後、ハルはリーヴを少しでも元気付けてあげる必要があると考えた。そして、自分の顔の横から小さく顔を出しているリーヴの額を優しく指でつついた。
「……えっ……? わ、ワタシ……、そ、そんなに、か、カワイく、ない、よ……」
「うぅん、リーヴはとってもカワイイ女の子だよ。そんなカワイイキミが、どうしてこんなに俺なんかと一緒にいてくれるのか、今でも不思議に思っているぐらいだからさ」
突然ハルの口からカワイイという言葉が向けられてきたものであるから、リーヴはどうすればいいか分からず、頬を紅潮させてしまった。あの睡眠学習プログラムによって、人間としての最低限の感情はすでに学び取っている。
そこへ、ハルがさらに追い打ちをかけるようにリーヴに向けて再度カワイイ女の子だよ、と言った。それを聞いたリーヴはますます恥ずかしさが募っていき、思わず顔を隠すようにハルの背中に顔をうずめていった。
それから少しの間、リーヴはハルの背中に顔をうずめたまま、なにも言わなくなってしまった。さすがに少しからかい過ぎたかと思いながら、ハルはリーヴが次に喋ってくれるまで、そっとしておこうと思い立った。
「……ハル……、ズルい、の……」
すると、ハルの背中に顔をうずめたまま、リーヴが何事かつぶやいた。くぐもった声だったが、ハルはその内容をすぐに聞き取った。
「んっ? 俺が、ズルい……?」
「……そう、ズルい、の……。ワタシの、方から、言おうって、思っていた、のに……。ハルに、先に、言われちゃった、の……」
自分がなにかズルいと言われるようなことをしただろうか。からかったことは事実であるが、ズルいというのとは、少し違うのではないだろうか。
しかし、なおもリーヴはハルの背中に顔をうずめたまま、彼に向かってズルいと言った。リーヴはなにを言いたかったのだろうと思いながら、ハルは背中を小さく揺すり、自分は怒っていない、ということをリーヴに伝えようとした。
「……ハル……、ワタシと、ハル、ずっと、一緒……。絶対、に、どっかに、行ったり、しちゃ、ダメ……」
「分かっているよ、リーヴ。俺は絶対にどこにも行ったりしないから。改めて、キミに約束するよ」
もしかしたら、地上の秘密を解き明かした後、ハルがどこかに行ってしまうことを、リーヴは怖がっていたのかも知れない。
もちろん、そのようなことなど、ハルは一切考えていなかった。しかし、こうしてリーヴが怖い思いを伝えてくれているのであれば、それをしっかりと受け止めてあげることも、自分の大切な役目だと、ハルはすでに理解していた。
地上の秘密を解き明かし、リーヴに美しい地上を見せてあげる。そして、そのキレイになった地上で、リーヴと二人で幸せに暮らす。そんな未来を脳裏に思い描きながら、ハルは資料室の冊子の調査を続けていくのだった。